石浜城(いしはまじょう)

石浜城の基本情報

通称・別名

所在地

東京都荒川区南千住3(石浜神社)

旧国名

武蔵国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

千葉実胤

築城年

康正元年(1455)

主な改修者

主な城主

千葉氏

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

葛西清重館(東京都葛飾区)[2.4km]
寛永寺(東京都台東区)[3.2km]
小菅御殿(東京都葛飾区)[3.4km]
道灌山(東京都荒川区)[3.9km]
吉良上野介邸(東京都墨田区)[4.2km]

石浜城の解説文

石浜城(いしはまじょう)は、中世の浅草付近にあった日本の城。

石浜は浅草の北側にある古利根川(現在の隅田川)右岸地域の呼称であり、この付近に武蔵国と下総国の境目をつなぐ「隅田の渡し」があったとされている。築城年次は不明であるが、中世には江戸氏一族の石浜氏が本拠を構え、文和元年(1352年)には、新田義興の追撃を受けた足利尊氏がこの地で武蔵平一揆に迎えられて追撃を退けている。

室町時代中期の享徳の乱に伴って発生した千葉氏の内紛では、宗家の生き残りである千葉実胤(千葉兼胤の孫)が下総国を追われて扇谷上杉家の庇護下に入り、石浜城を拠点とした(武蔵千葉氏)。この際、弟の自胤も赤塚城に逃れている。だが、下総回復は達成できず、扇谷上杉家の没落後は後北条氏に従って同氏一族の千葉胤村を当主に迎え、豊臣政権の小田原征伐によって没落、石浜城も廃城となった。

城の所在地については関東大震災以前に台東区橋場にあった総泉寺が武蔵千葉氏の菩提寺で石浜城もその側にあったとされているが、荒川区南千住の石浜神社付近にあったとする説と、台東区浅草の本龍院付近にあったとする説に分かれており、江戸時代以後の古利根川→隅田川の流路の変化や都市化の進展によって付近の地形も大きく変わっており、遺構なども見つかっていない。そのために中世を通じて同一の場所に石浜城があったのか、また城そのものの規模についても不明のままである。

曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』に登場する。

石浜城の口コミ情報

野舘宮内少輔サラマンダー様[2013年12月08日]
石浜城(石浜神社)
 石浜城は、室町時代の中ごろ、武蔵千葉氏の居城となり、戦乱の世に百年あまり続いた城である。天正年間(一五七三〜一五九一)、城主千葉胤村(北条氏繁三男)を最後に、後北条氏滅亡の後、廃城となったと思われる。石浜城の位置には諸説あるが、石浜神社付近は有力な推定地の一つとされる。
 石浜神社は、聖武天皇の時代・神亀元年(七二四)の創建と伝える古社で、源頼朝・千葉氏・字都宮氏らの崇敬を受けたという。江戸時代の夏越の祓(六月三十日)は、その壮麗さにおいて名高く、天保九年(一八三八)刊行の『東都歳事記』の挿絵に夏の風物詩として紹介されている。
   荒川区教育委員会

野舘宮内少輔サラマンダー様[2013年12月08日]
2013年12月8日14時35分(20分)

石浜神社が石浜城みたいです

徒歩で押上駅から40分、南千住から20分です

参拝者用の駐車場があるようですが、トイレは無いみたいです

初め、解説板が分からずウロウロしてしまいましたが、快く教えてくださいました

解説板は入口の右手の道路側にあります

最後に参拝して攻城を終えました

次の口コミに解説板の内容を記載します

「発見!ニッポン城めぐり」を始めるには?

「発見!ニッポン城めぐり」は、iPhone・Androidの両アプリに対応。
利用料金は無料、アプリ内の課金も一切ナシ!いますぐ城めぐりを始めてみよう!

スマートフォンからのアクセス方法

app store app store  ■iPhone
 AppStore で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

google play ■Android
 Google play で「発見!ニッポン城めぐり」を検索。

スマホを持って城をめぐろう!スマホでお城スタンプラリーゲーム「発見!ニッポン城めぐり」 発見!ニッポン城めぐりとは? GooglePlay Appstore