宇土山砦(うとやまとりで)

宇土山砦の基本情報

通称・別名

所在地

大分県佐伯市鶴見大字有明浦字宇土山

旧国名

豊後国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

主な城主

毛利高政?

廃城年

遺構

曲輪、石垣、堀切、虎口

指定文化財

再建造物

周辺の城

佐伯城(大分県佐伯市)[8.8km]
栂牟礼城(大分県佐伯市)[12.5km]
久保泊城(大分県津久見市)[14.3km]
大友別館(大分県津久見市)[18.2km]
用来城(大分県佐伯市)[22.5km]

宇土山砦の解説文

宇土山砦(うとやまとりで)は大分県佐伯市鶴見有明浦にあった城である。

遺構
佐伯湾の南側に突き出る半島の付け根の部分にあたり、有明浦という湾内に向かって伸びる岬の尾根上に位置する。

現状は県道604号線が海岸線に沿って通っているが、旧道は岬の北側頂部を通りその部分に砦の虎口が設けられている(『分中』)ことから、半島東側から佐伯方面への水陸の往来を監視する役割を担っていた可能性もある。

頂部から南側には平坦地が広がり南北約60m・東西約10mの規模の郭が残る。郭の周囲は高さ1~2m前後の石垣で囲まれ南側は堀切によって遮断されており、内部には郭を南北に分ける段差が見られる。この段差にはこれを登るためのスロープが斜めに付けられ、段差東側にもスロープ状の郭への虎口が設けられている(『分中』、『佐談』)。

歴史
宇土山砦に関する文献資料は見つかっておらず詳細は不明だが、郭の平面形態には大分市(旧佐賀関町)の一尺屋摺木砦との共通点が見られるという(『分中』)。一尺屋摺木砦が豊後大友氏に仕えた若林水軍の拠点であったことを考えると、それら大友氏傘下の水軍との関連も考えられる。

また『佐伯市史』や『鶴見町史』などには、慶長6年(1601)に豊後へ入った毛利高政がキリシタンであったことから、宇土山付近に礼拝堂を建て目養生(眼病治療)と称して密かに訪れていたという伝承が残る。

交通
JR九州日豊本線佐伯駅から車で約30分

参考文献
『分中』:『大分の中世城館 第4集』大分県教育委員会、2004年3月。
『佐談』:『佐伯史談 第222号』佐伯史談会、2013年7月。

宇土山砦の口コミ情報

出羽守きこりん様[2017年01月24日]
佐伯湾の有明浦という小さな湾に突き出た岬の上に位置します。現在の道は水際の岩場を通ってますが、古道は岬を登り降りしていました。岬の東側の付根から登ると頂上で切通状になり虎口が繋がっています。平場を猪垣のような石積が南北60m東西10mの長方形に囲っていて、真ん中の段差で二つに仕切られています。段差は昇降用スロープを伴う石積で処理されていて、居住施設が想像されます。
佐伯城主で切支丹の毛利高政がここに礼拝堂を建て、眼病治療と称し密かに通っていたという伝承が伝わりますが、佐伯城の石垣とはレベルが違いすぎるような…
道なき斜面を直登する覚悟で臨みましたが、最近整備されたらしく、道路脇にある「宇土山古道入口」という看板の所から復元された古道を登って、5分程度で簡単に行けました。車は西側の付根にあるちょっとしたスペースに置け、看板のところから登り、そこに降りてこれます。
ここに関する資料は『大分の中世城館』という調査報告書に。またネットで『宇土山砦は毛利高政が建てた修道院(礼拝堂)跡か?』というレポートが読めます。
素性ははっきりしませんが、なかなか見応えあるユニークな遺構でした。

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