浅草見附(あさくさみつけ)

浅草見附の基本情報

通称・別名

江戸城浅草御門

所在地

東京都台東区浅草橋1

旧国名

武蔵国

分類・構造

見附

天守構造

なし

築城主

徳川幕府

築城年

寛永13年(1636)

主な改修者

主な城主

徳川幕府

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

石碑、説明板(旧浅草橋)

周辺の城

吉良上野介邸(東京都墨田区)[0.9km]
馬込勘解由屋敷(東京都中央区)[1.0km]
北町奉行所(東京都千代田区)[2.1km]
本郷城(東京都文京区)[2.7km]
江戸城(東京都千代田区)[2.9km]
南町奉行所(東京都千代田区)[3.1km]
越中島砲台(東京都江東区)[3.3km]
日比谷見附(東京都千代田区)[3.4km]
佃島砲台(東京都中央区)[3.4km]
牛込見附(東京都千代田区)[3.8km]

浅草見附の解説文

浅草見附は、江戸時代に江戸城の外堀に作られた枡形の城門である。

見附とは敵の侵入を発見するための見張所という意味で、江戸城では俗に三十六見附と言われる多くの見附があった。

この浅草の城門は明治7年頃に撤去されてしまい、現在は浅草橋付近に石碑が残るだけとなっている。

浅草見附の口コミ情報

2022年03月30日 S&K右衛門督
浅草見附

江戸三十六見附の1つで浅草御門が浅草見附と呼ばれ1636年に越前藩主松平忠昌が構築したと言われ橋の南側に有りましたが、現在全く遺構は残っておらず石碑のみだけが橋の北側に設置されています。

浅草見附は橋の南側に有りましたが、浅草見附の石碑は橋の北側に有り小さな公園となっています。浅草見附は江戸防衛の要でしたが、1657年の明暦の大火で囚人の逃走を防ぐ為に門を閉めその為一般市民が避難路を絶たれ多くの市民が逃げ道を失い、大火全体でも10万人の死者が出たとも言われています。

その対策として橋を架ける事になり完成したのが両国橋ですが、両国に明暦の大火で亡くなられた人々の供養をする為に回向院が建てられました。
(写真は残念ながら横になった為に添付を諦めました)

2021年10月11日 palo三河守aniki
浅草見附

川の袂にあります。両岸に屋形船が並んで壮観な眺めでした。

2020年12月14日 へこ
浅草見附

JR浅草橋駅西口から歩いて数分。かなり近い。橋の近くにちっちゃな碑石があるだけ。駅から歩いてすぐなので総武線各停に乗って暇があるなら寄って近くの鯛焼きを買って帰るのをオススメ。

2019年05月27日 サンダンス山城守キッド
浅草見附



江戸時代、ここから浅草へ観光し帰路お土産に人形を求めた事で浅草橋周辺は人形問屋街へ

2019年03月17日 橘若狭守次郎吉
浅草見附

浅草見附は江戸城三十六人見附のひとつで、寛永13年に設けられた枡形虎口の跡です。現在は遺構は消滅してしまっていますが、付近を流れる神田川は江戸城の外堀の跡です。

2016年07月15日 tfothh
浅草見附

御茶ノ水から朝散歩で到達。

2015年01月09日 野呂利左衛門督休三
浅草見附

奥州街道の江戸城外堀の出入口。浅草までの奥州街道の前身は鎌倉街道下道で、浅草見附すぐ北の銀杏岡八幡や鳥越神社には源頼義・義家父子の伝説が残っていました。
また浅草見附の北岸には越前松平家の藩邸がありました。

浅草見附の周辺スポット情報

 郡代屋敷跡(碑・説明板)

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