日近城(ひぢかじょう)

日近城の基本情報

通称・別名

名ノ内城

所在地

愛知県岡崎市桜形町般興

旧国名

三河国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

奥平貞昌

築城年

文明10年(1478)

主な改修者

奥平貞直

主な城主

奥平氏

廃城年

天正18年(1590)

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

市史跡(日近城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

松平氏城館(愛知県豊田市)[9.0km]
亀山城(愛知県新城市)[9.6km]
古宮城(愛知県新城市)[9.8km]
箱柳城(愛知県岡崎市)[10.8km]
雨山城(愛知県岡崎市)[11.4km]
奥殿陣屋(愛知県岡崎市)[12.5km]
山中城(愛知県岡崎市)[13.2km]
古瀬間城(愛知県豊田市)[14.3km]
井田城(愛知県岡崎市)[14.4km]
岡崎城(愛知県岡崎市)[15.3km]

日近城の解説文



日近城(ひぢかじょう)[1][2]は、愛知県岡崎市桜形町にあった日本の城(山城)。岡崎市の指定史跡。

概要 

日近城は、1478年(文明10年)奥平貞昌が広祥院の裏山に築いた山城である。

歴史 

日近奥平家の本拠であったが、日近合戦の後、日近は奥平宗家の支配となった。築城から約100年後の1590年(天正18年)徳川家康の関東移封に伴い、奥平氏も関東に移り廃城となった。

構造 

当初は、本曲輪、二の曲輪、三の曲輪を配した直線的な構造だった。その後、堀切りや大手口となる虎口を設けた。小規模ながら重要な軍事的役割を果たした城だった。

参考文献 

  • 『新編岡崎市史額田資料編Ⅰ』新編岡崎市史額田資料編編集委員会2010年3月31日
  • 『額田町史』額田町教育委員会1986年11月1日
  • ふるさと読本ぬかた(http://www.oklab.ed.jp/zemanjyo/furusato/index.html)

日近城の口コミ情報

2023年09月20日 みその対馬守
日近城



登山道が、崖崩れ、蜘蛛の巣🕸️に阻まれ、大変でした。堀切は、見事です!

2023年07月20日 大うつけ尾張守あおすけ
日近城

近くの川で川遊びしている家族連れがたくさんいたり、太鼓の音色が聞こえてきたり、、と、すごく良い場所でした

2023年04月29日 てつ&あゆ宮内卿
日近城



広祥院の横に広い駐車場。広祥院会館の裏壁に見取り図が貼られていました。石垣横を進み、屋敷跡の広場へ。上空には多数の鯉のぼりが上げられています。すぐ上におふう(2代目城主の娘)他の墓が祀られています。整備された階段を真っ直ぐ登ると馬走り場に出ます。ここにトイレと樹木と野鳥の説明板も整備されています。ウグイスの鳴き声を聴きながら登る階段には散った杉の花が積もっており、春に来なくて良かっなと。

地元小学生が書いた案内板に従い、馬走り→堀切→虎ノ口と進み、主郭に着きます。主郭には説明板と低いけど土塁に囲まれています。 眺めは限られた範囲のみ。虎ノ口から、三段の曲輪のある道から屋敷跡に戻りました。整備もされており、30分で見て回れました。

2021年12月16日 青コアラ美濃守
日近城

規模は小さいですが技巧的で見応えある城です。
主郭に対して全方位に様々な防御施設が配置されていて、攻め手目線で歩くとどこにいても上から狙われているような恐怖を感じます。特に最高所の主郭は南側の帯曲輪に対して土塁の高さもプラスした高い切岸を形成し、また東側に大きく張り出すことで横矢が利いています。

麓の駐車場から10分ほどで登れるので、お手軽に中世山城を堪能したい方にオススメの城です。

2021年07月25日 Yana右兵衛督
日近城



登り坂が狭くて急ですが、何とか登城。看板修理してあげて下さい。

2021年05月04日 井上中納言(^^)v
日近城

日近城、駐車場もあります、
隣はお寺です。

2021年01月16日 陸奥守たろす
羽布城[日近城  周辺城郭]



【羽布城】
愛知県豊田市羽布町の山城

【概要】
◆城は巴川の右岸に沿って東西方向にのびる山の先端に築かれたが、城の歴史に関することは詳細不明
◆寛永郷帳には羽布城主として、河合小兵衞の名が見える。
(※目と鼻の先の大桑城城主は河合弥十郎なる土豪…同族でしょうかね?)
◆元亀・天正の頃、大桑城とともに甲斐武田氏の侵攻により落城したとされる
◆羽布城から作手方面へ向かう連山の頂部には武田軍が東進のために切り開いたと伝わる根道が残っている
◆『現地案内板』より引用

【遺構】
◆ここから登るの?って①登城口から直登すると1~2分で城域南側に着きます
◆②多くの岩が露出した部分の右奥が虎口(かもしれない…)
◆③主郭は南北に長く広い曲輪で綺麗に削平されている
◆主郭西側の④腰曲輪も主郭同様綺麗に削平されている
明確に削平されている曲輪は主郭とこの腰曲輪のみで、主郭南側や腰曲輪の西側にも広い空間はあるがなだらかに傾斜しており明確に曲輪と規定することが悩ましい
◆主郭東側には土塁を伴った広く深い⑤空堀が北側まで巡り東側の尾根を切る堀切の役割も担う
◆主郭北東空堀(堀切)は⑥⑦クランク状となり横矢が掛けられる
◆主郭北東空堀の東側も緩やかな傾斜を持つ空間がありその先の⑧堀切で東側尾根をさらに切る
◆堀切の先に遺構はなく引き返してきたが、進み続ければ方向的に城山東側の道路に降りられる(と思う…)
◆遺構から分かるように、この城は北南西側を城山斜面と巴川が天然の要害として守っており、東側の尾根からの侵入防御に特化したことが伺える

※写真は左上から①~④、下左から⑤~⑧となります。
文中の丸番号とあわせてご覧下さい

2021年01月16日 陸奥守たろす
羽布城[日近城  周辺城郭]



【羽布城】
愛知県豊田市羽布町の山城

【アクセス】
◆車の場合はGoogleマップにてとりあえず「羽布城址」を設定してください
◆マップでは城の北側の路上に案内されますw
◆なのでここは「羽布郵便局」を設定して現地に向かってください
◆郵便局横の側道入口に①案内板と「羽布城→610m」看板が現れます
なんとなくここに1台駐車できそうなスペースありますが止めました…
◆そのまま側道を看板に従い車で登ったら②案内板と「羽布城←160m」看板が現れます
が、乗用車入れそうもなく、駐車するにもかなり車道にはみ出すので断念…
◆さらに進むと駐車できる③スペースがあったので、自己責任で駐車させていただきました
(写真では二車線に見えますが、一車線道がここだけ広がってました)
◆ここから歩きで先ほどの入口から城を目指しますが、しばらくして④「羽布城→70m」看板が現れます!
◆ハッキリ言って道ありませんw
⑤ピンクリボン探して直登してくださいww
駐車場から歩いて10分程で城域に到着します
(※冬場でこの状態なので夏場はもう少し藪化するのかな?)

【所要時間・総評】
◆駐車場→主郭一周→主郭東側遺構→主郭西側エリアと廻って→駐車場で約50分でした
◆基本的に単郭で明確な腰曲輪は一つ
ただ主郭東側はテクニカルな空堀や堀切があり楽しめます
※散策終わって駐車場戻ったら体チェックしましょう!マダニついてました!

※写真は左上から①~④
文中の丸番号とあわせてご覧下さい

2021年01月15日 陸奥守たろす
大桑城[日近城  周辺城郭]



【大桑城】
愛知県豊田市大桑コンデ嶋の山城

【概要】
◆出自は不明だが河合弥十郎なる土豪が城主と考えられ、家康の三河平定の折りに徳川氏に臣従したものと思われる
◆天正3年大沼城等と同様に武田氏の侵攻により落城したと考えられる
◆城は巴川と支流の大桑川の合流点南にそびえる標高444m(比高40m)の山上に築かれたほぼ単郭の城
◆面白いのは大きな主郭に対し防衛面で不安なこと、足助・田峯・作手各方面から等間隔の位置にあることもあり、戦闘に耐える目的でなく、物資や兵站確保等の後方支援・中継地の役割を担っていたとも考えられるとのこと
◆『愛知の山城ベスト50を歩く』より引用

【遺構】
◆登城路を登ると帯曲輪状の平坦地に至り、階段を登ると主郭前面を守るように①出曲輪が現れる
◆出曲輪から主郭へは見事な②土橋がかかる
◆土橋の両側にはかなり深い③空堀が主郭南側を囲むが、残念なことに堀底は冬でも藪化が激しく、写真ではその深さを感じ辛い…
◆④主郭はほぼ三角形をしており比較的広い曲輪である
◆主郭は周囲を土塁で囲っていた形跡が見られるが、明確に確認できるのは⑤虎口両脇から延びる部分となる
◆その他の遺構は主郭部を⑥土塁・空堀、⑦帯曲輪で囲み、北側には小さな曲輪があるようだが、全体的に藪化が激しく全容は確認し辛かった

【所要時間・感想】
◆駐車場→出曲輪→主郭→主郭廻りをくるっと廻り→駐車場で約30分もあれば散策できます
◆基本的に単郭で遺構も少ないですが、主郭南側の土橋廻りは楽しめます。
願わくば堀底の藪がなければこのお城の魅力は2倍にも3倍にもなると感じました
※散策終わって駐車場戻ったら体チェックしましょう!マダニついてましたw

【アクセス】
◆車の場合はGoogleマップにて「大桑城跡」を設定してください
(※岐阜県山県市にも大桑城がありますので、愛知県豊田市でお間違いなくw)
◆マップでは城直下にある巴ヶ丘小学校をぐるり廻るように案内されますが、校舎が見える道沿いに⑧案内板と駐車スペースが現れます
◆案内板横の階段を上がって行けば2~3分で城域に到着します

※写真は左上から①~④、下左から⑤~⑧となります。
文中の丸番号とあわせてご覧下さいませm(._.)m

2021年01月14日 陸奥守たろす
孫根城[日近城  周辺城郭]



【孫根城】
愛知県豊田市梶町の山城

【概要】
◆15世紀に梶信勝により築城
天文5年7代信家の時足利氏により落城
◆その後本多忠知の居城となるが、元亀2年武田信玄の侵攻により落城
最近の研究では元亀2年ではなく天正3年勝頼の侵攻にて落城したとの説もある
梶氏は本多氏城主の際には家老を勤めていたと思われる
◆城は巴川と支流の梶川の合流する三方を川に囲まれた要害の地に築かれ、東西両岸が急斜面の尾根上南北約160mの間にほぼ一直線に曲輪を並べる連郭式の山城
◆『愛知の山城ベスト50を歩く』『現地案内板』より引用

【遺構】
◆春日神社横の登城口から案内板に従い進むと両岸が斜面の⑥尾根道につながる
この細い尾根道に鋭い堀切あれば完璧やな~と思いながら5分程歩く
◆⑦「←孫根城130m」の案内板が出てこれば城域(尾根道の左が曲輪Ⅳ)
◆案内板の対面に曲輪Ⅳと曲輪Ⅲを隔てる⑧堀切がありそのまま西斜面に堅堀を落とす
◆①曲輪Ⅲには土塁を設け馬出のような機能を持たせている
◆続けて曲輪Ⅲの北側にも②堀切を設け同様に西斜面に堅堀を落とす
この堀切北側斜面には石積のような物が見られるが、付近には所々岩肌が見られる所があり遺構ではなさそう…
◆堀切の先の④曲輪Ⅱは南北に長く4段に削平される
書籍には曲輪内に石垣があるとされるが、個人的には堀切にあったような自然石かな?と感じた
◆曲輪ⅣからⅡはあまり勾配がないが主郭である③曲輪Ⅰは曲輪Ⅱよりも12~3m程小高く、楕円形で広く綺麗に整地される
◆曲輪Ⅰの北側切岸の先の尾根にも⑤堀切を入れている
堀切の先にも尾根が続くが遺構はありませんでした
◆この城の特徴としては連郭式に曲輪が並ぶが虎口は曲輪の縁を廻すことで横矢を掛けられるようにしている
◆また各曲輪には直径2m程の穴が見られるが狼煙の遺構とする見解もあるようです

【所要時間・感想】
◆春日神社付近から進み→連郭式の曲輪や堀切を順に散策→曲輪Ⅰ→切岸下り北端の堀切を散策→春日神社に戻って約45分程
◆ここも登山なく草木もほとんどなく山城遺構を気軽に堪能できるお城です♪

※アクセスは改めて口コミします
※写真は左上から①~④、下左から⑤~⑧となります。
文中の丸番号とあわせてご覧下さいませm(._.)m

2021年01月14日 陸奥守たろす
孫根城[日近城  周辺城郭]



【アクセス】
◆車の場合はとりあえずGoogleマップにて「孫根城跡」を設定してください。
◆マップでは城の西側路上に案内されますが駐車できる場所はありませんw
県道362号大沼足助線を北東方面に進んだ場合、目標付近の手前右側に④案内板と駐車スペースが見えます。
城めぐりをしている方ならピンと来ることでしょう!
◆ここに駐車して正面方向に少し山を登っても良い(多分w)ですが、案内板に従ってさらに進めば春日神社横まで行け、②空きスペースに駐車できます
◆直ぐに③登城口がありますので、④案内板に従い散策してくださいませ♪

※写真は左上から①~④となります。
文中の丸番号とあわせてご覧下さいませm(._.)m

2021年01月13日 陸奥守たろす
大沼城[日近城  周辺城郭]



【大沼城】~その2~
愛知県豊田市大沼町八沢の山城

【遺構】~その2~
◆曲輪Ⅰ北側堀切には土橋があるがこれは後世の破壊道であるとされる。
興味深いのはこの⑤土橋から突き出るパイプ!
古書「諸国古城之図」には城域後方の谷間から堀切の北側付近に水路(樋)が描かれており、このパイプをたどっていくと谷川を分流させ城方面に引き込む溝状施設があると言う。これが「諸国古城之図」の水路を踏襲している可能性が高いとのこと。
同様の導水遺構は鎌羽城等でも認められる。
(※「愛知の山城ベスト50を歩く」引用)
◆堀切土橋を渡り尾根の右側を登ると曲輪Ⅷに至る(②曲輪Ⅷ虎口)
◆曲輪Ⅷからさらに曲輪Ⅶを抜け最高地の曲輪Ⅴに至る(⑦曲輪Ⅶから曲輪Ⅴを望む)
◆⑧曲輪Ⅴが西曲輪群の中心であり、現在は「お犬さま」と呼ばれるお社が建つ
◆またお社の裏手には小規模であるが⑥土塁が残る
◆曲輪Ⅴ北には北側尾根続きを切る①堀切がある
◆曲輪Ⅴ南には曲輪Ⅵがありそのまま南東に道なりに下ると麓(下山郵便局付近)に降りられる。(③曲輪Ⅴ南虎口)
こちらの道は麓から「お犬さま」への参道も兼ねているので近年にも手を加えられていた可能性はある。
◆城域南の集落内には現在は畑や荒地になっているが古書では屋敷があったとされる。

【所要時間・感想】
◆麓の洞樹院から登城→西曲輪群→東曲輪群→下山郵便局付近に下山→屋敷跡→洞樹院とぐるり回って45分程
◆さほど登山もないのですが、山城エキスを気軽に堪能できるお城でした♪

【アクセス】
◆車の場合はGoogleマップにて「大沼城跡」か「洞樹院」を設定してください。
◆洞樹院に④駐車場があり、登城口・案内板も目の前です
◆洞樹院は築城主とされる木村氏が建立、木村・松平氏の菩提寺ですのでお参りしてから登城すると良いかと♪

※写真は左上から①~④、下左から⑤~⑧となります。文中の丸番号とあわせてご覧下さいませm(._.)m

2021年01月12日 陸奥守たろす
大沼城[日近城  周辺城郭]



【大沼城】~その1~
愛知県豊田市大沼町八沢の山城

【概要】
◆文明年間(戦国時代初期)に木村安信により築城。足助の真弓山城(足助城)や田代城などと共に足助七城に数えられる。
◆天正3年二代信元の代に甲斐武田の攻撃を受け落城し信元も討死。
その後、信元の養子である松平近清(大給松平乗正の二男)が城主となるも、天正18年近清の子近正は徳川家康の関東移封に従い上州三の倉に移り、廃城になったと考えられる。
◆諸史料からは大沼城は大給城の支城であったと考えられ、築城主の木村氏も大給松平氏の家老として城代を努めていた可能性もあるとか…
◆『愛知の山城ベスト50を歩く』『現地案内板』より引用

【遺構~その1~】
◆大沼城は標高430mの山上に位置し堀切を挟み西曲輪群と東曲輪群から構成される。ここでは西曲輪群を紹介します。
◆麓の洞樹院から④看板に従い登城すると5分程で曲輪Ⅳに達し①小規模な段曲輪を左に眺めながら登ると曲輪Ⅲに至る
◆②曲輪Ⅲは南北に広い曲輪だが冬でも見事に枯草が残る
◆曲輪Ⅲの北には曲輪Ⅰの高い切岸を仰ぎ見ることができ、直ぐに曲輪Ⅰへの⑤登城路が現れるが個人的には現代の破壊道と考えます。(理由はこの後に)
◆ここは登城路を登らず曲輪Ⅰ切岸を右手に見ながら帯曲輪である曲輪Ⅱに進んでください。すると突き当たりに1m程の⑥土塁が現れ、これが曲輪Ⅰに繋がる登城路も兼ねていたと考えます。
この経路であれば敵の侵入に対し曲輪Ⅰから狙い撃ち放題♪
◆⑦曲輪Ⅰは三角形で周囲を4mの⑧切岸で囲む。
遺構の状況から城の中心はこちらの西曲輪群であり、曲輪Ⅰが主郭と考えられる。
◆曲輪Ⅰの北に東曲輪群とを隔てる③堀切。
やはり堀切は画になりますね~♪
どんなに小さなお城でも堀切一つあれば元が取れた気分になります(笑)

東曲輪群は~その2~で紹介します。

※写真は左上から①~④、下左から⑤~⑧となります。
文中の丸番号とあわせてご覧下さいませm(._.)m


2017年09月24日 さらとが
日近城

入り口は二カ所あります。駐車場とお寺さんの間の小径を登っていく道と、お寺さんの本堂の左の道を登っていく道です。
駐車場の右の小径を登り始めましたが、途中でネットでふさがれていました。でもここの書き込みでネットを越えて征けとあり、ぐんぐん登りました。上りの階段はきつかったです。行く手の確保に木の枝は必需品。至るとこに蜘蛛の巣あり。本曲輪での蚊の大群もすごい。
帰り道はちがうルートで降りてきたら本堂の左に出ましたが、こちらからのほうが歩きやすく少し本曲輪まで近い気がしました。

2016年12月31日 左衛門佐平八郎
日近城

国道473を蒲郡方面から岡崎方面へ向かいました
赤い欄干の「日近橋」の標識を右折し 直ぐに大きな「日近城跡」の看板があります
その看板の先に「日近の里駐車場」があり 似つかわしくないほど大きな駐車場があります(30〜40可)

先人のクチコミにあるよう獣除けのネットがありますが 簡単に潜って入れました

西と東に登城口がありますが 東側の階段は角度がキツイので 西側を選択することをお勧めします

2012年12月18日 三河守コーキしゃん
日近城

広祥院、裏の山が日近城跡になります。道沿いに大きな看板があるのですぐに分かると思います。広祥院の横に駐車場があります。

登城道に猪除けの網が三重に張ってありますが、諦めずに突破して下さい。規模は小さいですが、大土塁や堀切など、遺構が良好に残っているので結構見応えがあります。

日近城の周辺スポット情報

 保久城石碑(碑・説明板)

 保久陣屋石碑(碑・説明板)

 大沼城(周辺城郭)

 孫根城(周辺城郭)

 羽布城(周辺城郭)

 大桑城(周辺城郭)

 保久城(周辺城郭)

 保久陣屋(周辺城郭)

 切越八面塔(寺社・史跡)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 岡崎城裏門(関連施設)

 登城口(その他)

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