京城(みやこじょう)

京城の基本情報

通称・別名

大里城

所在地

三重県南牟婁郡紀宝町大里字倉本

旧国名

紀伊国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

堀内氏善

築城年

天正16年(1588)

主な改修者

主な城主

堀内氏

廃城年

遺構

曲輪、堀切、石垣

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

新宮城(和歌山県新宮市)[6.0km]
堀内新宮城(和歌山県新宮市)[6.4km]
赤木城(三重県熊野市)[12.8km]
鬼ヶ城(三重県熊野市)[16.8km]
下里城(和歌山県東牟婁郡)[22.8km]

京城の口コミ情報

若狭守次郎吉様[2016年05月09日]
2016年5月に登城しました。蚊と籔がすごかったですが、所々にある石垣や堀切がありました。また、しっかりと残っているの土橋も確認できました。
ただ、先人が仰っているように登城口や道筋が分かりずらいですし、粘土質の土と苔で足元が滑りやすいので慎重に主郭まで行くことをおすすめします。
もう少し整備してくれたら、もっと良い城跡になると感じました。

大膳大夫あさよし様[2016年05月03日]
きこりんさんの口コミ大いに役に立ちました。黄色い小さい看板。本当に小さい。2往復してやっと見つけましたが、とても行けそうに無い藪とこれ道?って感じの小道でした。諦めてまた冬にでもチャレンジします。

石見守きこりん様[2016年04月11日]
素晴らしい堀切や、探せば色んなところに見つかる石積など、見どころは多いのですが、登城路がわかりにくいのが難点です。私も道がわからず、強引に藪漕ぎして尾根にたどり着いて、帰りに道を見つけた次第でした。
麓の集落にある説明板の所から登っていくと、石仏や塔が並ぶ東泉寺跡の平場に着きます。そこから墓地へと登っていくコンクリ舗装の急勾配の歩道の途中、左手斜面に「京城跡」と書かれた黄色い小さな札と、踏み跡があります。途中、倒木で歩きにくいところもありますが、途切れることなく続いています。
車で行く場合に駐車場はありませんが、集落にある橋のたもと、コミュニティバスのバス停の向いに、車を置けるスペースがあります。

北川幸人様[2013年03月16日]
京城跡
所在地 紀宝町大里羽山
現状 大里と井内の境にあり東西約450mにおよぶ縄張りがある。熊野地方では鬼ヶ城跡に次ぐ規模の城跡である。別名 要害山 ともいう。
説明 天正16年(1588年) 豊臣秀吉の検地に反対した北山方面の住民が起こした一揆を後の津城主藤堂佐渡守が北山 入鹿 尾呂志一帯を掃討した。のち大和 北山への本街道であったこの地にへ新宮城主堀内安房守が築城したとされている。本丸跡は30m四方あり、わずかの石垣と北側尾根2ヶ所に堀切が残っている。本丸の東南下に東泉寺跡があり、そこも館の一部であったろう室町中期と見られる宝篋印塔4基とヒメ様とよばれる小さな地蔵がある。いずれも地方史研究には価値のある遺跡である。
紀宝町教育委員会
県道沿いにあった看板(投稿写真)の全文

ポリタンク大和守様[2012年07月02日]
北の堀切は岩を断ち切ったもので、付近の西斜面に登り石垣があります。

現地で想像した見学ルートは、お墓付近の西にある小さな表札から入って、平面部を横断して北東奥まで、そこから北に向いて北の堀切に至る、という感じでした。

藪がきついので、規模の割には気合いはいります。

三河守コーキしゃん様[2011年05月01日]
藪が酷くて主郭部までたどり着けませんでした

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