鉢形城(はちがたじょう)

鉢形城の基本情報

通称・別名

所在地

埼玉県大里郡寄居町大字鉢形

旧国名

武蔵国

分類・構造

連郭式平山城

天守構造

築城主

長尾景春

築城年

文明8年(1476)

主な改修者

田丸直昌、森忠政

主な城主

長尾氏、上杉氏、北条氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

国史跡(鉢形城跡)

再建造物

門、塀、木橋、石碑、説明板

周辺の城

花園城(埼玉県大里郡)[2.5km]
高見城(埼玉県比企郡)[6.6km]
天神山城(埼玉県秩父郡)[7.1km]
千馬城(埼玉県秩父郡)[7.5km]
本田城(埼玉県深谷市)[7.6km]
腰越城(埼玉県比企郡)[7.8km]
人見館(埼玉県深谷市)[9.5km]
雉岡城(埼玉県本庄市)[11.3km]
岡部陣屋(埼玉県深谷市)[11.5km]
杉山城(埼玉県比企郡)[11.7km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

18 鉢形城

設置場所

鉢形城歴史館受付[地図
駐車場正門(鉢形城歴史館の時間外及び休館日のみ)[地図

鉢形城の解説文



鉢形城(はちがたじょう)は、埼玉県大里郡寄居町大字鉢形にある戦国時代の日本の城跡である。構造は連郭式平山城。標高は最高点(三の曲輪)で122m。

概要 

鉢形城は、深沢川が荒川に合流する付近の両河川が谷を刻む断崖上の天然の要害に立地し、その縄張りは唯一平地部に面する南西側に大手、外曲輪、三の曲輪(三ノ丸)の三つの郭を配し、両河川の合流地点である北東側に向かって順に二の曲輪(二ノ丸)、本曲輪(本丸)、笹曲輪と、曲輪が連なる連郭式の構造となっている。搦手、本丸、二ノ丸、三ノ丸および諏訪曲輪には塹壕をともない、また北西側の荒川沿岸は断崖に面する。

初めて築城したのは関東管領山内上杉氏の家臣である長尾景春と伝えられている。その後、小田原の後北条氏時代に北条氏邦によって整備拡張され、後北条氏の上野国支配の拠点となったほか、甲斐・信濃からの侵攻による最前線として重要な役割を担っていた。その後、下野国遠征の足がかりともなったが、その滅亡とともに廃城となった。 また跡地の周辺には殿原小路や鍛冶小路などの小路名が伝わっており、小規模ながら初期的な城下町が形成されていたことが窺える。

関東地方に所在する戦国時代の城郭としては比較的きれいに残された城のひとつといわれる。1932年(昭和7年4月19日)に「鉢形城跡」(はちがたじょうあと)として国の史跡に指定された[1]。1984年(昭和59年)からは寄居町による保存事業が開始された。現在は鉢形城公園(はちがたじょうこうえん)として整備され[2]、園内にはガイダンス施設である鉢形城歴史館が設置されている。

稀に見る頑強な要害だったとされ、武田信玄、上杉謙信、前田利家、上杉景勝らの数度の攻撃に耐え、小田原征伐では3万とも5万とも言われる北国軍に包囲されて1ヶ月に渡って籠城したのちに「開城」という形になった[3]

構造 

城跡は西南旧折原村を大手口とし、東の旧鉢形村の搦手としている。本丸、二の丸、三の丸、秩父曲輪、諏訪曲輪などがあり、西南部には侍屋敷や城下町の名前が伝えられており、寺院、神社があり、土塁、空堀も残存する。

歴史・沿革 

  • 1473年(文明5年)6月、山内上杉氏の家宰であり、同家の実権をふるった長尾景信が古河公方足利成氏を攻める途中、戦闘は優位に進めたものの景信自身は五十子において陣没した。長尾家の家督を継いだのは景信の嫡男長尾景春ではなく弟長尾忠景であり、山内上杉家の当主上杉顕定も景春を登用せず忠景を家宰とした。長尾景春はこれに怒り、1476年(文明8年)、武蔵国鉢形の地に城を築城し、成氏側に立って顕定に復讐を繰り返すこととなる。これが鉢形城の始まりである。
  • 1478年(文明10年) 扇谷上杉氏の家宰太田道灌が鉢形城を攻め、ようやく上杉顕定が入城した[4]
  • 1488年(長享2年) 扇谷の上杉定正が鉢形城の上杉顕定を攻めるため兵をおこし、城の近くで両軍が遭遇して高見原の戦いが起こった。このとき、定正は戦闘には勝利したものの鉢形城は落とすことができず撤退した。
  • 1494年(明応3年) 上杉定正は再度鉢形城の顕定を攻めようと伊勢盛時(北条早雲)とともに高見原に打って出たが、定正はこのとき荒川渡河中に落馬して死去した。以後、上杉顕定の存命中、鉢形城はその手にあり、顕定の後を継いだ養子の上杉顕実(実父は古河公方足利成氏)も鉢形城を拠点とした。
  • 1512年(永正9年) 上杉顕実は同じ顕定の養子であった上杉憲房[5]の軍に包囲されて鉢形城は落城、顕実は命を助けられたものの山内上杉家当主の座を失った。
  • 1515年(永正12年) 憲房は山内上杉氏の家督を継ぎ、同年に顕実が死ぬと関東管領職をも継いだ。しかし、家臣として仕えていた長尾景春が離反し、扇谷上杉家の上杉朝興、相模の後北条氏2代北条氏綱、甲斐の武田信虎などとの長年にわたる抗争のなか、1525年(大永5年)3月に病没した。後を養子の上杉憲寛[6]が継いだが、のちに争いの末、実子の上杉憲政が継いだ。
  • 1546年(天文15年) 北条氏3代北条氏康が川越城を包囲した上杉朝定・上杉憲政を打ち破る河越夜戦が起き、それに勝利して北条氏が武蔵国における覇権を確立した。
  • 1564年(永禄7年)この地方の豪族であった藤田康邦に入婿した、北条氏康の四男北条氏邦が鉢形城へ入城した[7]。以後、鉢形城は北条氏の北関東支配の拠点となった。その後も戦略上の重要性から、各地の戦国大名の攻防の場となっており、1569年(永禄12年)には武田信玄による攻撃を受け、1574年(天正2年)には、上杉謙信が城下に火を放っている。
  • 1590年(天正18年) 豊臣秀吉による小田原征伐がはじまり、鉢形城は前田利家・上杉景勝・真田昌幸、徳川家康麾下の浅野長政、本多忠勝、島田利正、鳥居元忠 らの連合軍 (35000) に包囲され、北条氏邦の老臣黒澤上野介ら (3000) が約1か月の籠城戦を戦ったのち、開城した。その後、徳川家康の関東討入にともない、成瀬正一、日下部定好が代官となって周辺の統治を行った。

現代

  • 1932年(昭和7年)4月19日 遺構の残存状況がきわめて良好な考古資料であり、関東地方の戦国時代の状況を示す文献資料も豊富に残されていることから、「鉢形城跡」として国の史跡に指定された。
  • 2006年(平成18年)4月6日 日本100名城(18番)に選定された。

氏邦桜 

城跡内には町天然記念物に指定されているバラ科サクラ属の植物の一種「エドヒガン」が生存している。このエドヒガンは、一旦伐採され2本幹の株元から12本の芽が成長した珍しいものである。

2009年(平成21年)現在で樹齢は約150年。高さは18m、枝張りは、東西23.5m/南北21.8mで、根回りは6.5mほどもある。

ソメイヨシノの片親である「エドヒガン」であるが、名前のとおり関東ではソメイヨシノよりやや早めの彼岸のころ満開となり、満開の時期には多くの写真家や画家が訪れる。

2018年、寄居町は鉢形城主の北条氏邦にちなんでこの樹の愛称を「氏邦桜」とした。

現地情報 

所在地

  • 埼玉県大里郡寄居町鉢形2496-2

交通アクセス

鉄道・バス
  • 東武東上線・秩父鉄道秩父線・JR八高線 寄居駅下車。
    • 徒歩約25分。または、イーグルバス(元東秩父村営バス)「和紙の里」行きで「鉢形城歴史館前」下車、徒歩約5分
自動車
  • 関越自動車道花園ICから国道140号バイパスで秩父・長瀞方面へ約6km、15分
  • 無料駐車場有。

参考文献 

  • 黒田基樹「第三編第四章二 後北条・上杉・武田三氏の攻防と加美郡」『上里町史』通史編上、1996年。
  • 黒田基樹・浅倉直美編『北条氏康の子供たち』宮帯出版社、2015年。ISBN 978-4-8016-0017-1。

鉢形城の口コミ情報

2022年05月05日 修理大夫yokkohime
鉢形城

土累が美しい城です。よく保存されています。

2022年02月25日 busuka
鉢形城



寄居駅から徒歩20分。駅前通りを一直線に歩き、荒川を渡った右手が城跡の入り口。かなり広く遺構も良く残っています。

2022年01月30日 武蔵守与作兵衛
鉢形城



大きな無料駐車場があり、車でのアクセスは良好です。
2022年1月28日に行きましたが、鉢形城歴史館はコロナ感染対策で臨時休館でした。(再開の見通しは立ていない模様)
日本100名城のスタンプは屋外の駐車場入り口に設置されていて、休館中も利用可能です。
公園として整備されていますが、土塁や堀と畝、復元石積土塁や復元四脚門などもあり、当時の鉢形城の姿が偲ばれます。
荒川と深沢川に挟まれた断崖の上に築かれた鉢形城は、文字通り天然の要害であることが実感できました。

2021年11月26日 前後北条安房守ぷいちー
鉢形城

こちらは、紅葉はあまり綺麗なところではありません。途中の雀宮公園に立ち寄るのがいいかと思います。

2021年10月20日 修刑部卿
鉢形城



非常に大きな城跡で、土塁もしっかりと保存されており、見応え十分です。
2021.10.19現在、コロナの影響なのか、歴史館はクローズになっていましたので、歴史館も見学したい方は確認後、訪問される事をおすすめします。また、夏に行く際は虫除け必須です。

2021年08月26日 乱会
鉢形城

現在はコロナ禍で休館中ですが、鉢形城は城内のガイダンス施設で定期的に行われる企画展がとても面白いので、定期的に来訪する価値があります。関東戦国史が好きな方にはオススメの施設です。
城自体も中世後期城郭としてすさまじい規模で、真剣に全域を巡ろうとするとヘトヘトになります。
秋になると三の曲輪あたりでムカゴをよく採っています。

2021年05月05日 DAI.木工允
鉢形城

小田原北条氏の築城技術が遺憾なく見学できる最高の城跡🏯の一つであると実感‼️
小田原攻めのあと廃城になってしまったのが残念です(>_<)
近世城郭として継続されていれば江戸時代でも大いに発展した城郭都市になっていたと思えるので残念です(>_<)
でも、廃城されたお陰で戦国時代そのままの城郭遺稿が楽しめるので良し🎵

2021年03月21日 拓之助右馬頭【若者組】
鉢形城



馬出しと大手道
伝逸見郭から入る馬出しには石垣遺構があります。
馬出しにある石垣遺構は大手道と思わしき連雀小路から入ると見える弁財天と池の後ろに石垣を作ることにより、見栄えを上げるために作られたと思われる。
中々気づかれない遺構で、伝逸見郭より見上げると石垣ときれいな馬出しが映る最高の一枚になる。

〜フォトギャラリー〜
・伝逸見郭より見た馬出し
・伝逸見郭より見た馬出しの石垣遺構

2021年03月21日 拓之助右馬頭【若者組】
鉢形城



寄居町は平成29年より、伝逸見郭の発掘調査をしています。
これにより、伝逸見郭の用途や不明な点がある大手道の真相解明に役立つ成果が挙げられました。

伝逸見郭の北面には大手道と思わしき、昔から使われた道の跡が残っております。
その伝逸見郭の北斜面を今回発掘調査の対象として発掘調査を行いました。
そこからは、土留めに使われたと思われる河原石を積んだ石積みがみつかりました。
伝秩父郭石積みのような段々な石積みだった。
これは伝逸見郭の北周りを取り巻くよう、防御力や権威力を上げたかったのだろうと考えられます。ですが、出土物が少なく、いつ作られたかは不明で、何度かの改修を受けた事がわかりました。
また、一緒に発掘された門跡と関連性がある、スロープ状遺構が発見されました。
これにより、出入り口が不明だった門の出入り口なのではないかと考えられます。

〜フォトギャラリー〜

・発見されました石積み。石は破壊を受けたと考えられます。
・発見されました石積み
・大手道と思わしき遺構。右手に石積み(伝逸見郭)が奥に馬出しがあり左に曲がり、三の曲輪に入る
・門跡とつながるとおもうスロープ状遺構
・発見されました石積み、段構造になっている。


2021年03月21日 拓之助右馬頭【若者組】
鉢形城



寄居町は平成29年より伝逸見郭にて発掘調査をしています。
今回の発掘では正確な大手通解明の手がかりとなる城内への出入り口を確認し、地下1メートル地点から石積みに囲まれた門跡が発見されました。

門跡はその石垣の構造から複数回作り直されたと考えられ、西へ西へ虎口の位置を変えていきました。

門跡はかなり大きく諏訪神社方面から入る土橋に向け、伝逸見郭を守る形で造られています。
石垣は荒川からの丸石が積まれており、石垣の全方には片岩貼溝状遺構が確認されました。ですか、この側溝は素材が緑泥岩石なため水がはけず、側溝としての役目を果たせたのかはふめいです。
さて、虎口跡には1つの門跡が確認されました。門跡には計4つの礎石が確認され、四脚門などか建てられていたことがわかります。
虎口跡は内枡形状になっており、その枡形周囲を石垣でかこめています。ですが、虎口跡があったものの、入口はあるが、出口がなく、この門がどこに繋がったのかは不明で、候補地としては、門を入り直進し、伝逸見郭に入るルートか、枡形をまわり、三の曲輪方面の道に下るルートかになります。ですが、最初の案は枡形の意味を無くしますので防御の面では考えにくいでしょう。
ですが、2つ目の案はなぜそこを通す必要があったかが不明なため、どちらも難しい所で今後の調査にに期待です。
そして、虎口跡ノ石垣は3回ほど改築をされてきました。一度目は今から100センチほど奥にある、栗石程度の石をおいたもの。二度目は丸石を積み門の周りを強化したもの、3度目は通路を狭くしようと門跡より張り出した形でつくったものがあります。

また、虎口跡の近くには櫓跡が残ります。
この2つの点から、この門は豊臣氏の侵略による、鉢形城の防御拡大のために増築されて行き、防御を拡大したと考えられ、最終的にはこの門は格式が高く、防御の面でも強く、得ずにもこの場所が大手と書いてありから鉢形城の大手に当たるのではないでしょうか?
:フォトギャラリー
・緑泥岩石の排水口 ・門跡の礎石
・改築された石垣と門跡の正面
・増築されて門跡。学芸員が指さす場所に初期の石垣。二期目が真ん中に見える石垣
3期目は写真全方
・虎口跡を守る石垣跡
・黄色いポール場所が門跡で折れ曲がり後方に低い石垣がみえる。コの字型の内枡形で出口は不明



2020年07月20日 
車山[鉢形城  寺社・史跡]

車山(くるまやま)
標高226.8メートル
この車山は鉢形城の曲輪がよく見えることから「くるわやま」→「くるまやま」となった説があります。
鉢形城攻めの際本田忠勝が28人持ちの大筒を山頂に据え付け鉢形城の大手門を破壊したそうです。
ハイキングコースになっているのでおすすめです。

2020年04月01日 フー甲斐守
鉢形城

どなたかが記載されていたと思っていましたが、念の為。昨日時点で、鉢形城歴史館は当面休館でしたので、ご留意下さい。

2020年02月20日 琉照
鉢形城



城を作るのに最適な地形で感動。水源あり、高低差あり最高です。二時間あればいいですが、足軽目線で歴史館含め、早足で一時間余りで攻略できました。

2020年01月30日 独眼竜弾正少弼
鉢形城



大分大きな城で、川も二つ(水はどちらも濁っていて残念❗️)あり天然の要害というやつでしょうか?武田信玄すら攻略をあきらめた?のもうなずける感じです‼️

2019年07月14日 まさある甲斐守
トイレ [鉢形城  トイレ]

右側の建物がトイレ。綺麗にされてありました。

2019年07月14日 まさある甲斐守
駐車場[鉢形城  駐車場]

無料です。途中に駐車場の看板有り。

2019年07月14日 まさある甲斐守
鉢形城歴史館駐車場[鉢形城  駐車場]

無料です。9:00〜17:00。

2019年07月14日 まさある甲斐守
鉢形城歴史館[鉢形城  スタンプ]

開館時間9:30〜16:30。月曜日は休館。歴史館入館料大人200円。説明映像が良いです。

2019年05月30日 あおっちS左馬助
鉢形城



堀が見事でした。行った時は春で桜が咲きほこり、家族連れの来城者もいました。
子連れでも行きやすい城跡でした。

2019年05月04日 龍馬備中守【】
鉢形城



伝秩父曲輪と二の曲輪を断ち切る空堀☆(奥)二の曲輪☆秀吉の小田原攻めの際、前田利家・上杉景勝・本多忠勝・真田昌幸により4方から攻められ3ヶ月の籠城の末に落城☆

2019年05月04日 龍馬備中守【】
鉢形城



伝秩父曲輪・東の馬出し☆深い空堀が行く手を阻む☆小田原北条氏と連携して北武蔵から上野にかけての拠点になる☆

2019年05月04日 龍馬備中守【】
鉢形城



(左の曲輪)馬出し☆(右の曲輪)逸見曲輪☆大地を削平凹凸付ける☆後に北条氏康が三男・氏邦を城主として迎え入れる☆

2019年05月04日 龍馬備中守【】
鉢形城



伝御殿曲輪☆荒川と深沢川の合流点の突先の絶崖上に位置☆自然の要害☆長尾景春が築城☆

2019年05月04日 龍馬備中守【】
鉢形城



大手口に構えた巨大な空堀☆大手を進むと伝逸見曲輪へ繋がる☆埼玉オススメの城郭☆空堀の中にカタクリの花が綺麗に咲いてた♪

2019年04月30日 独眼竜大宰帥めろん
エドヒガン桜[鉢形城  その他]



平成最後の日のエドヒガン。2018年3月に氏邦桜と命名されました。20190430

2017年06月04日 土塁ルイ
鉢形城

駐車場は歴史館の他に、三の曲輪向かいに駐車場があります。

鉢形城の南西1km(標高226m)の車山は、北条攻めの際、本多忠勝が28人持ちの大筒を山頂に上げ、大手門を破壊したと伝わる山です。
案内板はありませんが。いくつかある登山口の内、方丈窯のある登山口を奥へ進み、突き当たりを左に入ると折原歴史かるたの「【た】忠勝が大砲撃った車山」の立札があります。
山頂は眼下に城址が見下ろせる位置ですが樹木があり、冬なら城址が見えるのかもしれません。

城主北条氏邦は、加賀前田家へお預けとなり後に病没しますが、加賀北条家の家督は四男・采女(庄三郎)が継ぎ、前田慶次の娘を妻としました。

2017年05月21日 【感謝】☆あんず
鉢形城

周辺プチ情報です。

電車なら東武東上線で池袋から
終点の寄居駅へ。そこまでで1時間30分位。

寄居駅から歩くと15分という情報も、
歴史館にまず辿り着くとなると
25分だね、と駅前の観光案内所で言われる。バスはあるけど最初のバスが10時45分!
いま9時30分。(T_T)
この日は暑くて既に25度。
タクシーで歴史館へ→¥820でした。

歴史館で情報集め、地図を見て行軍。

帰りは駅まで歩き。
荒川の河原で大砲があったりして
何か撮影中。
来年大河の「西郷どん」の撮影か?
河原に降りて涼しさを堪能するのも良し。
正喜橋から見る荒川の眺めは最高!
橋の手前にセブンイレブンあり。

お昼はタクシー情報では城近くの台湾料理「吉祥 寄居店」が最近出来たと。
でも暑くて寄居駅まで戻り「かずさや」という蕎麦屋で。
お薦めの三色天盛り蕎麦を。「でも蕎麦は一番冬がうまいよ!冬に来て!」だそうです。笑

5月第2週に鉢形城祭りがあるそうです。

2017年05月06日 あわなみ弾正大弼(かなすい)
鉢形城

歴史館は大人200円、たしか中学生以下無料です。何重もの曲輪がある本丸周辺以外にも、色々見どころがあるんですが、忘れたので、是非行ってみて下さい。
近くを流れる荒川も絶景ですよ。

2015年10月17日 七七中務丞
鉢形城

この城の見どころといえばやっぱり復元四脚門、三の曲輪跡でしょう。鉢形歴史館の駐車場を出てT字路を左折、真っ直ぐ行って八高線の線路がありますから、線路を渡り、線路に沿うように右折、諏訪神社をめざすように進めばつきます。三の曲輪には、後北条氏特有の障子掘がちょこんと見られました。また、道なりに進めば、本曲輪跡に行けます。こちらは、整備されていない戦国中期の縄張り跡を見られます。

2015年06月10日 永眠武蔵守釋 葱進
鉢形城

鉢形城歴史館は(祝日除く)月曜と祝日の翌日はお休みです。
また、歴史館駐車場は開館日の9時~17時で利用可能なので、時間外や休館日は三の丸前の駐車場利用となります。


2015年03月28日 牢屋見廻り同心マダオ
鉢形城

3月28日より春季企画展「鉢形城歴史館収蔵品展」開催中。ヒガンザクラ、カタクリの花も見頃をむかえています。

2014年10月06日 タコ武蔵守イカ
鉢形城

2014 10/4 に訪問しました。

二等兵智ぞう さんのオススメの歴史館のバーチャルシアターで予習したルートを回ることで往時を想像しながら楽しく回ることができました。

入館時に貰えるフィールドマップも分かりやすくて役に立ちました。

城内にも多くの見処がありますが、個人的には本丸の荒川対岸からの眺めが天然の要害の雰囲気が感じられてオススメです。
玉淀河原として整備され、河原に簡単に降りることもできるので、時間に余裕があればオススメです。

2014年08月17日 内大臣 大神信貫
鉢形城

百名城のスタンプは鉢形城歴史館が閉館しても押せます。駐車場の入口の銀色のポストの中にスタンプとインクが入ってます。

2014年05月06日 土塁ルイ
鉢形城

車は歴史館に駐車するのがいいです。裏から曲輪への道があります。また歴史館を起点に城域を一周するのも楽しいです。

2013年10月12日 中務卿一之介
鉢形城

寄居駅から徒歩では、本丸跡前までには15分ほど、二の曲輪三の曲輪には、さらにあと2分ほどで着きます。
途中の道は歩道が狭い割には車の往来が激しく、さらに見通しの悪い交差点があり、十分注意が必要です。

二の曲輪三の曲輪は復元整備されていますが(ガイドブックなどに載っているのはこちら)、本丸跡はあまり復元整備はされておらず、中世山城の雰囲気を感じさせます。

2012年10月19日 ばしこん
鉢形城

百名城ガイドブックのスタンプは鉢形城歴史館の中に設置されているよ。会館時間は9:30~16:30までだよ。

2012年07月11日 
鉢形城

山内上杉氏の家宰、長尾景春が築城し、武田信玄・上杉謙信・本多忠勝といった名だたる名将が攻めた、関東の重要拠点です
中世の縄張りがほぼそのまま残っているので、戦国関東の土臭い城(笑)を知りたい方は見て損は無いと思います
城内の歴史館は後北条氏関連の展示が充実してます


2012年05月04日 ビバちゃん
鉢形城

東武線寄居駅から徒歩15分程で着きます。難攻不落の名城と謳われたように荒川と巧みに配置された曲輪で敵を寄せ付けなかっただろうと思わせる遺構が残っています!

2012年01月15日 奥州王征夷大将軍毘沙門天乱丸
鉢形城

約10年ぶりに本丸跡、二の丸、三の丸と各曲輪を見てきましたちょっと整備が…

鉢形城の周辺スポット情報

 四脚門(遺構・復元物)

 馬出(遺構・復元物)

 馬出(遺構・復元物)

 四阿(遺構・復元物)

 石塁(遺構・復元物)

 排水溝跡(遺構・復元物)

 井戸跡(遺構・復元物)

 池跡(遺構・復元物)

 石垣(遺構・復元物)

 二の丸跡(遺構・復元物)

 畝跡(遺構・復元物)

 搦手門石積(遺構・復元物)

 送り仙水出口側石組遺構(遺構・復元物)

 鉢形城地形模型(碑・説明板)

 鉢形城本丸跡の碑(碑・説明板)

 本丸石碑(碑・説明板)

 吉野砦(周辺城郭)

 車山(寺社・史跡)

 鎌倉街道上ノ道・お茶々の井(寺社・史跡)

 城山稲荷神社(寺社・史跡)

 鉢形城御城印(御城印)

 鉢形城歴史館(スタンプ)

 トイレ (トイレ)

 諏訪神社前トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 鉢形城歴史館駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 エドヒガン桜(その他)

 車山登山口(その他)

 子持瀬の渡し(上の渡し)(その他)

 樋の下の渡し(下の渡し)(その他)

 釜伏峠(その他)

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