佐伯城(さいきじょう)

佐伯城の基本情報

通称・別名

鶴ヶ城、鶴屋城、鶴谷城、鶴城

所在地

大分県佐伯市鶴谷城山

旧国名

豊後国

分類・構造

山城

天守構造

独立式望楼型[3重/1606年築/焼失(火災)]

築城主

毛利高政

築城年

慶長11年(1606)

主な改修者

主な城主

毛利氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、櫓門、石垣

指定文化財

県有形文化財(三の丸御殿櫓門)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

栂牟礼城(大分県佐伯市)[3.7km]
宇土山砦(大分県佐伯市)[8.8km]
大友別館(大分県津久見市)[12.6km]
久保泊城(大分県津久見市)[13.9km]
用来城(大分県佐伯市)[16.0km]
臼杵城(大分県臼杵市)[19.7km]
水賀城(大分県臼杵市)[21.5km]
松尾城(大分県豊後大野市)[25.8km]
鶴賀城(大分県大分市)[28.0km]
烏帽子岳城(大分県大分市)[30.6km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)194 佐伯城

設置場所

佐伯市歴史資料館受付[地図
佐伯市城下町観光交流館(佐伯市歴史資料館休館日のみ)[地図

佐伯城の解説文



佐伯城(さいきじょう)は、大分県佐伯市にあった日本の城である。江戸時代には佐伯藩の藩庁が置かれた。「さえき」と読むのは誤り[1]。 大分百景、 続日本100名城(194番)に選定されている。

概要 

江戸時代初期の1606年(慶長11年)に築かれた山城で、山頂主郭部の石垣と麓にある三の丸跡の石垣、建物は三の丸櫓門が現存する。また、三の丸御殿の一部が市内船頭町に地区集会所(住吉御殿)として移築され現存する。このほか、お浜御殿が鶴谷学館の館長坂本永年の邸宅として市内東町に移築され、後に国木田独歩兄弟が下宿していたことから「城下町佐伯 国木田独歩館」として利用されている。

歴史 

関ヶ原の戦いにおいて、徳川方(東軍)に与したことにより、1601年(慶長6年)、毛利高政は海部郡に2万石を与えられ、豊後国日田郡日隈城より前領主佐伯氏の旧居城であった栂牟礼城に入城した。しかし、栂牟礼城は険阻な山城で、平時の統治には不便であったため、翌1602年(慶長7年)から番匠川河口近くの八幡山で新城の築城に取り掛かった。縄張は織田信長の元家臣で安土築城にあたった市田祐定、石垣は天正期姫路城の石垣施工を指揮した石垣師の羽山勘左衛門が担当した。6年の歳月をかけて1606年(慶長11年)にはおおよそ完成したが。1617年(元和3年)、二の丸より失火して、本丸と天守を焼失した。

1637年(寛永14年)3代高尚のとき、麓に三の丸を増築し、三の丸に居館が移されて以降は、城の中心施設として利用された。山上の本丸・二の丸などは、焼失および居館の移設によって放置され荒廃が著しかったため、宝永6年(1709年)に6代高慶によって天守以外の建物が復興、修復されている。

1871年(明治4年)7月に、佐伯県庁が置かれ佐伯城は廃城とされた。三の丸以外の建物はすべて払い下げ、撤去された。土地は旧藩主である毛利家に譲渡されている。1970年(昭和45年)、三の丸御殿の一部を解体、民間の建物として(市内船頭町、住吉神社の隣に)移築され、翌年、跡地に市立佐伯文化会館が建てられている。2017年(平成29年)、続日本100名城に選定された[2]。2019年(令和元年)5月2日、佐伯市の文化財(史跡)に指定された。

構造 

標高144メートルの八幡山山頂一体に築かれた総石垣の山城である。本丸を中心に、南北に長く連郭式に配し、本丸南に二の丸、西出丸、本丸北に北出丸、捨曲輪を配置している。これに3代高尚の時に麓の三の丸を加えた。3重の天守があった本丸と本丸外曲輪を中心に二重櫓5基、平櫓1基、城門7棟などが建てならべられた。本丸と二の丸は堀切で遮断され、当時は廊下橋が渡されていた。

建築 

櫓などの建物の仕様は、下見板張りの壁に突き上げ式の窓、本瓦葺き屋根であったと考えられているが、詳細は不明である。

山上の建物については明治初期にすべて撤去されているが、三の丸櫓門やいくつかの移築現存建築遺構に意匠が残る。

また、大手門跡付近にあった役所の三府役所跡に佐伯市歴史博物館が2015年5月1日に開館し、野外展示物として敷地内に保存された三府御門(江戸後期)と毛利家御居間(明治期)を見ることができる。[3]

佐伯城の口コミ情報

2022年04月30日 九州武田筑前守元長
佐伯城

本丸までのルートは3種類あり、いずれも足元が悪いので登山靴とまでは言わないが運動靴をオススメします。地元のご家族、ご高齢の団体などのご挨拶の声が大きく元気をいただく。地域に愛されてる城跡!

2022年04月07日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
高城[佐伯城  周辺城郭]

「日本城郭大系」によると、高城は、旧堅田号城村の高城山に築かれた山城で、従来佐伯氏が栂牟礼城を築く以前の城館といわれていたようですが、佐伯氏宗家が鎌倉時代の初代惟庸から数代、約250年にわたって堅田に居住していたという証拠はないそうです。

現在では、佐伯氏の一族が堅田地方を所領して、ここをその居城としていたのではないかと推測されているとありました。高城山は戦時に籠もるものとみえて自然のままのようですが、東方中腹に居館を構えていたといわれ、現在その居館跡と思われるところに高城の地名、石垣がみられるそうです。

なお、堅田佐伯氏の一族の居館と伝えられる所として、堅田川上流、市福所の台地があり、ここには巨大な五輪塔を始め三十数基の大小五輪塔・宝篋印塔類が散在しているが、中には「建武」の年号の彫られているのもあるとありました。

2022年04月07日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
中山砦[佐伯城  周辺城郭]

「日本城郭大系」によると、佐伯市長谷と池田の境に位置する小さな峠で、かつては堅田口の関門としての要地だったそうです。天正14年、佐伯惟定はここに軍勢を配置し、島津軍に備えたとありました。

2022年01月31日 甲州甲斐守ワイン
佐伯城

4/1/31登城。
登城の道ルートは、体力のある方なら15分位で登れますが、そうでない方は30分は掛かると見ておいた方がいいです。舗装も整備されてなく、砂利道の七曲りのような急勾配をクネクネ上がっていきますが、従来の登城の気分が一番味わえると思います。石垣が見えてきたときは感動です♪

独歩碑の道ルートは、ある程度舗装されており勾配もそれほどキツくなく、気楽に登れます。行きと帰りのルートを分けるといいかもしれません。

2021年12月21日 久松胆振守西門左衛門
佐伯城



12/19 登城しました。なだらかと言われる独歩碑の道は工事中のようで、正面の登城道を登りました。城の西側麓からは綺麗な石垣のラインが山頂部に確認できますね。

2021年05月17日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
上ノ台館[佐伯城  周辺城郭]

「日本城郭大系」によると、上ノ台館は、奈良・平安時代前期の官庫の所在地か、豪族の居館跡、また佐伯院の所在地、そして、のち佐伯氏の居館になったのではないかと推定される大地で、北方のみ山続きとなり、ここには土塁と空堀が設けられ、他の三方は断崖となって、台地の広さはほぼ100m四方といったところ、南にむかってわずかに傾斜しているとありました。

2021年05月17日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
宇山城[佐伯城  周辺城郭]

「日本城郭大系」によると、天正14(1586)年、島津軍の侵入による堅田合戦でもこの城は重要な佐伯方の拠点となり、島津軍を西野・府坂から大越に追撃し長瀬原で決戦し大勝利であったとありました。

2021年05月17日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
八幡山城[佐伯城  周辺城郭]

「日本城郭大系」には『八幡山砦』と記載されています。
現在この山の周辺は宅地化されているが、築城当時は北方のみ山続きで、三方は海であり、陸続きの山背には四つの空堀を設け、山の周囲も切岸とした要害堅固な城砦となっていたそうです。
天正14(1586)年、大友対島津の堅田合戦で、佐伯惟定は先陣をここに配置したとありました。

2021年05月02日 野花南左衛門佐
佐伯城

佐伯駅からいくなら大手前というバス停が最寄りです。バスで10分弱。本数が少なく見えますが、複数系統が重複しているので、均せば1時間に1~2本位あります。
城山へは複数の登山道がありますが、独歩碑の道が整備されていてなだらかです。登城の道と呼ばれるかつての登城路は狭く険しいですが、城好きにはこちらの方が楽しいかと。

2021年04月05日 【✾】源九郎豊前守牛若丸
佐伯城

雨の日は石畳が滑り安いそうなのでご注意ください。登城の場合は、足腰に自信がない方は独歩碑の道が良いかもしれません。リア攻めを堪能されたい方は藩政時代より用いられた登城の道がお勧め。佐伯城は写真スポットの宝庫でした( ≧∀≦)ノ時間をかけて見れる大満足なお城🏯です。

安土城に携わった方が縄張りをしているので、安土城に似てます。豊後安土城と言っても良いように個人的には感じました。

2021年03月24日 天河水宮内卿
佐伯城

2021年3月20日雨が降っていたので駅前からタクシーで向かう。約3km850円。山道を登り頂きに着くと良い見晴らし。遺構も良好。下山後スタンプを押しに歴史資料館へ。そこで御城印が観光交流館で販売されていると知る。御城印購入後時間があったため徒歩で駅へ向かう。道沿いに河童像が多数有り。

2019年09月26日 虹雷 大宰大弐 サンダー
佐伯城

駐車場横の登山道の入り口から本丸、天守台跡まで約20〜30分。海側も山側も素晴らしい眺望が待ってます。登山道には杖も準備してあります。岩だらけの登山道、鶴の形の城址、見所満載です。

2018年10月28日 ぴろり対馬守
佐伯城

うわっ!ここの天守からの眺望は最高ですねー。山道は山道ですが、独歩碑の道でゆるりと登れば大丈夫です。ここは登城しないと損です。

2018年10月26日 みやび姫
佐伯城

駐車場は資料館の真裏、三の丸櫓門の前にあります。無料で終日利用可、施錠無しです。が、イベント等があると停められないそうです。朝駆けで登城出来ますが、資料館で地図のプリントを貰ってからの方がいいと思います。(資料館は9時オープン) 資料館の道を挟んだ南側に有料駐車場もあります。

2018年10月20日 西 恭弥
佐伯城

公共の交通機関をご利用の方は、佐伯駅から徒歩か、バスで大手前バス停まで行く方法もありますが、天気が良ければ自転車も快適です。
駅前の観光案内所でレンタサイクルがあります。電動自転車で3時間300円、ノーマルで3時間200円です。
「城下町佐伯 国木田独歩館」または「佐伯市平和祈念館 やわらぎ」「佐伯市歴史資料館」に入館されたかたはレンタル料が半額になります。レンタサイクル返却時に、チケットの半券を見せるだけです。保証金とかもなしに、自転車は貸してもらえます。

登城は藩政時代より続く道「登城の道」が最短で本丸まで行けますが、「佐伯歴史資料館」の方は「独歩碑の道」をオススメしていました。結構、なだらかな登り坂で、徒歩20〜30分で本丸外曲輪に到着します。「登城の道」よりは遠回りになってしまいますが、1番楽に登城できる道になります。

2018年07月19日 W杯関白キッカーは晃司
佐伯城

三の丸櫓門の前に駐車場があります。

現存する三の丸櫓門だけ見て佐伯城を去るのは「木を見て森を見ず」
山頂にすばらしい石垣があります。

なだらかな独歩の道か距離の短い登城の道を選択できるので体力に自信のない方でも無理なく行けると思います。

登城口にカッパの像がありますが、なかなかの曲者です。
私は危うくスマホがやられるところでした。

2017年08月08日 源上野介ポンコ2…
佐伯城

佐伯駅からバスで大手前停下車(約10分、¥140)。そこから左手に歴史資料館、右手に白壁の塀や門のある小学校の前を通り、よく投稿されている三ノ丸櫓門へ。

櫓門を潜ると文化会館や平櫓風トイレを見つつ山に向かうと、山頂までの案内板があり、登城への道と独歩の道の2つの選択肢があります。登城への道を選択し上を目指しましたが、この道は自然道で石が散乱し途中で苔生える岩盤のようなところもあって足元が悪く、道脇は手摺りのない斜面、右に折れたり左の折れたりと、歩きにくいのを覚悟しといたほうがいいです。

途中で4~5人抜きながら25分ほど歩くと山頂の二ノ丸石垣が迎えてくれます。麓から木々に隠れてわからなかったですが、いい状態で石垣が残っており、曲輪からは眼下に佐伯湾が見えいい眺めです。気温34℃でしたが、湾からの風が心地よかったです。本丸も石垣がいい状態で、山の形状に合わせてる部分は算木がなく曲線でした。下りは独歩の道でおりましたが、こちらは歩きやすかったです。

佐伯は魚介が有名と聞きましたが、佐伯駅売店の雪ん子寿司は、ネタが椎茸と大根で絶妙なハーモニーで美味しかったです。

2017年05月09日 なっちゃん日向守
佐伯城

城巡り初心者で普段運動不足な私にとっては、けっこうキツい城攻めでした(道のりが短く険しいルートを選んだため)
足元の石もゴツゴツして登りづらいと感じたので、動きやすい服装と履き慣れた運動靴で登る事をおすすめします。登り口の所には杖が用意してあります。天守跡からの眺めは素晴らしく、息も絶え絶えな状態でありながらとても爽快感を得られました。



2017年05月08日 五瓜ニ唐花紋太政大臣や~きみ
佐伯城

麓に駐車場と資料館があります。
麓に杖があるので使った方がいいです。
山道は道幅が広く歩きやすいです。
頂上は石垣があり、眺めもよく釣りバカ日誌の撮影にも来たみたいで、釣りバカ日誌の看板があります。


2016年02月15日 柴崎中納言幸助
佐伯城

佐伯市歴史資料館の無料駐車場が利用できます。山上の本丸まで緩やかなコースで20分位。ハイキングに訪れる地元の方も多く、山上からの景色は最高です!余裕があれば麓の史跡散策もオススメです♪

2013年10月20日 加藤豊後守清正
佐伯城

他にも、鬼瓦の一部や櫓に葺いていた瓦、御殿に 使ったと思う一文字瓦がある。改修後、番人を二 人置き麓に御殿を建てている。御殿は一部しか残 らず。収蔵品は、高政所用の甲冑、朝鮮時の金箔兜、歴代藩主の甲冑など数百点に及ぶが残念な事に一般公開していない

2013年10月19日 加藤豊後守清正
佐伯城

破棄された瓦には模様が違うものがあり、中でも宝珠紋は播磨国で多く見つかっていて築城当時か改修時どちらかだ。両者による築城は間違いないだろう。因みに市田は、藩主の命令により子を置いて城下に住まわされ、その子孫が今も城下に住んでいるという。話は戻るが、石垣には貝の跡があり海から運んで来たことは間違いない。また、石を割ったのみの跡も残っている。

2013年10月19日 加藤豊後守清正
佐伯城

古式的な造りで、見所は本丸の高石垣。その上には、大きな天守台があり立派な天守が建っていただろう。これだけ大きいと移築説も否定できない。高石垣の隅は丸く整えられ、江戸中期の改修の時と言われている。裏の隅は、穴太衆の特徴とも言える反りのない垂直な造りで、石垣の積み方が近代と古式に分かれている。記録では、財政難により何年もかけて改修しているので良い所はそのままあるいは、意図的に残した可能性も。

佐伯城の周辺スポット情報

 石垣(遺構・復元物)

 薬医門(遺構・復元物)

 三の丸櫓門(遺構・復元物)

 三府御門(遺構・復元物)

 毛利家御居間(遺構・復元物)

 城址登山道(遺構・復元物)

 二の丸跡(遺構・復元物)

 本丸跡(遺構・復元物)

 石垣(遺構・復元物)

 虎口(遺構・復元物)

 階段状の石垣(遺構・復元物)

 西の丸(遺構・復元物)

 北の丸(遺構・復元物)

 説明板(碑・説明板)

 佐伯城址登山道入口(碑・説明板)

 八幡山城(周辺城郭)

 上ノ台館(周辺城郭)

 宇山城(周辺城郭)

 高城(周辺城郭)

 中山砦(周辺城郭)

 佐伯市歴史資料館受付(スタンプ)

 三義井(関連施設)

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