犬居城(いぬいじょう)

犬居城の基本情報

通称・別名

所在地

静岡県浜松市天竜区春野町堀之内

旧国名

遠江国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

天野氏

築城年

南北朝時代?

主な改修者

武田氏

主な城主

天野氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀、土橋

指定文化財

県史跡(犬居城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

中日向城(静岡県浜松市)[8.0km]
二俣城(静岡県浜松市)[13.4km]
天方城(静岡県周智郡)[13.8km]
鳥羽山城(静岡県浜松市)[13.9km]
社山城(静岡県磐田市)[16.6km]

犬居城の解説文

犬居城(いぬいじょう)は、静岡県浜松市天竜区春野町堀之内字犬居にある山城。

遺構
標高290mの鐘打山の山頂に築かれている。天竜川下流部からの侵入を阻止・監視するのに適した立地だ。山頂に置かれた物見曲輪からは、気田川流域や直下を通る秋葉街道を見下ろせ、北斜面や西斜面の見通しも利く。

物見曲輪を西端として、尾根に沿って曲輪が配置されている。一般的な山城のように尾根を軸として階段状に曲輪を配置するのではなく、尾根から北斜面に向けて、尾根と並行するように本曲輪を設け、それに付随する二の曲輪や腰曲輪を3段に配置した珍しい構造だ。北斜面が緩やかであるため、防御を意識してのことだろう。

本曲輪の東端付近をはじめ、城の東側に武田配下時代の大改修と思われる技巧性が光る。本曲輪と三の曲輪(馬出曲輪)とを繋ぐ土橋の境は内枡形状の土塁で防御力を高めてあり、土橋の両側は長大な竪堀で遮断している。三の曲輪の東側を囲む、U字型の横堀と土塁も圧巻だ。

歴史
築城時期は定かではないが、南北朝時代に天野氏によって築かれたとされる。

天野氏は承久の乱後に山香荘地頭として入部し、国人領主として成長。遠江の有力国人となり、戦国時代には今川義元の有力被官として犬居城を本城として勢力を誇った。

永禄3年(1560)の桶狭間の戦いで義元が敗れると、一時は徳川家康に与するも、北遠江の奥山氏とともに武田信玄の支配下に入った。元亀3年(1572)の信玄による遠江侵攻では、天野藤秀は武田軍の先導役となっている。武田配下にあった元亀年間(1570〜1573)頃には、対家康戦に備えて犬居城の大規模な改修が行われた。

天正2年(1574)に家康に犬居城を攻められた際は撃退したが、天正4年(1576)に再び侵攻され敗走。天野氏は家臣団とともに、武田勝頼を頼って甲斐に逃れた。鎌倉時代から続く名門・天野氏の滅亡とともに、犬居城も廃城となったとみられている。

交通
新東名高速道路浜松浜北ICから車で約40分

参考文献
『静岡の山城ベスト50を歩く』サンライズ出版、2009年

文:萩原さちこ

犬居城の口コミ情報

笑門来猫さん[2018年01月04日]
遺構は東側に集中ということで、犬居橋側にある小道から登城。入口に車3台くらいのスペースあります。
最初に現れる東郭の三日月堀が、最大の見所。その後も郭が続きますが、遊歩道を歩くだけではよくわからない。少し藪の奥に入る必要ありますが、ニノ郭の下も三日月堀になってるし、竪堀や土塁もあるし、なかなか見所あり。物見郭の先の大堀切を見て引き返しました。。

まー刑部卿さん[2016年12月30日]
『春野ふれあい公園』の駐車。トイレの前にある『はるのすみれの里 ウォーキングマップ』で登城口を確認しました。正面には物見台風の展望台が見えます。ただ案内板がなかったため野球グランド沿いをひたすら歩くと少し開けた場所に出てそこから登って行きました。七曲りのような急坂で落ち葉や小石が落ちて滑りやすかったです。登った先はニの曲輪で右手に進み本曲輪を進み物見台風展望台に着く。そこにある説明板で物見曲輪とわかる。そこには謎の石像と『犬居城址望楼建設記』・『犬居城址碑』・犬居城址顕彰会が書かれた『鐘掛城址』の手書き(一部文字が消えている)説明板・犬居城址鳥瞰図・説明板がある。先人の云う東曲輪の三日月堀や竪堀は藪で明瞭にわからず。帰りにニの曲輪と東曲輪の間に木造の階段を降りる。道路に出るとパターゴルフ8番ホールが見えます。ここを目印として登って下さい。なお登城路に水が流れて泥になってたり草や枝を掻き分けて進まなければ行けないしひたすら登るので山城初心者にはオススメ出来ないかと。また先人の云う三日月堀などは説明板がないためわからないし明瞭に見えなかったです。物見台風展望台からの眺めは良かったです。

león☆鷹党さん[2015年04月07日]
麓にある春野ふれあい公園に駐車場やトイレ、自販機があります。
公共交通機関の場合は、遠州鉄道西鹿島駅から春野車庫行きバスでふれあい公園下車が便利です。
城主の天野氏は遠北に進出した今川氏親の代に今川氏に服属。今川軍の有力国衆として数々の合戦で戦功を挙げ、今川氏衰退後は武田氏に従いました。
東曲輪に残る三日月堀や長大な竪堀は武田氏に従った後の改修だと思われます。
はっきりとした遺構が残っていますし、登りもさほどきつくないので山城初心者の方にもおすすめの城です。

近辺には秋葉神社、天野氏の墓がある瑞雲院があります。

三河守コーキしゃんさん[2010年09月12日]
一つ一つの郭がしっかり残っていて全体が把握しやすい見応えのあるお城です

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