新宮城(しんぐうじょう)

新宮城の基本情報

通称・別名

丹鶴城、沖見城

所在地

和歌山県新宮市新宮

旧国名

紀伊国

分類・構造

平山城

天守構造

型式不明[3重5階/1633年築?/破却(廃城令)]

築城主

浅野忠吉

築城年

元和4年(1618)

主な改修者

水野重仲、水野重上

主な城主

浅野氏、水野氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

天守台、石垣、曲輪

指定文化財

国史跡(新宮城跡附水野家墓所)

再建造物

説明板

周辺の城

堀内新宮城(和歌山県新宮市)[0.7km]
京城(三重県南牟婁郡)[6.0km]
下里城(和歌山県東牟婁郡)[17.3km]
赤木城(三重県熊野市)[18.8km]
鬼ヶ城(三重県熊野市)[21.2km]

新宮城の解説文

新宮城(しんぐうじょう)は、和歌山県新宮市にあった日本の城である。別名は丹鶴城(たんかくじょう)。また、沖見城(おきみじょう)とも称された。城跡は「新宮城跡附水野家墓所」として国の史跡に指定されている(2003年〈平成15年〉8月27日指定)

概要
新宮城は、熊野川沿岸の田鶴原(たづはら)と呼ばれたあたりの小高い丘である丹鶴山(現在の和歌山県新宮市新宮字丹鶴)に築かれた平山城である。別名・丹鶴城は、もとこの地に、源為義と熊野別当の娘の子である丹鶴姫の住まいがあったことによる。ちなみに、「堀内新宮城」(別名・堀内屋敷)を築城した堀内氏以前に、熊野地方を統治した新宮氏の祖とされる新宮十郎行家(源頼朝の叔父)は、丹鶴の弟である。現在の地に築城したのは浅野忠吉であり、一国一城令により一度廃城した後、忠吉が再築城した新宮城には、大・小の天守や二ノ丸(水野氏時代には鐘ノ丸)などがあった。松ノ丸のある姿となったのは水野2代重良の頃である。

堀内氏時代の「堀内新宮城」(堀内屋敷)の城跡は、全龍寺の境内となり、寺の西側に水堀が残る。浅野・水野氏時代の「新宮城」の城跡には、打込み接ぎ(うちこみはぎ)や切込み接ぎ(きりこみはぎ)の石垣が残されている。1952年(昭和27年)には、新宮城本丸周辺は民有地となっており、当時旅館業を営んでいた業者が旅館「二の丸」入口(登坂〈とさか〉側登り口。本来の水野氏時代の二ノ丸は、現在の正明保育園の場所に位置する)と本丸を結ぶケーブルカーを運行していたが、ケーブルカーは1980年(昭和55年)に休止し、1990年代に正式廃線となっている。現状は、民有地時代のケーブルカー跡なども残るが、本丸のほか主な城域が公有地化されて丹鶴城公園となっており、「和歌山県朝日夕陽百選」にも選定されている。地下には紀勢本線のトンネルが通されている。また、東側の一部は天理教南海大教会の敷地の一部になっている。現在、新宮市では天守の再建も視野に入れた整備計画が進行中である。

歴史
もともと田鶴原と称されたこの地には、平安時代末に熊野三山を支配した熊野別当の別邸が建てられ、その後代々が居住したといわれる。源為義は、熊野別当の娘のもとに通い1女1男をもうけたが、その女子が丹鶴山および丹鶴城の別名の由来となった丹鶴姫である。丹鶴はのちに熊野別当第19 代となる行範(ぎょうはん)に嫁ぎ、行範が死去すると剃髪して鳥居禅尼と名乗り、1130年(大治5年)、丹鶴山に夫の菩提を弔う東仙寺を建立した。

安土桃山時代
;堀内氏
堀内氏の「堀内新宮城」(堀内屋敷)は、天正年間(1573-1593年)に熊野地方を統治した堀内安房守氏善が構えた平城であり、その城跡は、新宮市千穂にある全龍寺(新宮城主・水野重仲〈重央〉の菩提寺)に位置し、西側に水堀の一部が認められる。この堀内氏の居城は、堀内氏が関ヶ原の戦いで西軍方についたため、東軍(徳川)方に寝返った桑山一晴により攻略された。ちなみに、全龍寺の近くにつけられた「取出町」という地名は、氏善の砦があったことによるといわれる。

;浅野氏
代わって1601年(慶長6年)、紀州藩主となった浅野幸長の重臣・浅野忠吉が築城を開始し、丹鶴山にあった東仙寺および香林寺(崗輪寺〈堀内氏時代以前〉、熊野速玉大社の神宮寺。現・宗応寺)を移転させ、翌1602年(慶長7年)に城を築いた。

江戸時代
1615年(元和元年)、一国一城令により廃城となる。その後、1618年(元和4年)に再び築城が認められると、浅野忠吉は熊野川沿岸の新宮城の再築に着手した。

;水野氏...

新宮城の口コミ情報

織田左兵衛督晃司1202晴天様[2017年11月06日]
石畳の坂道を上がると駐車場があり、本丸まで数分でたどり着きます。

崩落の危険があるからか、台風のせいなのか、いたる所に立入禁止の虎ロープが張ってありました。

個人的に「これは!」と思ったのは天守台入口に石段が2つ有ることでした。「何故に?」と考えてしまう…

新宮の近くには那智勝浦町の那智の滝。
紀宝町の道の駅にはウミガメが泳いでます。
少し距離がありますが串本町の橋杭岩。本州最南端の潮岬が主な観光地としてあります。

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年10月09日]
駐車場スペースはありました。
トイレは本丸にあり。
24時間入れる公園タイプの石垣の城跡です。

近くに徐福公園とか新宮駅があり良いです。

グルメはマジックピエロと言うクレープ屋さんの熊野牛デラックスバーガーが完成度高くて良いハンバーガーです。

また、ホテルニューパレスの二階のフランス料理和食居酒屋もフランス料理が数百円の安い料理あり旨くていいです。

何処の店行っても日本酒は太平洋が置いてあります。

和食割烹きのしたも鯨やイルカの刺身、ヒラメやその他魚刺身、鯨の内蔵料理、鮪の胃の料理とか普段食べれない料理が安くて美味しくて良かったです。

ホテルニューパレスは駐車場沢山あり、城攻め宿泊にお勧めです。

まるき〜淡路守様[2017年04月08日]
続百名城に選ばれた新宮城!イイね〜

桜咲くシーズン中
夜桜鑑賞用に提灯の点灯が行われています
期間 平成29年4月24日まで
時間 午後6時0分〜11時00分まで

去年ここに来た時にあるスジから聞いた情報なのですが…新宮城にも資料に基づいた櫓を再建する計画があるとかないとか…

ま、何かと問題があるかと思いますが早く再建出来れば良いですね(=゚ω゚)ノ

大膳大夫あさよし様[2016年05月03日]
2回目の訪城。1年半ぶりのようです。前回、駐車場情報を書き込んだのですが、城南の一方通行が両方向通行できるように変わっておりました。念のため書き込んでおきます。前回、ぐるぐる回ったのが懐かしい(^^;;

ソバッソ店長様[2015年12月27日]
ここの歴史は全く知らず、登城した感想などを。

鬼ヶ城から赤木城に行こうと海沿いを走ると、Googleマップに河川の流れが見え、もしや?と思い城めぐを開き発見、同乗していたシャクレを説得し30分で到着。

新宮川を越えてみると、なんとキレイな総構え城郭の街並みになっているじゃないすか。
大手門から少しそれた無料駐車場に駐車、そこから後世に作られたと思われる階段にて本丸目掛けて登城。

登りきると、櫓かなーってな石垣群が出現。孕んだり隙間が開いたり時間を感じます。枡形構造が連続しており、守りの堅さが見てとれます。

おススメは水の手口!
搦め手に先の河川が流れており、どうやらそこから運搬やらなんやらが出来るように、船着場の石垣そして建物があったであろう平坦地がどーんと出迎えてくれます。
説明板によると、炭を保管する所だったと。この地方の商いやったみたいっす。

嫌々行ったシャクレがご満悦だったので、相当見応えあります!
あと、城郭に線路が貫いてます。マジビックリしました!フォトをアップしておきますね〜(近日中)

大膳大夫あさよし様[2014年11月23日]
城跡公園の南側の道路は一方通行。北西から侵入し、白鶴公園という大きめの看板のきつめの上り坂を侵入すると駐車場がありました。

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