人吉城(ひとよしじょう)

人吉城の基本情報

通称・別名

繊月城、三日月城

所在地

熊本県人吉市麓町

旧国名

肥後国

分類・構造

梯郭式平山城

天守構造

築城主

相良長頼

築城年

元久年間(1204〜1206)

主な改修者

相良義陽、相良頼寛

主な城主

相良氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

石垣、土塁

指定文化財

国史跡(人吉城跡)

再建造物

櫓、塀、石碑、説明板

周辺の城

赤池城(熊本県人吉市)[2.9km]
渡利城(熊本県球磨郡)[5.8km]
鍋城(熊本県球磨郡)[17.7km]
加久藤城(宮崎県えびの市)[17.9km]
高尾城(熊本県葦北郡)[18.1km]

人吉城の解説文

人吉城(ひとよしじょう)は熊本県人吉市麓町にある日本の城(平山城跡)。相良氏が鎌倉時代に地頭として人吉荘に赴任して以来35代670年の長きにわたり在城し、江戸時代には人吉藩の藩庁であった。国の史跡に指定されている。

概要
人吉城は市内中央部を流れる球磨川の南側に位置し、球磨川とその支流胸川の合流点の山に築かれており、北側と西側は球磨川と胸川を天然の堀とし、東側と南側は山の斜面と崖を天然の城壁として、巧みに自然を利用している。球磨川沿いに三の丸を配し、その南に二の丸、さらに丘陵上に本丸が配されている、梯郭式の平山城である。本丸には天守は築かれず護摩堂があったといわれる。

幕末に築かれた御館の石垣の一部には、ヨーロッパの築城技術である槹出工法(はねだしこうほう)を応用した「武者返し」と呼ばれる独特の石垣がある。この武者返しは城壁最上部に平らな石がやや突き出して積んであり、ねずみ返しのように城壁越えを阻止すると共に、割合簡単に落下させられるようになっており、城壁に張り付いた敵への攻撃にも使えるようにしている。この城壁は日本の城では他に函館の五稜郭と鶴岡城にしかない(城以外も含めればお台場にも見られる)珍しいもので、いずれも人吉城の石垣程の規模ではない。

現在の城跡は「人吉城公園」として整備され櫓や塀が復元されている。また、城址の西側には人吉市役所、相良護国神社がある。

歴史・沿革
鎌倉時代
源頼朝に仕えた遠江国相良荘国人の相良長頼は元久2年(1205年)肥後国人吉荘の地頭に任ぜられた。この地は平頼盛の家臣の矢瀬主馬佑が城を構え支配する所であった。主馬佑は長頼に反抗したため、鵜狩りと称して主馬佑を誘き寄せ謀殺した。これを悲しんだ主馬佑の母・津賀は恨みをもって自害し、亡霊となって祟ったという。後に三の丸には鎮魂の為に「お津賀の社」が建立された(現在は残っていない)。

長頼は主馬佑の城を拡張し人吉城の基礎を造った。築城の際、三日月型の模様の入った石が出土した。このため、この城の別名を「繊月城」「三日月城」とも言う。

戦国時代・安土桃山時代
戦国時代になると相良氏は球磨地方を統一する。しかし、家督問題で内訌が生じた後の大永6年(1526年)7月14日、日向真幸院を治める北原氏が率いた大軍(一向宗を率いていたともいわれる)により人吉城は包囲される。相良義滋は策を用いて北原氏を追い返し事なきを得たが、これが相良氏入城後の人吉城が他家に攻められた唯一の出来事となった。

その後、19代当主の相良義陽によって天正年間(1573年 - 1593年)より城の大改修が始められた。途中に度々改修の中断があり、22代頼寛の寛永16年(1639年)漸く近代城郭に生まれ変わった。

戦国時代の相良氏は南の島津氏や北原氏、北の名和氏や大友氏などに絶えず脅かされよく耐えていたが天正9年(1581年)に島津氏に降伏し臣従する。その後、義陽の子・相良頼房は天正15年(1587年)羽柴秀吉の九州征伐の際に奮戦するもこれに降伏、家臣・深水長智の交渉により再び独立領主として人吉城と領地を安堵された。...

人吉城の口コミ情報

大塩東郷平八郎隼人正鼎衛門様[2017年05月15日]
時間がなかったのでざっくり見ましたが、城は綺麗に手入れが行き届いていて見やすかったです。桜がまだ咲き始めの頃に行きましたが石垣と水路の水面に桜が映えて大変綺麗でした。どうして桜って「和」のものにこんなに似合うのでしょうか(笑)

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年05月08日]
駐車場あり。

石垣その他遺構あり。

石垣には返しみたいな石がてっぺんについてて特徴ありますね。
川も印象的な城です。

かおりん様[2014年11月08日]
⬇資料館のことです!あと物産館に併設された足湯が気持ちよい♪隣の酒屋では相良藩の家紋入りのおちょこ買いました。

かおりん様[2014年11月08日]
平成25年に行ったときロッカーとかないので困ったけど受付で預かってもらえました~。地下は一言断って専用のドアから階段で下りるけど怖かった…館内の方がちゃんと説明してくれますけど。

柳生兵庫助如雲斎様[2014年11月08日]
平成9年に見つかった謎の地下室は必見です。

若旦那様[2013年08月31日]
人吉温泉は150ぐらいで入浴できる銭湯が多数あります。時間があるかたは是非ともお立ち寄り下さい。

ぷわ様[2012年12月16日]
球磨川沿いに資料館があります。相良氏の屋敷跡に建てられたものです。
結構見応えありますよ。

June02様[2011年01月04日]
城内は、公園として整備され、また、復元された櫓、塀及び遺構である石垣等、それぞれに説明プレートが有り、時間を忘れ、散策が楽しかったです。
掲載写真は、堀合門(復元)と『武者かえし』の石垣です。
石塔には、『史蹟人吉城趾』と彫られ、堀合門は、2度の大火と西南戦争を乗り越えた人吉城唯一の建造物は、移築?され武家蔵【土手町・大手門より徒歩西に10分】に現存。『武者かえし』は、2度目の大火で長櫓を焼失、復旧せずに石垣の高さを増し、頂部に平石を設置したそうです。
また、来訪したいと思います。

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