虎城山城(こじょうやまじょう)

虎城山城の基本情報

通称・別名

古城山城、上野山城

所在地

和歌山県東牟婁郡串本町古座

旧国名

紀伊国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

高河原貞盛

築城年

天正9年(1581)

主な改修者

高河原氏

主な城主

高河原(高川原)氏

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

曲輪、石垣、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

町史跡(古城山)

再建造物

説明板

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虎城山城の解説文

虎城山城(こじょうやまじょう)は、紀伊国(現・和歌山県東牟婁郡串本町古座)にあった日本の城。別名は古座浦城

概要
1581年(天正9年)、高河原貞盛が虎城山に築城した。

貞盛の子家盛が創建したと言われる青原寺の裏山に当たり、寺を建てる際に城の一部を用いたとされる。1600年(慶長5年)の関ヶ原の戦いで家盛が西軍に属したため、改易となり、城も廃城となったが家盛の子孫が城跡に代々住居を構えていたという。

城は山城で、土塁がわずかに残っている。

虎城山城の口コミ情報

2020年09月23日 愛甲小匠守南天大彗星
虎城山城



主郭部と北側に続く尾根を穿つ堀切が残っていますが、曲輪は相当にヤブが深いです。
まずは山の中腹にある青源寺を目指して、住宅地の間を抜けて斜面に設えられた階段を登ります。寺の右側に山道が登っているので、行くと祠のある平場に出ます。ここは既に主郭の直下で、往時はここに滞留した寄せ手を上から攻撃したのでしょう。左に伸びる切岸の下を斜上する道を登り切ると主郭部で、右側の奥に石碑があります。
堀切は左に進んでどん詰まりの切岸を降ります。

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