白井城(しろいじょう)

白井城の基本情報

通称・別名

所在地

群馬県渋川市白井本丸609-1他

旧国名

上野国

分類・構造

梯郭式平城

天守構造

不明

築城主

長尾景仲

築城年

15世紀前期

主な改修者

主な城主

白井長尾氏、本多氏

廃城年

寛永元年(1624)

遺構

曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、枡形虎口、三日月堀(水堀)、櫓台、帯曲輪、用水跡

指定文化財

市史跡(白井城址)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

渋川城(群馬県渋川市)[1.4km]
剣城(群馬県渋川市)[5.7km]
長井坂城(群馬県渋川市)[9.8km]
箕輪城(群馬県高崎市)[12.7km]
蒼海城(群馬県前橋市)[13.4km]

白井城の解説文

白井城は、山内上杉氏の有力な配下で家老職を勤めた長尾一族のうち、白井を本拠とした白井長尾氏の居城である。長尾氏が上野国に入ったのは、建武4年(1337)に上杉憲顕が上野・越後両国の守護となり、長尾景忠が守護代を務めたことに始まる。

上野での景忠の居所は惣社(前橋市)で、当時白井には白井氏を名乗る武士団が存在していた。その後上野と越後の守護が分岐し、長尾氏も景忠の3人の子どもが分立し、景廉が越後長尾氏、景直が鎌倉長尾氏、清景が白井長尾氏の祖となったと「雙林寺本平姓長尾系図」に記されている。

白井城の築城年代は、虎口東側に張り出し部を有する本丸の構造が、享徳の大乱(1454~1482)時に上杉軍が本陣とした武蔵五十子城(埼玉県本庄市)の主郭構造と相似していることから、両城とも15世紀半ば頃、長尾景仲(昌賢)が城主の時代に築城されたものと推定されている。

長尾景仲は、主君である関東管領上杉憲実・憲忠・房顕に仕え、「関東無双の案者(知恵者)」と称された武将である。中郷に月江正文を開山として雙林寺を建立し、白井城内には京都から儒学者藤原清範を招いて聖堂を建立し家臣に儒学教育を行っている。雙林寺には県指定重要文化財「長尾昌賢木造と長尾氏位牌」が保存されている。

景仲の没後、北条氏、上杉氏、武田氏による覇権をめぐる戦乱の中、白井長尾氏は景信、景春、景英、景誠、憲景、輝景、景広と代替わりし、景広城主の時、豊臣秀吉の小田原攻めが開始され、天正18年(1590)、前田利家、上杉景勝の両群の前に開城した。豊臣方に開城した白井城は、徳川家康家臣の本多広孝に与えられ、その子康重は2万石で城主となった。家康領国下では沼田城の真田昌幸を押さえる前線基地の役目を果たしたことになる。康重の岡崎移封後は康重の第2子紀貞が入城したが、寛永元年(1624)死去し、嗣子がなかったため廃城となった。

白井城は本丸を中心とした梯郭式縄張りで、五重の空堀と土塁がめぐる。西側は吾妻川の崖線上に形成され、自然の要害となっている。

本丸出入口に現存する野面積石垣の枡形虎口や、本丸東側の南曲輪・新曲輪は本多氏の時代に拡張・整備されたものである。枡形虎口前方東側の三日月堀は白井城址唯一の水堀で、武田氏築城法によって築城した名残と言われている。また、本丸奥には天守建築かそれに相当する建物の存在を思わせる櫓台石垣がある。

本丸背後に一辺15mの笹曲輪が設けられるほか、本丸北には二の丸、三の丸、北曲輪があり、その北西に金比羅曲輪が残る。北曲輪には大手虎口が開かれる。本丸、二の丸、三の丸の東側は堀を隔てて幅10m程の帯曲輪が長く続き、北曲輪大手虎口に達している。

この城の惣曲輪は、北側の吹屋屋敷・松原屋敷と東側の白井宿に囲まれていて、その外側に東西950mの北遠構と南北650mの東遠構の堀がある。大手虎口北側の吹屋では、近年まで鍛冶が行われていた。宿は城東側に南北に形成され、道路中央に用水遺構が設けられている。

長尾氏時代の外構には、城の護りとして愛宕神社、大宮姫神社、神明宮、玄棟院といった寺社が配置され、後に源空寺が建った。

提供:渋川市教育委員会文化財保護課

白井城の口コミ情報

mas.k上野介様[2017年05月08日]
本郭土塁を廻って東の堀底からもう一つ東の土塁に至り、巡るとこの城跡の良さがよくわかります。そのまま白井宿まで降りてからグルッと外側を廻って二の郭を通って本郭に戻ります。堀と土塁の造りが思いの外技巧的で見応えありますね。

左衛門佐平八郎様[2016年09月11日]
先人の記述通り 本丸まで車で行くことが出来ますが すれ違いが厳しい細い道です
本丸は広々としていて 悠々と駐車可能です

本丸虎口の石垣は 太田道灌の指導との伝承があり 中々の迫力があります
周りは2〜3メートルの土塁に囲まれ
曲輪ごとに堀を巡らせ 堅牢な城であったことが伺えます
城域の殆どは農地になっていますが一見畑に見えるところも よく見ると堀だったり 僅かに土塁の名残りを思わせる盛り上がりもあります

三日月堀は雨が降ると水が溜まり 水掘りのようになります
ただ 水が溜まると 堀底道が不通になるため
腰曲輪まで行くのに だいぶ歩くことになるのは ここだけの話

すずママ右衛門佐要害情報屋様[2015年12月30日]
子供が一緒だったので道の駅こもちからクルマでリア攻めチャレンジしました。三の丸の畑のおじいちゃんがトラックどかしてくれました。農繁期は道の駅こもちから徒歩をおすすめします。途中は蔵の町並みや資料館などもあり歩きの方が楽しめると思います。近くに温泉もありますので汗かきでも安心です。

牢屋見廻り同心マダオ様[2015年06月25日]
白井城関連史跡

源空寺…白井城北郭の北に位置する源空寺には白井藩主・本多広孝夫妻と本多紀貞の墓があります。
空恵寺…空恵寺は白井長尾氏の菩提寺で白井長尾氏累代の墓17基がありますが、景仲・景春・白井の局の墓が確認出来るのみです。
雙林寺…長尾景熙が開基した寺で長尾昌賢入道景仲の木像が安置されています。(見学の際はお寺さんに一声お掛け下さい)
見立二城(不動山城)…利根川対岸の赤城町にある白井城の支城で、白井城の支城の中では比較的良好な遺構を留めています。
他にも伊熊砦・八崎城・真壁城・箱田城・大室城などの支城群も見学されるとよいかと。


本丸にトイレあり。本丸まで車で行けますが、地元車優先で農繁期には農作業の車両が行き来し、停車してますので気をつけて下さい。

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