七尾城(ななおじょう)

七尾城の基本情報

通称・別名

松尾城、末尾城

所在地

石川県七尾市古府町、古屋敷町、竹町他

旧国名

能登国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

畠山満慶

築城年

正長年間(1428〜1429)

主な改修者

畠山義綱、上杉謙信

主な城主

能登畠山氏、上杉氏、前田氏

廃城年

天正17年(1589)

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切

指定文化財

国史跡(七尾城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

小丸山城(石川県七尾市)[4.7km]
石動山城(石川県鹿島郡)[5.0km]
森寺城(富山県氷見市)[11.4km]
二穴城(石川県七尾市)[12.0km]
金丸城(石川県鹿島郡)[14.1km]
阿尾城(富山県氷見市)[14.5km]
池田城(富山県氷見市)[19.9km]
飯久保城(富山県氷見市)[23.0km]
守山城(富山県高岡市)[24.8km]
古国府城(富山県高岡市)[24.9km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

34 七尾城

設置場所

七尾城史資料館(冬期閉鎖12/11〜3/10)[地図
七尾市役所本庁(七尾城史資料館閉鎖期間中)[地図

七尾城の解説文



七尾城(ななおじょう)は、能登国鹿島郡七尾(現・石川県七尾市古城町)にあった日本の城。室町時代から戦国時代にかけての山城跡で、国の史跡に指定されている[1]。能登畠山氏によって拡張され、最終的には南北2.5キロメートル、東西1キロメートルにも及ぶ巨大な城となった[2]

概要 

七尾湾が一望できる、石動山系北端の標高300mほどの尾根上(通称「城山」)にあり、その尾根から枝分かれする行く筋もの大小の尾根にも無数の砦を配置した大規模な山城である。「七尾」という名は「七つの尾根」(松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾・龍尾)から由来されるという。別名として「松尾城」あるいは「末尾城」と記した資料も残る。これは城が七つの尾根のうち松尾に築かれたためである。いずれも尾根づたいに配された曲輪を連想させる。

尾根に連なる畠山氏とその重臣の遊佐氏、長氏の屋敷を中心とする曲輪群に加えて、斜面にはその家臣の屋敷が、麓には城下町があり、城下町は惣構えや砦で守られていた。城郭考古学者の千田嘉博は、七尾城下町遺跡の規模と保存状況の良さは越前朝倉氏の一乗谷遺跡(福井県)に匹敵すると評価している。

歴史・沿革 

室町時代・安土桃山時代

室町幕府三管領家の一角を占める畠山氏のうち、七尾畠山氏の初代当主で能登国守護の畠山満慶が正長年間(1428年~1429年)頃にこの地に築いたと思われる。当時の七尾城は砦程度の規模と見られ、行政府である守護所も府中(現在の七尾市街地の府中町)に置かれていた。次第に拡張、増強され、以後約150年間にわたって領国支配の本拠となり、第五代当主である畠山慶致の頃には守護所も府中(七尾城山の麓)から七尾城へと移されたという。その後、畠山義続・畠山義綱の頃に能登では戦乱が続いたために増築され、最大の縄張りとなったと言われる。山麓に城下町「千門万戸」が一里余りも連なり、山頂にそびえる七尾城の威容は「天宮」とまで称されたと記録に残っている。日本五大山城の一つに数えられるほど強固な城であった。

1576年(天正4年)に能登国に侵攻した上杉謙信に包囲され、攻防戦が始まった(七尾城の戦い)。謙信は、かつて人質(養子扱い)として差し出されていた上条政繁(畠山義春)[3]を新たな畠山氏の当主として擁立し、かねてから乱れている能登の治安を回復するという大義名分の基に能登攻めを開始[4]。七尾城は一年にわたって持ちこたえた。しかし、重臣同士の対立の末に擁立されていた若年の当主畠山春王丸が長続連、遊佐続光、温井景隆らの対立を収めることができず七尾城は孤立した。1577年(天正5年)9月15日、遊佐続光の内応により上杉軍が侵入し、徹底抗戦を主張した長氏一族は殺害された。謙信は9月26日、七尾城の改修を始め、自らも本丸に上って、七尾湾を望む絶景の素晴らしさを家臣への書状に記した。

また攻城戦で謙信が詠んだとされる漢詩『九月十三夜陣中作』は非常に有名であるが、実際にはこの詩は謙信作ではないといわれている。

謙信と対立する織田信長勢による七尾城救援は間に合わなかったが、直後に謙信が急死すると織田勢は北陸で反攻に転じた。越中国(現在の富山県)と能登国を繋ぐ要所である七尾城は、のちに織田方によって領され、城代として菅屋長頼が入って政務にあたった後に前田利家が入った。既に山城の時代ではなく、拠点を小丸山城に移したため、しばらく子の前田利政が城主となっていたが、豊臣政権下の1589年(天正17年)に廃城となった。

現代

2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(34番)に選定された。日本五大山城の一つとされることもある。

遺構 

前田利家が能登に在国したおり小丸山城に移ったため、現在の七尾市街地も小丸山付近にある。従って開発や災害などによる遺構の損失を逃れ、遺構が数多く残っている。低石垣を五段に積み重ねた本丸の石垣を中心に、各曲輪の石垣のほとんどが現存する。そのため、山城の歴史上重要な遺跡として、1934年(昭和9年)に、国の史跡に指定されている。このような遺跡は他には若狭の後瀬山城しかない。

2005年(平成17年)には地中レーダー探査による七尾城の遺構調査が行われ、そこで柱跡などの遺構が確認された。城門は、市内の西光寺に移築されたとされる。

七尾市教育委員会などが城山の樹木を伐開・剪定して、七尾市街や七尾湾、能登島、能登半島などの眺望が楽しめるようにしている。

曲輪

  • 本丸 - 戦国期の山城に多い「野面積み」石垣が残る。
  • 二の丸
  • 三の丸
  • 西の丸
  • 調度丸 - 多数の出土品が発見(「調度丸跡」説明板)。
  • 長屋敷
  • 遊佐屋敷 - 最も本丸に近い重臣屋敷(「遊佐屋敷跡」案内板)。
  • 温井屋敷
  • 寺屋敷
  • 桜の馬場 - 石垣が五段に組まれ、七尾城でも最大規模(「桜馬場跡」説明板)。

復元建造物・周辺施設など

本丸跡から能登半島と日本海がよく展望できる。畠山氏と上杉氏の家紋をあしらった「七尾城まつり」幟が建つ時がある。

謙信歌碑
本丸「国指定史跡 七尾城跡」にある上杉謙信の『九月十三夜』石碑が余りにも有名だが、二の丸跡にも畠山義忠の「野も山も みなうつもるゝ 雪の中 しるしはかりの 杉の村立」など複数の歌碑が城址内に建つ。
樋の水(とよのみず)
袴腰から調度丸への道沿いにある城内の水源。涸れた事がないと伝わるが、2007年の能登沖地震で水量が激減。しかし2019年に水量が回復したことが確認されている。
城山神社

支城 

能登守護の畠山氏は、鹿島郡(以前は能登郡)府中(現・七尾市府中)の守護館から七尾に拠点を移したため、付近のみならず郡外にも複数の支城を持った。

  • 熊木城(鹿島郡中島町谷内 ※現・七尾市)
  • 黒滝城(珠洲市正院町川尻)
  • 富来城(羽咋郡富来町)
  • 城ヶ根山城(同上)
  • 粟生城(羽咋市柳田町)
  • 米山城(鳳至郡柳田村国光 ※現・能登町)

現地情報 

所在地

  • 石川県七尾市古府町、古屋敷町、竹町

交通アクセス

公共交通機関
  • 七尾駅(JR七尾線・のと鉄道七尾線)から「七尾城史資料館」まで徒歩60分、タクシー約15分。
  • 市内循環バスまりん号東回り「七尾駅」バス停から「城史資料館前」バス停まで約13分。

徒歩
  • 七尾城史資料館から旧道(大手道)を経由して本丸まで徒歩約60分

  • 能越自動車道七尾城山ICより本丸駐車場まで約10分。
本丸駐車場へは国道159号「城山登山口交差点」から石川県道177号城山線経由。

※ ボランティアガイド「はろうななお」による城址ガイドツアーが予約可能。

〈一般的なアクセス例〉
JR七尾駅→七尾城史資料館(タクシーまたは、市バス)

七尾城史資料館→七尾城(タクシーまたは、徒歩で登城〔60分程度のトレッキング〕※この区間の市バスはない)

観光施設

七尾城史資料館
* 開館時間:9時から17時(入館は16時30分まで)
* 定休日 :毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、冬季休館(12月11日から3月10日まで)
* 入館料 :一般200円、中学生以下無料
麓の城跡への登り口にある歴史資料館。七尾城由来の展示品が公開・収蔵されている他、「七尾城攻略戦の図」や七尾城CG映像が公開されている。また「日本100名城スタンプ設置場所」になっている。館前に高橋掬太郎『あゝ七尾城』と『古城』[5]の歌謡碑が建立されている。

懐古館
* 開館時間:9時から17時(入館は16時30分まで)
* 定休日 :毎週月曜日(祝日の場合は翌日)、祝日の翌日、冬季休館(12月11日から3月10日まで)
* 入館料 :一般200円(団体20名以上160円)、高大生160円(団体20名以上120円)、中学生以下は無料
七尾城史資料館に隣接している。古屋敷町の肝煎だった飯田家の邸宅。能登民家の典型的な間取りで、囲炉裏のある部屋は戸を外すと何十畳もの座敷に広がる。
玄関に『九月十三夜』衝立と「松尾城」の松古木、邸内に狩野派『上杉謙信公「九月十三夜」作詩図』屏風。畠山氏所蔵の刀剣が展示されている。邸前には「長谷川等伯生誕之地」の碑、小林一三の七尾での吟行「稲架道を古城にゆくや秋の雨」句碑など。

七尾城山展望台
本丸駐車場から車で5分、徒歩で15分。七尾城跡、和倉温泉など七尾市全域を一望できる展望台。12月にはイルミネーションが点灯している。

祭事・イベント 

青柏祭(5月3日-5日)
往時の栄華を偲ばせる。大地主神社で開催される祭礼は、国の重要無形民俗文化財に指定されているほか、ユネスコの無形文化遺産にも登録。

七尾城まつり(9月中旬の土・日)
本丸城址での奉納演舞や神事が執り行われる。七尾市文化ホール(サンライフプラザ)で詩吟大会など各種行事が開催されている。

七尾城の口コミ情報

2022年08月01日 楢山佐渡一山
七尾城



7/29 猛暑日に攻めました。やはり、キツかったです。CGも取り入れた案内で、七尾城の各拠点をイメージしながら本丸まで攻め切りました。山道は当然隘路なので、早い時間の攻略をお薦めします。

2022年05月01日 Yana
七尾城



天気が良くてとても良い眺めでした。巨大な城郭群のようですが、本丸だけでも見応えあります。

2022年04月12日 ブイシカ伊勢守
七尾城



【2022.4.10の登城記】
940七尾駅の観光案内所で、電動自転車(¥1,000-)をレンタルして10分程で資料館到着。大迫力の七尾城CGを観て予習してから、本丸駐車場まで30分程ひたすら登り道を漕ぐ。
ヘアピンカーブもある激坂なれど流石に電動!
一度も停まらずに本丸に達す!
三ノ丸、二ノ丸、本丸を見学し、能登島を望む素晴らしい眺望を堪能してから帰路へ。
帰りは下りで漕ぐ必要なし♪
本丸から七尾駅近くの「ちゃか寿司」まで、13分ぐらいで駆け降りました。
「ちゃか寿司」でお刺身定食(900円)を頂いて、1210七尾駅にて返却。1220の金沢行きに乗りました。
電動自転車の本丸攻め、春・秋はオススメです。

2022年04月10日 島津右衛門尉むつ弘
七尾城



七尾城は、能登畠山氏の居城で7代当主義房が整備した。能登一国を宛てがわれた前田利家が、小丸山城を築城したことで廃城となった。

本丸へは、徒歩約1時間。本丸からは、七尾の海が見える。

2021年05月07日 眞田左衛門佐十兵衛
七尾城



七尾城史資料館から大手道を使って屋敷跡を抜けて、安寧寺跡、三の丸、二の丸、温井屋敷、桜馬場、本丸まで整備された登山道を約1時間で登城
所々にある石垣や堀切、やっぱり本丸からの眺めは最高!足に不安がある方は、本丸近くまで車で行けます

2021年04月22日 かめ
七尾城



三の丸から本丸跡などグルっと軽く40分くらいで歩いて回れますし、途中で心地良いカエルの合唱や鳥の囀りに出会えます。壮大な野面積みの石垣に興奮し、本丸からは湾が一望でき、気分爽快間違いなし。
向かいの山の展望台からも本丸が見えて、また違った角度からの城跡を楽しめます。
リア攻めにかなりおすすめ!

2021年03月28日 うさ左近衛中将
七尾城



予想以上!天気も良く、本丸からの城下の眺めも最高位。ここまで来て、悔いなし。

2020年11月15日 kt110kg大宰大弐
七尾城

車でかなり上の方まで行けます。山道ですが、途中はウッドチップが敷き詰められよく整備されています。本丸からの景色は気持ちがいいほどです

2020年09月21日 ぴよ相模守
七尾城

ずっと、通行禁止だった道がとおれるようになった
駐車場からは、徒歩5分


2020年08月17日 だんでい日向守
七尾城

本丸まで徒歩5分の場所に駐車場があり車で行けるので、時間がない場合などは大変助かります。道路の道幅も広くて、対向車を気にする事も無く辿り着けました。

2020年01月26日 加賀守いけっち
七尾城

御城印の配布は、七尾城史資料館で行っていますが、令和2年3月10日まで特別休館となっていました。
城跡には行けますし、休館日に御城印を他の場所でもらえるのかは不明です。

休館中でも、100名城スタンプは七尾城史資料館のドアの外にあり、押すことが可能です。

2019年06月19日 龍馬備中守【】
七尾城



大手道・石段☆上方には調度丸への虎口に段に連なる石垣☆言わずと知れた『七尾城の戦い』の舞台☆越後の龍の攻めにより落城する☆

2019年05月23日 ケンさん
七尾城

時間的に制約があり、七尾駅前から本丸下の駐車場までタクシーを利用しました。ただ資料館から先の道が通行止めになっており迂回が必要。事前に調べていたタクシー料金は3500円でしたが6500円かかりました(資料館で待っていただいた間の料金が1000円ほどかかっています)。

ただ資料館の七尾城の復元CGは道そのものは整備されていてスニーカー
でも大丈夫なレベル。しかも主だった曲輪はきちんと草刈りもされていて手入れも行き届いていました。麓への下山道にも岩などほとんどなく歩き易く見学時間をのぞけば正味40分ほどで本丸から資料館までたどり着きす。この道なら傾斜もさほどでなく50分もあれば登れると思います(年に数回山登りもやっています)。駅から資料館までも30分弱(逆の下りで25分ほとでした)。

パンフレットは資料館と本丸下の駐車場にしかありません。立ち寄ってCGを見て往復歩きでも七尾での滞在時間は4時間あれば大丈夫では。またGPSのルート上には飲食店なども含めて食料を確保出来るところは見当たらずコンビニは駅の周辺にあるので調達しておいたほうが良いと思います。

2019年05月15日 龍馬備中守【】
七尾城



二の丸・温井屋敷間の連続する段に連なる石垣☆すり鉢状に二の丸を守る☆石に守られ土に守られる戦国の山城☆

2019年05月12日 陸奥守たろす
桜馬場北側石垣[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場北側石垣◆桜馬場北側には高さ2~3mの低い野面積みの石垣を数段重ねる。こちらの石垣は昭和になって積み替えたものだが、それでも古城の雰囲気が充分伝わる七尾城の見所の一つである

2019年05月11日 陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸西方石垣・石段◆西方の区画は石段を下ると大手道に繋がることから、大手曲輪のための枡形空間の可能性がある

2019年05月11日 陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸中央石塁◆調度丸中央に曲輪を区画する石垣・石塁があり、西方の石垣・石段と合わせ大手曲輪のための枡形空間の可能性がある

2019年05月11日 陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸◆調度丸は弓矢などの武具(調度)を整えた曲輪で多数の出土品が発見している◆調度丸から望む桜馬場北側石垣

2019年05月10日 陸奥守たろす
桜馬場[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場南側石垣◆桜馬場南側斜面は整備がされていないが、数段の石垣が確認できた

2019年05月10日 陸奥守たろす
桜馬場[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場石垣◆桜馬場東側(画像では石垣左側)には守護代遊佐氏の屋敷があったとされ、遊佐屋敷と石垣にて区画している。石垣を屈折させることで本丸ルートへの横矢としている

2019年05月10日 陸奥守たろす
温井屋敷・九尺石[七尾城  遺構・復元物]



温井屋敷虎口・九尺石◆二ノ丸南側にある温井屋敷の南西の虎口は内枡形となっており、巨石「九尺石」が使用されている。九尺石は城の鎮護のかなめ石で石の大きさから名付けられた

2019年05月10日 陸奥守たろす
本丸跡[七尾城  遺構・復元物]



本丸◆台形をした本丸南側(画像右側鳥居付近)には城山神社が建つ高さ約4mの櫓台がある。眺望が良くここで七尾城攻略を果たした上杉謙信が漢詩を詠んだという伝説が残る(有名な「九月十三夜」は陣中で詠んだので、これとは違うはずですが…)◆中央右に「七尾城址」石碑◆中央に石垣上から七尾南湾を眺望できる◆画像左側は虎口から伸びる土塁

2019年05月09日 陸奥守たろす
大堀切(本丸と長屋敷間)[七尾城  遺構・復元物]



大堀切(本丸と長屋敷間)◆本丸東側に位置し深さ約25mにもなる大堀切で本丸への侵入を遮断している。車で山頂まで行かれる場合は駐車場から城方向を見ると最初にこの大堀切を見ることができる

2019年05月09日 陸奥守たろす
本丸外枡形[七尾城  遺構・復元物]



本丸外枡形虎口◆当時の大手は本丸西南に位置しており、ここには外枡形虎口があった。外枡形は安土城黒鉄門で初めて用いたとされており、前田利家により改修された可能性が指摘されている。本丸側には石垣も築かれており見せる要素も伺える。

2019年05月08日 龍馬備中守【】
七尾城



本丸と長屋敷を遮断する大堀切☆能登守護畠山氏により築城☆標高310mの戦国の山城☆上杉謙信に攻められ落城☆

2019年05月08日 陸奥守たろす
本丸前面石垣[七尾城  遺構・復元物]



本丸前面石垣◆本丸北側、大手道から登城し遊佐屋敷を抜け視界が開けた所に本丸の石垣が現れる。約4mある野面積みの石垣が三段になっており、本丸の防御を固める

2019年05月08日 陸奥守たろす
二ノ丸石垣[七尾城  遺構・復元物]



二ノ丸石垣◆二ノ丸南側、温井屋敷(城主畠山氏を補佐する八臣(四臣四家)の一人温井氏の館)との間に設けられた二段の石垣

2019年05月07日 陸奥守たろす
大堀切(二ノ丸と三ノ丸間)[七尾城  遺構・復元物]



大堀切◆二ノ丸と三ノ丸間の幅約40m、深さ約26mの大堀切。三ノ丸から二ノ丸に行くために二ノ丸斜面に階段が設けられているが、日常でお目にかかることのない勾配の階段であり、そんなことからも防御の高さが伺える

2019年05月07日 陸奥守たろす
七曲り[七尾城  遺構・復元物]



七曲り◆七曲りと言えば月山富田城が知られるが、七尾城の大手道にも見られる。延々と続くわけではないが、自然の地形か人口的に掘削したのか、谷間を利用し死角を作っているように道が折れ曲がっている(注:実際の場所とマップポイントがずれているかもしれません)

2019年05月01日 ほっしいな右兵衛督
七尾城史資料館玄関前[七尾城  スタンプ]



2019.5.1城跡への正規ルートが通行止めでした。迂回コースが表示されてます。100名城スタンプは七尾城史資料館で、正規ルート通行止め近くの信号のところに入口があります。

2019年04月30日 龍馬備中守【】
七尾城



上杉軍2万に対して能登畠山家の重臣・長続連率いる畠山軍は1万5千☆「七尾城の戦い」が繰り広げられた舞台♪

段々になった石垣群は勿論、郭間を切る大堀切、竪堀は必見♪大手脇を固める土塁、虎口も最高♪

2019年04月30日 大一大万大吉出雲守
七尾城

2019年4月29日時点においても資料館から城跡に直接車で行く正規ルートは通行止めです。迂回路はあるので事前に調べておくと来た道を戻るといった無駄がないと思います。資料館から徒歩で登る場合は約1時間です。

2018年10月24日 正四位下治部卿お屋形
七尾城

10月23日の時点でも、崖崩れの影響で途中までしか行けず、諦めました。当分時間
がかかるのでは?今回の登城目的は5月に行った際、雨の為景色が悪くリベンジと思いましたが、景色どころでは無く、残念!

2018年09月25日 松之助尾張守
七尾城

2018年9月23日の時点では、城山交差点から本丸駐車場までの道は土砂崩れのため通行止めになっていました。
スキー場への道からなら本丸駐車場に車で上がっていけます。
七尾城史資料館の駐車場にいるボランティアスタッフの方々に聞くと現在の状況と迂回路を教えてくれると思います。
本丸駐車場には猪の子供がうろうろしていました。
親の姿は見えませんでしたが…お気をつけください。

2018年08月27日 尾張守ひろっちぃ
七尾城

マリン号は帰りは七尾城史料館から帰るさいは40分ごとに出てます。ただ4時の時間が最終でしたので、知らずに散策をするとバスの最終便に間に合わず‥私はタクシーを呼んで帰りました。
本丸の石垣は見事で圧巻です。今まで苦労して山登りしてきた疲れが報われます。


2017年10月09日 織田上総介晃司
七尾城

車は本丸駐車場に停めて本丸を、まずは桜馬場の石垣を目指しました。

駐車場からの道には木のチップが敷き詰められ歩きやすく自然の景観を損なわないのでとてもいい。観光整備化してしまった山城は見習ってほしい。

七尾城からの景色は素晴らしく、ここを攻めた上杉謙信は

霜軍営満秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷遠征憶

と七言絶句で詠じたという。

2017年10月08日 フー甲斐守
七尾城

公共交通機関で行かれる方の為に。
七尾駅前5番のりばからマリン号(均一100円、毎時0分発)で時計回りルートに乗れば15分程度で城史資料館へ。そこからの登りは急峻の一言。城史資料館からタクシーで片道1600円程度(駅からだと片道3000円程度)。資料館の方がタクシーを呼んでくれます(10分位で来ました)。私は行きはタクシーで帰りは徒歩にしました。帰りは登城ルートを遺構を見ながら約2時間程度で下山(降りるだけなら1時間くらい)。資料館横に出るので、行きと逆に反時計回りルートのマリン号に乗車(毎時40分)。15分程度で七尾駅ではなく「ミナ.クル」で下車。七尾駅は直ぐ側です(帰りのバス一瞬私も七尾駅がないと慌ててましたが、大丈夫です(笑)。又時計回りルートでも帰れますが、時間が3倍くらいかかるようです。)

2017年09月18日 KAZ大宰帥正勝
七尾城

制覇コースは楽しかったっす(≧∀≦)
まずは、資料館のCGでお勉強!
ちょーど!お城祭りで無料でした(≧∀≦)
案内看板も親切な解説で分かりやすい…
あ!( ̄O ̄;)
僕…一ヶ所間違えましたσ(^_^;)
2.1キロの看板があったら90度右に向いて、民家のあいだを行ってください!
道路に青スプレーで矢印が書いてあったけど…
水道工事のマークかな?ってσ(^_^;)
曲がれって意味だったんすね(;´Д`A
安寧寺→三の丸→二の丸→温井屋敷→
桜馬場→本丸で1時間でした。
僕…石垣フェチなので(//∇//)
へばりついてましたが、これぐらい

道中、楽しいけど…
写真撮影や説明文読んでると必ず2〜3匹の
蚊が襲撃にやってきます(>_<)

本丸→調度丸→駐車場で30分ぐらい居ました。
長屋敷に登れないか?と10分ぐらい
ウロチョロしたのは内緒です(//∇//)
遊歩道もチップが敷き詰められてて
地元の学生さんが頑張ったそうで
感謝!感謝!です( ´ ▽ ` )
下りは資料館まで30分でした(^O^)/


2017年09月16日 石畳治部少輔三成
七尾城

土日はボランティアガイドさんが、山上の駐車場に待機されていますので、ガイドをお願いする事ができます。ガイドさんが待機されてる時には、山上で100名城スタンプを押す事が出来ます。
七尾城のCGはYOUTUBEでも見れるようなので、予習して行くと感動が倍増です。
足元は整備が行き届いていますが、二の丸から三の丸に抜ける階段などはとても急なので、キチンとした格好で臨むのが良いと思います。
色々な所に石垣が残っており、角を頑張って算木積みしてるのを見ると、石垣がとても愛おしく感じます。

2017年05月09日 参議緑奥
七尾城

車で行かれれば、本丸北駐車場で停めると、あとは歩いて10分かからない程度で本丸まで行けます。入り口から暫く木片チップが敷かれるなど、整備も行き届いており歩きやすくなっていますので、子連れでも非常にアプローチしやすい山城です。

2016年09月14日 【無】万年同心武蔵守三四六
七尾城

本丸付近の遺構と、本丸からの景色は、素晴らしいです。
ただ、私は、麓から徒歩で山道を登りましたが、山道に遺構は見当たらなかったので、車で行ける方は、本丸駐車場まで車で上がって、散策する体力を温存した方がいいと思います。

2016年04月09日 カーネル
七尾城

七尾線七尾駅から南東へ

駅から市街地を抜けると、遠くに七尾山が見え始め、30分ちょいで七尾城史資料館です

ここには七尾城跡3.7kmの文字がありますが、これは車道の距離であって資料館にある看板では本丸まで2.4kmとなってます(それでも遠いけど)

史料館から西へ、案内が丁寧にあるのでそれにしたがって進むと5分ほどで未舗装路に
本丸まで2km地点のところで大手門の看板に城の大きさが伺えます

小屋場。高屋敷。を経ると一度車道にでて、しばらくするといよいよ山道に
山道は傾斜がさほどなので、楽々登れるし、七曲の名がついた箇所も、普通の山道でした

山道を上り詰めると、道が左右に分岐するので行きは右の道を進み三の丸、二ノ丸を経由して本丸へ
駅から1時間半くらいです

帰りはもう1つの道で帰ると調度丸。寺屋敷を経由して分岐に戻れます

駅まで往復して3時間半。資料館に寄らなかったし、見学に時間をかける人はもっと時間が必要かもですね

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです


2015年09月29日 まるき〜主殿助
七尾城

麓の資料館でレクチャーを受けてからの登城が良いかも…
資料館では七尾城全体のCG映像と合わせて学芸員さんの熱い説明
を頭に入れて想像力を膨らませて下さい(笑

車で7〜8分で七尾城まで、十数台の駐車スペースとトイレ完備
駐車場から300メートル程行くと登り口石垣が見える。
ここまでは遊歩道になっていて木片?チップが足元に散りばめられていて膝にも優しい歩き心地です。

頂上までは急坂になっていますがほんの数分で到着出来るかと思います、本丸に七尾城の城址碑、神社、七尾湾を一望でき心地よいスペース

CG映像と石垣の形の実物が若干?形が違っていたりしますが、そこは自分なりの想像力や優しい心で補完して頂きたいと思う。

実際この城跡全域、個人さまの土地となっており今の所、完全な調査や発掘が行われてないらしくCG、説明等はある程度の想像である事を理解しないといけないと思います。



2015年08月10日 帰蝶大蔵卿びび姫
七尾城

本丸跡からの眺めはが最高!上杉謙信もここから七尾の海を見下ろしたのかな。
資料館の七尾城CG見応えあり。『七尾城CG』で検索するとYouTubeでも見れるそうです。
ちなみに100名城スタンプは資料館の入口外に設置されていました。

2015年08月08日 はろん右近衛少将ぼう
七尾城

2015.8.4に訪問しました。本丸駐車場の案内板には冊子型のガイドブックが用意されていました。
そこから、ウッドチップが敷かれた遊歩道を歩いて約5分で、一番の見所である桜馬場北側の五段石垣の辺りに着きます。
本丸、九尺石、二ノ丸などを写真を撮りながらめぐっても30分~1時間以内で回れます。時間がなくて効率よく回りたい方には、本丸駐車場からの散策がお薦めです。

2015年08月05日 まー刑部卿
七尾城

能越道が開通して北関東からも楽になりました。七尾城山ICから下りて一つ目の信号機を直進してすぐ左折すると資料館、一つ目の信号機を左折し道なりに登ると本丸跡近くの駐車場に行きます。今の時期、資料館から旧大手道から本丸跡まで運動不足な脚で約一時間くらい掛かります。降りるのも約30分掛かります。水分は必ず用意してから登ってください。本丸付近は日陰ありません。

2013年10月27日 百華
七尾城

本丸跡のところにパンフレットはありませんでした。
最近は高速道路が、通るとのことで調査すすんでいるようです。
発掘された金が付着したるつぼが史料館に展示してありました。

2012年10月28日 ŧ‹”ŧ‹”。
七尾城

土曜日なのに史料館は休み。
城山駐車場の案内板に設置されているパンフレットは朝から行ったが、まったくナシ。
観光客は多いのに残念。

2012年10月08日 ポリタンク大和守
七尾城

『新修 七尾市史 7 七尾城編』によりますと、石垣は改修をした箇所が多く、特に本丸北面は元々の野面積みではなくなっているとのことです。

桜馬場南面は旧状を留める可能性が高いそうですが、そこそこ急な斜面を降りないといけないのと、石垣そのものが崩れかけです。見学にあたっては、色んな意味で慎重に行動しましょう。

2012年07月14日 sugar3776根室守
七尾城

車で城山駐車場付まで出かけた方は、約2K先の城山展望台まで行かれると、本丸よりの眺めより一層綺麗な七尾湾を眺め、且つ七尾城本丸を望む事が出来ます!

2012年05月03日 A&M
七尾城

資料館での唄が素晴らしかったです。また行きたいと思いました。

2011年10月03日 マイ兵庫助リバ
七尾城

上杉謙信は本丸で月を愛でながら「霜は軍営に満ち・・・」 との漢詩を詠みましたが、現代の皆さんは本丸ベンチから七尾湾の風景を肴に朝餉or昼餉は如何でしょうか?
七尾駅の駅弁「朝市弁当」&「玉宝」はどちらも超絶品ですよ

2011年05月02日 三河守コーキしゃん
七尾城

桜馬場北側の石垣は見上げる程の高さで圧巻でした。本丸西側は外枡形虎口になっています九尺石も良かったです(因みに九尺石のある所は内枡形)

2010年11月26日 tomm加賀守
七尾城

この程、既存の「国史跡」の範囲が約4倍に追加認定されます

2010年10月12日 tomm加賀守
七尾城

本丸駐車場には案内板左下のケースにパンフレットがありますのでご自由に

また100名城スタンプは、七尾城史資料館の郵便ポストにスタンプ式のが、受付にシャチハタ式のがあります。(郵便ポストのは資料館が休館日でも押せます)

2010年06月11日 徳川内大臣源朝臣康武
七尾城

史料館から歩くと、城の全容がわかりますが、自動車であれば、本丸下ま登る車道もあり、結構広い駐車場もあります。
そこからさらに車道を登ると、城や七尾の市街地が一望できる展望台があり、天気がよければ絶景が楽しめます。

七尾城の周辺スポット情報

 本丸跡(遺構・復元物)

 本丸外枡形(遺構・復元物)

 桜馬場(遺構・復元物)

 二の丸(遺構・復元物)

 三ノ丸(遺構・復元物)

 七曲り(遺構・復元物)

 大堀切(二ノ丸と三ノ丸間)(遺構・復元物)

 本丸前面石垣(遺構・復元物)

 二ノ丸石垣(遺構・復元物)

 大堀切(本丸と長屋敷間)(遺構・復元物)

 調度丸(遺構・復元物)

 温井屋敷・九尺石(遺構・復元物)

 桜馬場北側石垣(遺構・復元物)

 寺屋敷(遺構・復元物)

 百間馬場(城山展望台)(遺構・復元物)

 七尾城趾(碑・説明板)

 石碑(碑・説明板)

 樋の水(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 高屋敷(寺社・史跡)

 七尾城史資料館玄関前(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 歴史資料館駐車場(駐車場)

 七尾城登山口駐車場(駐車場)

 袴腰(その他)

「ニッポン城めぐり」を始めるには?

「ニッポン城めぐり」は、iPhone・androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「ニッポン城めぐり」 ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore