古宮城(ふるみやじょう)

古宮城の基本情報

通称・別名

所在地

愛知県新城市作手清岳字宮山

旧国名

三河国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

武田信玄?

築城年

元亀2年(1571)?

主な改修者

不明

主な城主

小幡氏、甘利氏、大熊氏(武田氏家臣)

廃城年

天正3年(1575)頃?

遺構

曲輪、土塁、横堀、竪堀

指定文化財

再建造物

碑、説明板

周辺の城

亀山城(愛知県新城市)[1.1km]
雨山城(愛知県岡崎市)[9.2km]
日近城(愛知県岡崎市)[9.8km]
新城城(愛知県新城市)[10.6km]
野田城(愛知県新城市)[10.8km]

古宮城の解説文

古宮城(ふるみやじょう)は、愛知県新城市作手清岳にあった戦国時代の日本の城。平山城。戦国時代の武田氏による城郭と考えられ、現在も同氏の築城術の多くが理解できる遺構が残っている。

2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城(150番)に選定された。

概要
立地
古宮城は三河国北東部の山間地にある作手盆地の中央部に立地する。城のすぐ西には作手盆地を南北に縦貫する作手街道が走り、また城の南側には作手街道から分岐した街道が東に伸びる(山を越えて伊那街道に接続する)など、山間部の交通の要衝といえる位置にある。また、城は周辺からの比高30mほどの小さな独立した丘にあり、周辺は盆地内で最も標高が低いこともあって湿地帯(水田)となっている。また、城から作手街道を挟んで西側にはすでに本城山が迫ってきており、同時期に塞ノ神城が築かれていたと考えられている。

歴史
古宮城自体が同時代の史料に登場しないため、築城から廃城に到る過程については明らかではないが、『三河国二葉松』によると元亀2年(1571年)に武田信玄が馬場信春に命じて築城させたとある。前述のとおり古宮城の地は街道上の要衝に立地し、当時武田氏が抗争していた三河の徳川家康攻略の拠点として築城されたと考えられている。『二葉松』によると小幡又兵衛(昌盛?)、甘利左右衛門(信康?)、大熊備前守(朝秀?)が在城したという。

廃城の時期についても明らかではないが、天正3年(1575年)5月の長篠の戦いで武田氏の勢力が大きく後退した時期の可能性が高い。

『中津藩史』によると、この頃、作手を領有していた奥平氏は武田氏から離反して、徳川家康に再属する記述が見られる。

天正元年8月(1573年)に亀山城を放棄した奥平貞能と一族郎党を、古宮城の武田軍が追捕行動を起こした。逃亡奥平軍の殿軍に肉薄したところ、奥平の別働隊が手薄の古宮城を襲うと見せかけた陽動放火を展開。古宮城の危機と判断した武田軍は追捕を断念したという。

遺構
現在、城郭跡の南側には白鳥神社が建立されているが、その他の区域は山林となっており、遺構の破壊がかなり少ない。このため、戦国時代の築城技術を知る上で貴重な遺構となっている。

城の規模は250m×200mほどであり、先述したとおり比高30mほどの小さな丘に立地し(標高は約580m)、当時は周囲は湿地帯(水田)となっており、現在もある程度排水されたものの水田が広がっている。...

古宮城の口コミ情報

まるき〜淡路守様[2017年08月17日]
武田氏の三河攻略のための城としては最前線にあたる場所

ざっと歩いてみた感じ

迷路!

山一つ半分にぶった切り西と東に分断、一部土橋で繋がる構造。堀切は深くて長い

郭の周りは幾十にも重なる土塁と堀で遠回りしないと上に登れない造りで自然と歩きやすい道筋を行き高い所にたどり着くと今歩いて来た道が全て攻撃対象になっている事に気づく…
その技巧的な縄張りの意図を汲み取れないまま主郭に迂闊に近寄れば

ぶっちゃけ迷路内で即討ち死です!

文字で説明するのは難しいのですが、現地に来てみると入りにくく攻撃されやすい仕掛けがすごくわかります

とにかく一度見ておく価値ありの城跡かもしれません

山全体そんなに高くも広くもないので歩き回っても1時間くらいでした…
ただ漠然と歩き回ると何が何だかよくわからないので、スマホで見る縄張りより紙の(印刷、コピー)縄張り図がある方が良いと思います。
あとは植林を頭の中から消し去って壁があったり兵が潜んでいると想像しながら歩くとより一層楽しく城歩きができると思います

そそ!ここも続百名城になってたんですね。

OROKA遠江守様[2017年05月14日]
道の駅「つくで手作り村」からだと徒歩で20分くらいでしょうか。神社が入り口になってますが、説明番のある道沿いに数台駐車できるスペースがあります。

城全体は中央を大堀切で東西にぶった切られた「中」の字のような構造をしてます。西郭も東郭も空堀と土塁に何重にも囲まれていますが、特に東郭の空堀が深くて主郭からの高低差もあって素晴らしいです。

上から見ても、下から見ても息を飲むほど美しいまさに土の芸術です。

足場は少し悪いですが、登りもキツくなくかなりオススメです!

五瓜ニ唐花紋大納言や〜きみ様[2017年05月08日]
神社になっています。
駐車場は無かったです。
遺構は神社の裏の山になります。
時期により藪こぎしないといけない状態でした。

近くに道の駅があります。
そちらに亀山城と言う城があり、町としてはそちらの方が有名でお祭りとかはそちらでしてるみたいです。

立花飛騨守様[2016年07月29日]
武田四天王馬場信春の最高傑作!甲州流縄張りの集大成。

現在は、神社から呆気なく登れますが、当時は、西郭を通らないと主郭につけなかったようで、まさに、戦いの為の要塞と言えましょう。

青コアラ丹波守様[2016年02月14日]
城跡の南側の白鳥神社が入り口になっていて、そこに若干の駐車スペースもあります。
竪堀、横堀、土塁、虎口など、全てのパーツが大きく、分かりやすいです。
超オススメの城です。

左京大夫〓わりばし〓様[2013年02月07日]
白鳥神社という所にありました。
枯れかけてる感じの「大ひのき」が奉られてます。
綺麗に円を描いていたり段々になっていたりと
大興奮、間違いなしです。
植林されているのか
切られた丸太が転がってました。
急勾配で高さもわりとあり
滑りやすいので落ちないように気を付けてください。

成之弾正大弼家正様[2011年10月23日]
301号で行ったのですが、新城へは通行止めがあり抜けられませんでした。

三河守コーキしゃん様[2011年04月12日]
木が切られて見やすくなってました今が行き時ですよー

三河守コーキしゃん様[2010年10月13日]
近くに亀山城 塞ノ神城 文珠山城 川尻城等があります

ながしの権兵衛様[2010年07月25日]
名鉄本宿駅から国府駅の間くらいでしょうか。

このあたりでは岩略寺城も入れてほしかったです。

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