吉良上野介邸(きらこうずけのすけてい)

吉良上野介邸の基本情報

通称・別名

吉良上野介屋敷、吉良邸

所在地

東京都墨田区両国3-13-29

旧国名

武蔵国

分類・構造

屋敷

天守構造

なし

築城主

吉良義央

築城年

元禄14年(1701)

主な改修者

主な城主

吉良氏

廃城年

遺構

井戸

指定文化財

都旧跡(吉良邸跡)

再建造物

海鼠塀、石碑、説明板

周辺の城

浅草見附(東京都台東区)[0.9km]
馬込勘解由屋敷(東京都中央区)[1.6km]
北町奉行所(東京都千代田区)[2.6km]
越中島砲台(東京都江東区)[3.0km]
南町奉行所(東京都千代田区)[3.5km]

吉良上野介邸の解説文

吉良上野介邸は、江戸時代の旗本であった吉良上野介義央の屋敷である。

吉良上野介は『忠臣蔵』の敵役として知られる人物で、赤穂浪士が討ち入って吉良上野介を殺害したのがこの屋敷である。

現在、屋敷跡の一部が公園となっており当時の屋敷を模した外壁や碑が残っており、敷地内には浪士達が吉良上野介の首を洗ったと言われる、吉良首洗い井戸が残されている。

吉良上野介邸の口コミ情報

若狭守次郎吉さん[2019年03月21日]
忠臣蔵で有名な吉良上野介義央の屋敷跡です。

殿中刃傷事件の6ヶ月後の元禄14年9月3日に吉良上野介義央は幕府から屋敷を拝領しました。吉良が屋敷を構える前は松平登之助が屋敷を構えていたそうです。
吉良が赤穂浪士たちに討たれた後にすぐ、屋敷は幕府によって取り上げになっています。

広大な敷地だった吉良邸ですが、現在はその殆どが宅地化されて遺構は消滅していますが、一部を公園化しており、そこに吉良の木像や墓、首洗い井戸があります。
また、吉良邸の正門跡と裏門跡にもそれぞれ説明板が設置されています。

付近の両国公園には勝海舟生誕地の石碑や説明板がありますので、合わせてどうぞ。

中納言織田晃司さん[2019年02月03日]
JR両国駅から南へ約10分くらい進むとあります。

近くには相撲の時津風部屋があります。

両国や浅草に行くと蕎麦が食べたくなります。蕎麦の美味しい店が多いからだろうか…

右馬頭冷そうめんさん[2014年05月14日]
最初ここは、切り売りされ全く無くなってしまうのを地元の人達が有志にて土地を保存し、今、現存してます。
隅田川に桜を植えたのも、上野介だとか。物語上は悪役だけれど、地元では名士だったそうです。

上総丹幹之介@式部大輔さん[2012年05月18日]
大相撲観戦と併せて訪ねました。攻略は済んでいましたがホームからだと実感がないもので。回行院の裏口から出て徒歩3分程です。みしるし洗いの井戸とか生々しく感じました。両国駅前のホテルの1階に墨田区観光案内所があり500円でガイドツアーがあります。時間があれば利用するのもいいかも。私達もあちこちで地元ボランティアガイドの説明をツアー脇で聞きました。

弾正少弼夢民さん[2012年04月08日]
園内には八重桜が植えられている。4月中旬開花と書かれていた。4/8現在、蕾のままでした。近くには相撲部屋が点在している

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