七尾城(ななおじょう)

七尾城の基本情報

通称・別名

松尾城、末尾城

所在地

石川県七尾市古府町、古屋敷町、竹町他

旧国名

能登国

分類・構造

連郭式山城

天守構造

築城主

畠山満慶

築城年

正長年間(1428〜1429)

主な改修者

畠山義綱、上杉謙信

主な城主

能登畠山氏、上杉氏、前田氏

廃城年

天正17年(1589)

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切

指定文化財

国史跡(七尾城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

小丸山城(石川県七尾市)[4.7km]
石動山城(石川県鹿島郡)[5.0km]
森寺城(富山県氷見市)[11.3km]
二穴城(石川県七尾市)[12.0km]
金丸城(石川県鹿島郡)[14.1km]
阿尾城(富山県氷見市)[14.4km]
池田城(富山県氷見市)[19.8km]
飯久保城(富山県氷見市)[23.0km]
守山城(富山県高岡市)[24.8km]
古国府城(富山県高岡市)[24.8km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

34 七尾城

設置場所

七尾城史資料館[地図
七尾市役所本庁(冬期のみ)[地図

七尾城の解説文

七尾城(ななおじょう)は、石川県七尾市古城町にあった日本の城(中世の山城跡)で、国の史跡に指定されている。

概要
七尾湾が一望できる、石動山系の北端の標高300mほどの尾根上(通称「城山」)にあり、その尾根から枝分かれする行く筋もの大小の尾根にも無数の砦を配置した大規模な山城である。「七尾」という名は「七つの尾根」(松尾・竹尾・梅尾・菊尾・亀尾・虎尾・龍尾)から由来されるという。別名として「松尾城」あるいは「末尾城」と記した資料も残る。これは城が七つの尾根のうち松尾に築かれたためである。いずれも尾根づたいに配された曲輪を連想させる。

歴史・沿革
室町時代・安土桃山時代
室町三管領家の七尾畠山氏の初代当主で能登国守護の畠山満慶が正長年間(1428年~1429年)頃にこの地に築いたと思われるが、当時の七尾城は砦程度の規模と見られ、行政府である守護所も府中(現七尾市府中)に置かれていた。次第に拡張、増強され、以後約150年間にわたって領国支配の本拠となり、五代当主である畠山慶致の頃には守護所も府中(七尾城山の麓)から七尾城へと移されたという。その後、畠山義続・畠山義綱の頃に能登では戦乱が続いたために増築され、最大の縄張りとなったと言われる。山麓に城下町「千門万戸」が一里余りも連なり、山頂にそびえる七尾城の威容は「天宮」とまで称されたと記録に残っている。日本五大山城のひとつに数えられるほど強固な城であった。

1576年(天正4年)に能登国に侵攻した上杉謙信に包囲されるが、一年にわたって持ちこたえた。しかし、重臣同士の対立の末に擁立されていた若年の当主畠山春王丸が長続連、遊佐続光、温井景隆らの対立を収めることができず、結果七尾城は孤立し、最終的には遊佐続光の内応によって徹底抗戦を主張した長氏一族が殺害され、同年9月13日に開城された(七尾城の戦い)。この際、上杉謙信が詠んだ漢詩「九月十三夜陣中作」は非常に有名である。しかし、実際にはこの詩は上杉謙信が詠んだものではないといわれている。

越中国と能登国を繋ぐ要所である七尾城は、のちに織田氏によって領され、城代として菅屋長頼が入って政務にあたった後に前田利家が入るが、既に山城の時代ではなく、拠点を小丸山城に移したため、しばらく子の前田利政が城主となっていたが、のち、1589年(天正17年)廃城となった。

現代
2006年(平成18年)4月6日、日本100名城(34番)に選定された。

遺構
前田利家が能登に在国したおり、小丸山城に移ったため、現在の七尾市街地も小丸山付近にある。従って開発や災害などによる遺構の損失を逃れ、遺構が数多く残っている。低石垣を五段に積み重ねた本丸の石垣を中心に、各曲輪の石垣のほとんどが現存する。そのため、山城の歴史上重要な遺跡として、1934年(昭和9年)に、国の史跡に指定されている。このような遺跡は他には若狭の後瀬山城しかない。2005年(平成17年)には地中レーダー探査による七尾城の遺構調査が行われ、そこで柱跡などの遺構が確認された。城門は、市内の西光寺に移築されたとされる。

曲輪
本丸...

七尾城の口コミ情報

2020年09月21日 ぴよ能登守
七尾城

ずっと、通行禁止だった道がとおれるようになった
駐車場からは、徒歩5分


2020年08月17日 だんでい日向守
七尾城

本丸まで徒歩5分の場所に駐車場があり車で行けるので、時間がない場合などは大変助かります。道路の道幅も広くて、対向車を気にする事も無く辿り着けました。

2020年01月26日 加賀守いけっち
七尾城

御城印の配布は、七尾城史資料館で行っていますが、令和2年3月10日まで特別休館となっていました。
城跡には行けますし、休館日に御城印を他の場所でもらえるのかは不明です。

休館中でも、100名城スタンプは七尾城史資料館のドアの外にあり、押すことが可能です。

2019年06月19日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
七尾城



大手道・石段☆上方には調度丸への虎口に段に連なる石垣☆言わずと知れた『七尾城の戦い』の舞台☆越後の龍の攻めにより落城する☆

2019年05月23日 ケンさん
七尾城

時間的に制約があり、七尾駅前から本丸下の駐車場までタクシーを利用しました。ただ資料館から先の道が通行止めになっており迂回が必要。事前に調べていたタクシー料金は3500円でしたが6500円かかりました(資料館で待っていただいた間の料金が1000円ほどかかっています)。

ただ資料館の七尾城の復元CGは道そのものは整備されていてスニーカー
でも大丈夫なレベル。しかも主だった曲輪はきちんと草刈りもされていて手入れも行き届いていました。麓への下山道にも岩などほとんどなく歩き易く見学時間をのぞけば正味40分ほどで本丸から資料館までたどり着きす。この道なら傾斜もさほどでなく50分もあれば登れると思います(年に数回山登りもやっています)。駅から資料館までも30分弱(逆の下りで25分ほとでした)。

パンフレットは資料館と本丸下の駐車場にしかありません。立ち寄ってCGを見て往復歩きでも七尾での滞在時間は4時間あれば大丈夫では。またGPSのルート上には飲食店なども含めて食料を確保出来るところは見当たらずコンビニは駅の周辺にあるので調達しておいたほうが良いと思います。

2019年05月15日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
七尾城



二の丸・温井屋敷間の連続する段に連なる石垣☆すり鉢状に二の丸を守る☆石に守られ土に守られる戦国の山城☆

2019年05月12日 【Z】陸奥守たろす
桜馬場北側石垣[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場北側石垣◆桜馬場北側には高さ2~3mの低い野面積みの石垣を数段重ねる。こちらの石垣は昭和になって積み替えたものだが、それでも古城の雰囲気が充分伝わる七尾城の見所の一つである

2019年05月11日 【Z】陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸西方石垣・石段◆西方の区画は石段を下ると大手道に繋がることから、大手曲輪のための枡形空間の可能性がある

2019年05月11日 【Z】陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸中央石塁◆調度丸中央に曲輪を区画する石垣・石塁があり、西方の石垣・石段と合わせ大手曲輪のための枡形空間の可能性がある

2019年05月11日 【Z】陸奥守たろす
調度丸[七尾城  遺構・復元物]



調度丸◆調度丸は弓矢などの武具(調度)を整えた曲輪で多数の出土品が発見している◆調度丸から望む桜馬場北側石垣

2019年05月10日 【Z】陸奥守たろす
桜馬場[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場南側石垣◆桜馬場南側斜面は整備がされていないが、数段の石垣が確認できた

2019年05月10日 【Z】陸奥守たろす
桜馬場[七尾城  遺構・復元物]



桜馬場石垣◆桜馬場東側(画像では石垣左側)には守護代遊佐氏の屋敷があったとされ、遊佐屋敷と石垣にて区画している。石垣を屈折させることで本丸ルートへの横矢としている

2019年05月10日 【Z】陸奥守たろす
温井屋敷・九尺石[七尾城  遺構・復元物]



温井屋敷虎口・九尺石◆二ノ丸南側にある温井屋敷の南西の虎口は内枡形となっており、巨石「九尺石」が使用されている。九尺石は城の鎮護のかなめ石で石の大きさから名付けられた

2019年05月10日 【Z】陸奥守たろす
本丸跡[七尾城  遺構・復元物]



本丸◆台形をした本丸南側(画像右側鳥居付近)には城山神社が建つ高さ約4mの櫓台がある。眺望が良くここで七尾城攻略を果たした上杉謙信が漢詩を詠んだという伝説が残る(有名な「九月十三夜」は陣中で詠んだので、これとは違うはずですが…)◆中央右に「七尾城址」石碑◆中央に石垣上から七尾南湾を眺望できる◆画像左側は虎口から伸びる土塁

2019年05月09日 【Z】陸奥守たろす
大堀切(本丸と長屋敷間)[七尾城  遺構・復元物]



大堀切(本丸と長屋敷間)◆本丸東側に位置し深さ約25mにもなる大堀切で本丸への侵入を遮断している。車で山頂まで行かれる場合は駐車場から城方向を見ると最初にこの大堀切を見ることができる

2019年05月09日 【Z】陸奥守たろす
本丸外枡形[七尾城  遺構・復元物]



本丸外枡形虎口◆当時の大手は本丸西南に位置しており、ここには外枡形虎口があった。外枡形は安土城黒鉄門で初めて用いたとされており、前田利家により改修された可能性が指摘されている。本丸側には石垣も築かれており見せる要素も伺える。

2019年05月08日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
七尾城



本丸と長屋敷を遮断する大堀切☆能登守護畠山氏により築城☆標高310mの戦国の山城☆上杉謙信に攻められ落城☆

2019年05月08日 【Z】陸奥守たろす
本丸前面石垣[七尾城  遺構・復元物]



本丸前面石垣◆本丸北側、大手道から登城し遊佐屋敷を抜け視界が開けた所に本丸の石垣が現れる。約4mある野面積みの石垣が三段になっており、本丸の防御を固める

2019年05月08日 【Z】陸奥守たろす
二ノ丸石垣[七尾城  遺構・復元物]



二ノ丸石垣◆二ノ丸南側、温井屋敷(城主畠山氏を補佐する八臣(四臣四家)の一人温井氏の館)との間に設けられた二段の石垣

2019年05月07日 【Z】陸奥守たろす
大堀切(二ノ丸と三ノ丸間)[七尾城  遺構・復元物]



大堀切◆二ノ丸と三ノ丸間の幅約40m、深さ約26mの大堀切。三ノ丸から二ノ丸に行くために二ノ丸斜面に階段が設けられているが、日常でお目にかかることのない勾配の階段であり、そんなことからも防御の高さが伺える

2019年05月07日 【Z】陸奥守たろす
七曲り[七尾城  遺構・復元物]



七曲り◆七曲りと言えば月山富田城が知られるが、七尾城の大手道にも見られる。延々と続くわけではないが、自然の地形か人口的に掘削したのか、谷間を利用し死角を作っているように道が折れ曲がっている(注:実際の場所とマップポイントがずれているかもしれません)

2019年05月01日 ほっしいな中務大輔
七尾城史資料館玄関前[七尾城  スタンプ]



2019.5.1城跡への正規ルートが通行止めでした。迂回コースが表示されてます。100名城スタンプは七尾城史資料館で、正規ルート通行止め近くの信号のところに入口があります。

2019年04月30日 龍馬太閤【備中の麒麟児】
七尾城



上杉軍2万に対して能登畠山家の重臣・長続連率いる畠山軍は1万5千☆「七尾城の戦い」が繰り広げられた舞台♪

段々になった石垣群は勿論、郭間を切る大堀切、竪堀は必見♪大手脇を固める土塁、虎口も最高♪

2019年04月30日 大一大万大吉出雲守
七尾城

2019年4月29日時点においても資料館から城跡に直接車で行く正規ルートは通行止めです。迂回路はあるので事前に調べておくと来た道を戻るといった無駄がないと思います。資料館から徒歩で登る場合は約1時間です。

2018年10月24日 正四位下治部卿お屋形
七尾城

10月23日の時点でも、崖崩れの影響で途中までしか行けず、諦めました。当分時間
がかかるのでは?今回の登城目的は5月に行った際、雨の為景色が悪くリベンジと思いましたが、景色どころでは無く、残念!

2018年09月25日 松之助尾張守
七尾城

2018年9月23日の時点では、城山交差点から本丸駐車場までの道は土砂崩れのため通行止めになっていました。
スキー場への道からなら本丸駐車場に車で上がっていけます。
七尾城史資料館の駐車場にいるボランティアスタッフの方々に聞くと現在の状況と迂回路を教えてくれると思います。
本丸駐車場には猪の子供がうろうろしていました。
親の姿は見えませんでしたが…お気をつけください。

2018年08月27日 尾張守ひろっちぃ
七尾城

マリン号は帰りは七尾城史料館から帰るさいは40分ごとに出てます。ただ4時の時間が最終でしたので、知らずに散策をするとバスの最終便に間に合わず‥私はタクシーを呼んで帰りました。
本丸の石垣は見事で圧巻です。今まで苦労して山登りしてきた疲れが報われます。


2017年10月09日 大納言織田晃司
七尾城

車は本丸駐車場に停めて本丸を、まずは桜馬場の石垣を目指しました。

駐車場からの道には木のチップが敷き詰められ歩きやすく自然の景観を損なわないのでとてもいい。観光整備化してしまった山城は見習ってほしい。

七尾城からの景色は素晴らしく、ここを攻めた上杉謙信は

霜軍営満秋気清
数行過雁月三更
越山併得能州景
遮莫家郷遠征憶

と七言絶句で詠じたという。

2017年10月08日 フー甲斐守
七尾城

公共交通機関で行かれる方の為に。
七尾駅前5番のりばからマリン号(均一100円、毎時0分発)で時計回りルートに乗れば15分程度で城史資料館へ。そこからの登りは急峻の一言。城史資料館からタクシーで片道1600円程度(駅からだと片道3000円程度)。資料館の方がタクシーを呼んでくれます(10分位で来ました)。私は行きはタクシーで帰りは徒歩にしました。帰りは登城ルートを遺構を見ながら約2時間程度で下山(降りるだけなら1時間くらい)。資料館横に出るので、行きと逆に反時計回りルートのマリン号に乗車(毎時40分)。15分程度で七尾駅ではなく「ミナ.クル」で下車。七尾駅は直ぐ側です(帰りのバス一瞬私も七尾駅がないと慌ててましたが、大丈夫です(笑)。又時計回りルートでも帰れますが、時間が3倍くらいかかるようです。)

2017年09月18日 KAZ治部卿正勝
七尾城

制覇コースは楽しかったっす(≧∀≦)
まずは、資料館のCGでお勉強!
ちょーど!お城祭りで無料でした(≧∀≦)
案内看板も親切な解説で分かりやすい…
あ!( ̄O ̄;)
僕…一ヶ所間違えましたσ(^_^;)
2.1キロの看板があったら90度右に向いて、民家のあいだを行ってください!
道路に青スプレーで矢印が書いてあったけど…
水道工事のマークかな?ってσ(^_^;)
曲がれって意味だったんすね(;´Д`A
安寧寺→三の丸→二の丸→温井屋敷→
桜馬場→本丸で1時間でした。
僕…石垣フェチなので(//∇//)
へばりついてましたが、これぐらい

道中、楽しいけど…
写真撮影や説明文読んでると必ず2〜3匹の
蚊が襲撃にやってきます(>_<)

本丸→調度丸→駐車場で30分ぐらい居ました。
長屋敷に登れないか?と10分ぐらい
ウロチョロしたのは内緒です(//∇//)
遊歩道もチップが敷き詰められてて
地元の学生さんが頑張ったそうで
感謝!感謝!です( ´ ▽ ` )
下りは資料館まで30分でした(^O^)/


2017年09月16日 石畳治部少輔三成
七尾城

土日はボランティアガイドさんが、山上の駐車場に待機されていますので、ガイドをお願いする事ができます。ガイドさんが待機されてる時には、山上で100名城スタンプを押す事が出来ます。
七尾城のCGはYOUTUBEでも見れるようなので、予習して行くと感動が倍増です。
足元は整備が行き届いていますが、二の丸から三の丸に抜ける階段などはとても急なので、キチンとした格好で臨むのが良いと思います。
色々な所に石垣が残っており、角を頑張って算木積みしてるのを見ると、石垣がとても愛おしく感じます。

2017年05月09日 治部卿緑奥
七尾城

車で行かれれば、本丸北駐車場で停めると、あとは歩いて10分かからない程度で本丸まで行けます。入り口から暫く木片チップが敷かれるなど、整備も行き届いており歩きやすくなっていますので、子連れでも非常にアプローチしやすい山城です。

2016年09月14日 【無】万年同心武蔵守三四六
七尾城

本丸付近の遺構と、本丸からの景色は、素晴らしいです。
ただ、私は、麓から徒歩で山道を登りましたが、山道に遺構は見当たらなかったので、車で行ける方は、本丸駐車場まで車で上がって、散策する体力を温存した方がいいと思います。

2016年04月09日 カーネル
七尾城

七尾線七尾駅から南東へ

駅から市街地を抜けると、遠くに七尾山が見え始め、30分ちょいで七尾城史資料館です

ここには七尾城跡3.7kmの文字がありますが、これは車道の距離であって資料館にある看板では本丸まで2.4kmとなってます(それでも遠いけど)

史料館から西へ、案内が丁寧にあるのでそれにしたがって進むと5分ほどで未舗装路に
本丸まで2km地点のところで大手門の看板に城の大きさが伺えます

小屋場。高屋敷。を経ると一度車道にでて、しばらくするといよいよ山道に
山道は傾斜がさほどなので、楽々登れるし、七曲の名がついた箇所も、普通の山道でした

山道を上り詰めると、道が左右に分岐するので行きは右の道を進み三の丸、二ノ丸を経由して本丸へ
駅から1時間半くらいです

帰りはもう1つの道で帰ると調度丸。寺屋敷を経由して分岐に戻れます

駅まで往復して3時間半。資料館に寄らなかったし、見学に時間をかける人はもっと時間が必要かもですね

歩き計画されている方の時間目安になれば幸いです


2015年09月29日 まるき〜上野介
七尾城

麓の資料館でレクチャーを受けてからの登城が良いかも…
資料館では七尾城全体のCG映像と合わせて学芸員さんの熱い説明
を頭に入れて想像力を膨らませて下さい(笑

車で7〜8分で七尾城まで、十数台の駐車スペースとトイレ完備
駐車場から300メートル程行くと登り口石垣が見える。
ここまでは遊歩道になっていて木片?チップが足元に散りばめられていて膝にも優しい歩き心地です。

頂上までは急坂になっていますがほんの数分で到着出来るかと思います、本丸に七尾城の城址碑、神社、七尾湾を一望でき心地よいスペース

CG映像と石垣の形の実物が若干?形が違っていたりしますが、そこは自分なりの想像力や優しい心で補完して頂きたいと思う。

実際この城跡全域、個人さまの土地となっており今の所、完全な調査や発掘が行われてないらしくCG、説明等はある程度の想像である事を理解しないといけないと思います。



2015年08月10日 帰蝶大蔵卿びび姫
七尾城

本丸跡からの眺めはが最高!上杉謙信もここから七尾の海を見下ろしたのかな。
資料館の七尾城CG見応えあり。『七尾城CG』で検索するとYouTubeでも見れるそうです。
ちなみに100名城スタンプは資料館の入口外に設置されていました。

2015年08月08日 はろん中務少輔ぼう
七尾城

2015.8.4に訪問しました。本丸駐車場の案内板には冊子型のガイドブックが用意されていました。
そこから、ウッドチップが敷かれた遊歩道を歩いて約5分で、一番の見所である桜馬場北側の五段石垣の辺りに着きます。
本丸、九尺石、二ノ丸などを写真を撮りながらめぐっても30分~1時間以内で回れます。時間がなくて効率よく回りたい方には、本丸駐車場からの散策がお薦めです。

2015年08月05日 まー刑部卿
七尾城

能越道が開通して北関東からも楽になりました。七尾城山ICから下りて一つ目の信号機を直進してすぐ左折すると資料館、一つ目の信号機を左折し道なりに登ると本丸跡近くの駐車場に行きます。今の時期、資料館から旧大手道から本丸跡まで運動不足な脚で約一時間くらい掛かります。降りるのも約30分掛かります。水分は必ず用意してから登ってください。本丸付近は日陰ありません。

2013年10月27日 桃華
七尾城

本丸跡のところにパンフレットはありませんでした。
最近は高速道路が、通るとのことで調査すすんでいるようです。
発掘された金が付着したるつぼが史料館に展示してありました。

2012年10月28日 ŧ‹”ŧ‹”。
七尾城

土曜日なのに史料館は休み。
城山駐車場の案内板に設置されているパンフレットは朝から行ったが、まったくナシ。
観光客は多いのに残念。

2012年10月08日 ポリタンク大和守
七尾城

『新修 七尾市史 7 七尾城編』によりますと、石垣は改修をした箇所が多く、特に本丸北面は元々の野面積みではなくなっているとのことです。

桜馬場南面は旧状を留める可能性が高いそうですが、そこそこ急な斜面を降りないといけないのと、石垣そのものが崩れかけです。見学にあたっては、色んな意味で慎重に行動しましょう。

2012年07月14日 sugar3776石狩守
七尾城

車で城山駐車場付まで出かけた方は、約2K先の城山展望台まで行かれると、本丸よりの眺めより一層綺麗な七尾湾を眺め、且つ七尾城本丸を望む事が出来ます!

2012年05月03日 A&M
七尾城

資料館での唄が素晴らしかったです。また行きたいと思いました。

2011年10月03日 あと2城副将軍マイリバ
七尾城

上杉謙信は本丸で月を愛でながら「霜は軍営に満ち・・・」 との漢詩を詠みましたが、現代の皆さんは本丸ベンチから七尾湾の風景を肴に朝餉or昼餉は如何でしょうか?
七尾駅の駅弁「朝市弁当」&「玉宝」はどちらも超絶品ですよ

2011年05月02日 三河守コーキしゃん
七尾城

桜馬場北側の石垣は見上げる程の高さで圧巻でした。本丸西側は外枡形虎口になっています九尺石も良かったです(因みに九尺石のある所は内枡形)

2010年11月26日 tomm加賀守
七尾城

この程、既存の「国史跡」の範囲が約4倍に追加認定されます

2010年10月12日 tomm加賀守
七尾城

本丸駐車場には案内板左下のケースにパンフレットがありますのでご自由に

また100名城スタンプは、七尾城史資料館の郵便ポストにスタンプ式のが、受付にシャチハタ式のがあります。(郵便ポストのは資料館が休館日でも押せます)

2010年06月11日 徳川内大臣源朝臣康武
七尾城

史料館から歩くと、城の全容がわかりますが、自動車であれば、本丸下ま登る車道もあり、結構広い駐車場もあります。
そこからさらに車道を登ると、城や七尾の市街地が一望できる展望台があり、天気がよければ絶景が楽しめます。

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