長井坂城(ながいざかじょう)

長井坂城の基本情報

通称・別名

所在地

群馬県渋川市赤城町棚下綾戸582他/利根郡昭和村

旧国名

上野国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

上杉謙信

築城年

永禄年間(1558〜1570)

主な改修者

主な城主

上杉氏、猪俣邦憲

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切

指定文化財

県史跡(長井坂城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

沼田城(群馬県沼田市)[7.4km]
白井城(群馬県渋川市)[9.8km]
渋川城(群馬県渋川市)[11.3km]
名胡桃城(群馬県利根郡)[11.5km]
小川城(群馬県利根郡)[14.1km]

長井坂城の解説文

旧沼田街道の長井坂にあり、北は永井の沢の急崖、西は徒長和の断崖に臨む断崖城で、南北260メートル、東西180メートルほどの囲郭式の山城である。西端の断崖上に三方を高さ2.5メートルの土塁によって囲まれた郭がある。

「加沢記」によれば、永禄3年(1560)長尾景虎(上杉謙信)が関東出馬の際に長井坂に陣を張り、降伏した沼田顕泰(万鬼斎)を引見したとあることや、城郭構造からみて永禄期以降の築城と考えられている。

天正の初めに北条氏の持城となり、近隣の地侍集団が城番を勤めた。天正6年(1578)真田氏が沼田城を略取すると、長井坂城が鉢形城を核とした北条方の北方最前線の要となって、北条・真田両氏激突の攻防が繰り返されたが、天正18年の小田原城の落城とともに、廃城となった。

提供:渋川市教育委員会文化財保護課

長井坂城の口コミ情報

牢屋見廻り同心マダオ様[2015年01月26日]
旧沼田街道の長井坂にあり、北は永井の沢の急崖、西は利根川の断崖に臨む崖端城である。「加沢記」によると、永禄3年(1560)、長尾景虎(上杉謙信)が関東出馬の際に長井坂に陣を張り、沼田顕泰(万鬼斎)を引見したとあり、そのころからこの地に城塁があったとされる。天正期に北条氏の持城となり、北条方の北方最前線の要として、沼田城を略取した真田氏との攻防が繰り返されたが、天正18年の小田原城の落城とともに廃城となった。
また近くには上杉謙信が築城したと言われる棚下の砦があります。こちらも遺構が素晴らしいです。

傾奇揚げ仙兵衛様[2012年05月26日]
赤城高原の畑

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