用来城(ようらいじょう)

用来城の基本情報

通称・別名

所在地

大分県佐伯市直川仁田原字用来

旧国名

豊後国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

不明

築城年

天正年間(1573〜1592)?

主な改修者

主な城主

佐伯氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、堀切

指定文化財

市史跡(用来城趾)

再建造物

説明板

周辺の城

栂牟礼城(大分県佐伯市)[14.0km]
佐伯城(大分県佐伯市)[16.0km]
松尾城(大分県豊後大野市)[16.8km]
宇土山砦(大分県佐伯市)[22.5km]
川坂城(宮崎県延岡市)[22.7km]
大友別館(大分県津久見市)[24.3km]
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用来城の解説文

用来城は、佐伯氏によって栂牟礼城の支城として築城された。

郭、堀切などが残るが、城跡は山林となってしまっており確認することは難しい。

用来城の口コミ情報

2020年10月24日 戸次豊前守紹運亮幸盛
蔵小野砦[用来城  周辺城郭]

国道10号線、326号線ともに案内板はありません。326号線から行く場合は、道の駅宇目から北に約5キロ辺りに東明運送さんがあるので、その交差点を東に曲がり道沿いに行くと左手にあります。駐車場はありませんが、路肩に停められるスペースはあります。ここから約5キロ東に朝日岳城があり、その出城とも言われています。豊薩合戦の時は島津に一気に落とされました。遺構は横堀、竪堀、土塁が綺麗な状態で保存されています。南側に大きく開けた虎口らしきものが見られますが、北側にも小さな虎口らしきものがあります。南側が虎口だとすると、敵兵が攻めて来た時は城兵は太陽とも正対しなければならなくなり見にくくなると思うので、北側が虎口ではないかと勝手に推測しています。

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