小川城(おがわじょう)

小川城の基本情報

通称・別名

所在地

群馬県利根郡みなかみ町月夜野1125(小川城跡公園)

旧国名

上野国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

沼田景久

築城年

明応元年(1492)

主な改修者

主な城主

小川(沼田)氏、真田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

町史跡(小川城址)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

名胡桃城(群馬県利根郡)[2.7km]
沼田城(群馬県沼田市)[7.1km]
尻高城(群馬県吾妻郡)[9.6km]
横尾八幡城(群馬県吾妻郡)[13.7km]
長井坂城(群馬県渋川市)[14.1km]
浅貝寄居城(新潟県南魚沼郡)[20.2km]
白井城(群馬県渋川市)[20.6km]
岩櫃城(群馬県吾妻郡)[21.7km]
渋川城(群馬県渋川市)[21.8km]
剣城(群馬県渋川市)[26.4km]

小川城の口コミ情報

2020年02月28日 ケムラー真田上野介信吉
中山城[小川城  周辺城郭]



中山城と真田との接点は真田幸隆の時代、戦国武将の勢力争いの渦中に入り、時には武田方、時には上杉方となり去就興亡の歴史をたどりました。

中山城址は北条氏が天正年間に築城し、半折囲郭構造という築造手法をとり、その構造は、本丸を北西南の三方から二の丸が囲み堀切と土居で防禦し、これを西から三の丸が囲む、要害堅固な城です。

今も当時の佇まいを鮮明に残し、往時を偲ばせています。

-真田街道ガイド(高山村)より-

上記以外のこと(一部重複)は添付の本丸設置説明板をご一読ください。

国道145号沿いの路側帯には城跡碑と説明板が設置されており、そこに駐車し本丸へ向かいました。村の長閑な田園風景を見ながらの散策もいいですね。

設置の案内板は本丸への誘導。未舗装の駐車スペースのような場所もありました。

添付写真の本丸東側から本丸へ登城。かなり高い位置まで歩くことになります。本丸北側に土塁が一部切れた箇所があり、そこから降りましたが、かなりの勾配の切岸なので、しっかりとした靴は当然だと思います。降った後は、西側の堀底を進み南側へ。二の丸に登りましたが、ここは未整備藪漕ぎの憂き目に。三の丸が見えると、そこは農地となっていました。

今回は半分程度のリア攻め。また何れ機会を設けて訪れたいと思わせてくれる城跡でした。

※令和2年6月6日より、道の駅『中山盆地』にて御城印の販売が開始されました。
(黒)500円、(白)300円。岩櫃城と同じタイプになります。


2020年02月17日 ケムラー真田上野介信吉
猿ヶ京城[小川城  周辺城郭]



猿ヶ京城は三方を崩れやすい岩の崖で囲まれ、現在は赤谷湖に突き出した半島の先端に位置し、北側を二重の空堀で防備されていた。この地方に多い崖端城と言う形状である。

猿ヶ京城の築城年代は分かっていない。加沢記で上杉謙信が猿ヶ京の名を付けたと言われる永禄3年より10年ほど下った永禄13年の上杉輝虎(謙信)から家臣の栗林政頼宛の書状に『猿京近辺之証人共』とあるのが初出である。天正6年にいったん北条方の手に渡ると天正8年に真田方の海野輝幸により北条方の知高左馬助義隆が降伏し真田昌幸が領主となった。
猿ヶ京城は上杉氏、北条氏、真田氏と領主が変遷した。江戸幕府は寛政年間に猿ヶ京に三国街道の関所が設置し、関東と日本海側の境界を守る猿ヶ京城はその役割を終えた。

-説明板より抜粋-

北条氏と真田氏から、小川城の関連城郭として投稿。
国道17号を新潟方面に、猿ヶ京関所資料館前の信号で左折し城址へ向かうと旅館『湖城閣』様の駐車場に行き着く。
ここが本丸で、駐車に際しては湖城閣様に一言申し入れをしましょう。
旅館の周囲に堀と土塁が見られる程度となっているので、リア攻め時間は数分です。

※添付写真の御城印は、『猿ヶ京関所資料館』または『まんてん星の湯』で購入可能。休館日、時間を調べてから向かうとよいでしょう。

2020年02月12日 ケムラー真田上野介信吉
御城印[小川城  その他]



上毛高原駅敷地内にある『みなかみ町観光協会』にて1枚300円で、2月11日より販売が開始されました。

たくみの里・『和紙の家』楮和紙が使われています。

上毛高原駅からは、発掘調査で屋敷跡が発見されています。

2018年12月26日 Midori琉球守
小川城

上毛高原駅を出たら、真っ直ぐ歩き二つ目の信号を右折。古城沢に架かる古城橋を渡ると、左手が主郭、道路を挟んだ右手が二郭です。駅構内を出てから、5〜6分程度だったと思います。堀切は姿も高さも素晴らしく、見応えがありました。

駐車場が見当たらないとの書き込みが複数ありますが、2018年12月25日現在、上毛高原駅前に5〜60台ほどの立派な駐車場があり、なんと2時間まで無料です!それ以降も1時間100円という嬉しさ。私は無料の間にゆっくり城址と周辺を見学し、観光センターに立ち寄り、お土産を購入する余裕もありましたが(^○^)

観光センターには名胡桃城のパンフレットはあるのに小川城のものがなかったのですが、センターのお姉さんが奥の倉庫?で探し出して来てくれて、最後の一部をいただいてきました。地元の方にとっては、昔からそこにあるため特に感慨もないとのことでしたが、私にとっては名胡桃城以上の城と思えたので「是非、町をあげて宣伝を!」とお願いしてきました。
センター内お土産売り場の方々も、優しく親切。勧められたくるみゆべし・生大福も美味しかったです(*゚▽゚*)

2017年07月05日 立花飛騨守
小川城

この城址、どこに車とめれば良いのかよくわからない。

入り口の前に路駐?

見どころは、深い折れのかかった堀切。

2017年06月04日 禁3密中務丞ひろぴい◢⁴⁶
小川城

行き方、所要時間、駐車スペースなどは何件かの口コミの通りです。

入り口から深い堀切をへて、本丸、ささ郭、北側に低い土塁の跡らしき盛り上がりもありました。

北、東、南と3方向が急斜面に守られて名胡桃城に似てる感じ、あわせて見たら楽しいかもしれません。

近くの道の駅、矢瀬親水公園には縄文時代の住居跡が復元され、建物の礎石跡もあります。川の近くなので風も涼しくお土産見ながらひと休みがお勧めです。

2017年05月12日 
小川城

名胡桃城から、車で10分くらいのところにあります。
駐車場と言えるかどうかは、わかりませんが、車を停めるスペースは少しあります。
JR上越新幹線上毛高原駅から、徒歩15分くらいです。
現在は、本丸部分が、史跡公園として整備されています。
ここも真田関係の城跡で、真田信利(真田信之の長男の子で、信之の最初の正室の系統です。真田丸で病気の妻が出て来ましたが、昌幸の兄、信綱の娘の血をひいている。)が、小川城三ノ丸に陣屋を構えて住んだことがあるそうです。
そんなことを考えながら、廻るのも、結構楽しいと思いました。

2016年01月01日 まー刑部卿
小川城

上毛高原駅から歩いても15分ほどです。石碑が傾いていますが。

2015年11月03日 Nabeppu左馬頭
小川城

国道291号が二の郭と本丸を隔てています。車は本丸側291号沿いに大体3台程停められるスペースが有ります。
コパンパクトですが、整備された見学し易い城です。
二の郭と本丸の間の堀切は高さ約5m、本丸の後ろに更に郭が有り、その郭の背後は20〜30mの絶壁です。

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