洲本城(すもとじょう)

洲本城の基本情報

通称・別名

三熊城

所在地

兵庫県洲本市小路谷1272-1

旧国名

淡路国

分類・構造

山城、平城

天守構造

連結式[階層不明/1587年頃築/破却?]、独立式層塔型[4重4階/1928年築/RC造模擬]

築城主

安宅治興

築城年

室町時代後期

主な改修者

脇坂氏(山城)、蜂須賀氏(平城)

主な城主

安宅氏、仙石氏、脇坂氏、藤堂氏、池田氏、蜂須賀氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣、天守台、堀

指定文化財

国史跡(洲本城跡)

再建造物

模擬天守

周辺の城

白巣城(兵庫県洲本市)[8.4km]
養宜館(兵庫県南あわじ市)[10.6km]
池ノ前台場(和歌山県和歌山市)[10.9km]
郡家城(兵庫県淡路市)[14.0km]
木本城(和歌山県和歌山市)[22.0km]
中野城(和歌山県和歌山市)[23.6km]
淡輪城(大阪府泉南郡)[25.1km]
雑賀崎城(和歌山県和歌山市)[27.5km]
和歌山城(和歌山県和歌山市)[27.6km]
中津城(和歌山県和歌山市)[27.7km]

日本100名城・続日本100名城スタンプ情報

番号・名称

(続)164 洲本城

設置場所

洲本市立淡路文化史料館[地図

洲本城の解説文



洲本城(すもとじょう)は、淡路国津名郡洲本[1](兵庫県洲本市小路谷)にあった日本の城。別名三熊城。国の史跡に指定されている。

沿革 

1526年(大永6年)、三好氏の重臣・安宅治興が築城した。治興の後は養子安宅冬康(三好長慶弟)、冬康死後は長男信康、二男清康へ受け継がれ[2]、1581年(天正9年)の淡路討伐の際、総大将羽柴秀吉に降り、城は仙石秀久に与えられた。その後、1585年に秀久は讃岐国に転封となり、代わって同年10月に脇坂安治が城主となり、城の大改修を行った。現在遺構として残る大部分が築かれた。この時、天守が造営されるとともに、石垣の大改修の際、倭城での経験から「登り石垣」が築かれた。

江戸時代になり、姫路城主池田輝政の三男忠雄が領主になった際に廃城となり、まず岩屋城、次に由良成山城に居城する。これは関ヶ原の戦い以降も、豊臣方大名の動きを牽制するために、徳川家と縁戚関係にある池田氏(忠雄の正室は徳川家康の孫)に播磨灘と大坂湾一帯を防衛させるためとされる。

大坂夏の陣の後、徳島藩の蜂須賀氏の所領となり、筆頭家老の稲田氏一族が由良城代となるが、交通の便が悪いなどの理由から1631年から1635年にかけて由良城を廃して洲本城に再び本拠を移した。この移転は城下町ごとの大移転であったため俗に「由良引け(ゆらびけ)」と呼ばれている。 現在は曲輪、池、石段、石垣、櫓跡などが残る。天守台からの眺望「大浜を大観」と三熊山東側展望台からの「マリーナを展望」は洲本八景の1、2に選ばれている。

現在ある模擬天守は、1928年(昭和3年)に御大典(昭和天皇の即位式)を記念して、鉄筋コンクリート製で築造されたもので、江戸時代の天守を復元したものではないが模擬天守としては日本最古のもので、展望台に特化した建物である。

「由良引け」以降に築かれ、明治まで続いた「下の城」とは史跡としては全く別の時代のものと考えられ、「上の城」と分類されている。

上の城は1999年(平成11年)1月14日、国の史跡に指定され、下の城も洲本市の史跡に指定されている。 下の城の跡地にはかつての洲本城(上の城)に関する資料を展示する洲本市立淡路文化史料館などがある。

上下の城を繋ぐことで防御力を高めた「登り石垣」という全国でも数例しかない珍しい遺構が良好な状態で保存されていることが評価され、2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城に選定された。(164番)

石垣のライトアップや周辺の樹木の伐採を行うなど整備が行われている。2011年(平成23年)3月はじめに模擬天守の壁面にひび割れが見つかり、補修工事を行うことになったため模擬天守への立ち入りは禁止されていたが[3][4]、2013年3月から本格的に改修工事が行われ、9月までに屋根瓦の吹き替えと耐震補強工事が完了した[5][6]。改修後の模擬天守は展望台の機能は失われている。

所在地 

  • 城郭遺構地域面積 - 278,459.9 m²
  • 所在地
    • 山上 - 〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷(三熊山)
    • 山下 - 〒656-0024 兵庫県洲本市山手一丁目

本丸内 

洲本城跡には昭和初期から売店が複数あったが、最後の茶屋だった「天守茶屋」も2018年夏に閉店した[7]。「天守茶屋」の経営者の親族が洲本市に建物を無償譲渡し、市によって休憩所として整備され、2022年3月に開店した[8]。洲本市では民間事業者に運営を委託するため公募し、2023年3月18日からFC.AWJによる運営で「HANARE」として原則として土日のみ営業している[9]

現存建物 

下の城の迎賓館として建てられた金天閣が、明治初めには、淡路高等女学校(現在の兵庫県立洲本高等学校)に移築されて作法室として使用され、その後洲本八幡神社境内に移築されている。(兵庫県指定文化財建造物 )

交通アクセス 

  • 高速バス・洲本バスセンター行き終点下車、徒歩約60分(上の城)、徒歩約20分(下の城)
  • 洲本バスセンターから淡路交通・由良線 「由良福祉センター」行き路線バスで「公園前」下車(下の城)、徒歩約40分(上の城)

周辺 

  • 洲本市立淡路文化史料館(城郭内)
  • 神戸地方裁判所洲本支部(城郭内)
  • 神戸家庭裁判所洲本支部(城郭内)
  • 洲本簡易裁判所(城郭内)
  • 洲本区検察庁(城郭内)
    • 洲本拘置支所(城郭内)
  • 洲本警察署(隣接)
  • 洲本市立洲本幼稚園(隣接)
  • 洲本市立洲本第二小学校(隣接)
  • 大浜海岸(隣接)
  • 洲本八幡神社(隣接)
  • 洲本温泉街(隣接)

創作・フィクション 

  • 小説 『お登勢』
  • 映画 『北の零年』
  • 映画 『逆襲! 殺人拳』

洲本城の口コミ情報

2024年06月23日 八幡川淡路守猿猴
洲本城



模擬テンシュの先駆けとして注目される洲本城ですが、本丸の総石垣が立派な事に驚きました😲

2024年05月14日 RED副将軍
洲本城



登り石垣が見事な淡路統治の拠点🏯

続日本100名城

築城年代は不詳。諸説あるも1526年に三好氏重臣である安宅治興により築かれたと云われます。
安宅氏は、紀州熊野が出自であり淡路水軍を率いた淡路の国人衆です。1350年に足利二代将軍である足利義詮により沼島の海賊退治を命じられ、淡路島に土着。淡路国守護の細川氏の家臣として勢力を拡大しました。
1519年に細川尚春が三好之長に討たれると、安宅氏は三好氏に従います。淡路各地に安宅八家衆の城を築いたとされ、そのひとつが洲本城です。
1549年、養子に迎えた三好長慶の弟である安宅冬康が承継し、長男の安宅信康、次男の安宅清康と続きましたが、1581年に織田信長による淡路征伐において羽柴秀吉に降伏。
1582年には羽柴秀吉家臣の仙石秀久が入城。
しかし1585年に仙石秀久は九州征伐にて軍律違反を犯したため高野山へ追放となり、代わって脇坂安治が入城。この頃に天守や登り石垣が造営される大改修が行われました。
関ヶ原の戦いにおいては、脇坂氏は当初西軍として参加するも東軍に寝返り、徳川家康より本領安堵。
1609年に脇坂氏が転封となると洲本城は藤堂高虎の属城となり城代が置かれました。
1610年、徳川家康の娘婿である池田輝政が淡路一国を拝領。池田輝政は豊臣方の大坂城を監視するために絵島ヶ岡に岩屋城と由良城を新たに築き、洲本城を使用しませんでした。池田輝政の三男である池田忠雄が由良城に入り淡路を統治しました。
1615年、大坂の陣の功として淡路一国を蜂須賀至鎮が領有。交通の便が悪いことから由良城から洲本城に淡路統治の拠点を移します。蜂須賀氏重臣の稲田氏が城代として洲本城に入城。明治まで続きました。

見所
標高132mの三熊山に築かれた上の城と、北麓に築かれた下の城で構成されています。
上の城は、本丸を中心に東西に長い山上に総石垣の城郭が築かれています。
本丸は高石垣上にあり西と南に虎口が開口。北西に天守台があります。
本丸の東には東の丸があり、東端に武者溜まりを配置。特に東一ノ門は見応えがあります。
本丸の西側は尾根を経て西の丸へと続きます。
最大の見所は、麓の下の城と連結する東西に残る登り石垣であり、急斜面に大規模な中世の登り石垣が残存しています。
1928年に昭和天皇御大典記念として 鉄筋コンクリート製の模擬天守が建てられており、模擬天守としては国内最古のものです。
下の城は淡路文化資料館、神戸地方検察庁などとなり、堀は埋められ遺構はほぼ消失しています。

国史跡に指定されており、山上に無料駐車場も完備しています。

2024年03月21日 雪柳
洲本城



現在、一部登城路が石垣改修のため通行止めです。車の方は問題なしです。思っていたより、かなり広い城郭。石垣もよく残っています。

2023年12月10日 内蔵助ジョンジョン子
洲本城



登り石垣が見どころのようです。
2023年12月現在、石垣の解体作業中。
なので、石垣の中とか、外した石垣の石とか見られるので、お好きな方はぜひ!

2023年11月29日 宇治ひろの勘解由長官ふくやん
洲本城



思った以上の石垣量。これだけ残っているのは素晴らしいと思います。登れない天守は御愛嬌。崩落の危険性がある石垣は絶賛改修工事中で立ち入り禁止区域も多いですが、これは仕方なし。キレイで自然な形に復元してもらいたいです。本丸などから見える海の景色も素晴らしいですよ。

2023年10月09日 crea式部卿
洲本城



浜辺の公園に車を止めて下から登城しました。思ったより急坂でしたが、30分位で本丸に到着。眺めが良く、気持ち良い風もあり達成感がありました。帰りは、裏側から下山しシカさんをがお見送りしてくれました。

2023年07月16日 馬権大納言ギーニョ
洲本城



下から見たら、結構小高い山の上やなぁと思いながら歩いてると、歩くルートの看板が設置されてある。真ん中の遊歩道が650mと書いてあり迷わず選択。しかし、やけに険しく急勾配。冷静に考えれば高さが同じで距離が短いということは傾斜が急なのは至極当然と途中で気づいてしまったが後の祭り。30度越えの気温のダブルパンチで、入城時にはヘロヘロに😅でも天は我を見捨てず。帰りに喉を潤すため、ガリガリくんを買ったら、人生初めての当たり🎯頑張って良かった(笑)

2023年05月27日 オルガン大宰少弐小僧
洲本城



模擬天守がしょぼいという事で後回しにしていた洲本城ですが何の何の中々の大城郭。車で天守の近くまで登れるけど下から登っていっても十分楽しめそうでした

2023年04月03日 十文字陸奥守鷹虎
洲本城



三熊山ドライブウェイで、大手門近くまで車でいけます。駐車場(無料)、馬屋にも停めれます。

石垣と桜のコラボが見事でした。

模擬天守は、以前は中へ入れたそうですが、
勝手に住みついた人がいたそうで、現在は入れなくなってました。お殿様気分だったのかな?笑

2023年03月17日 宇都宮和泉守広綱
洲本城



3月20日まで西の丸方面が石垣修復のため通行止めですので、夢海遊側から登城する方はお気をつけを。八王子神社への道ならば登城可能です。ただ勾配がきついきつい、運動不足のかたは要注意です(^ー^)

天守からの眺望は最高です。眼下の洲本市内やはるか先に見える和歌山、東の丸の巨石、登り石垣は感動します。ただ整備が今一つですので、これからかなと

2023年03月13日 生駒讃岐守江現蔵
由良城[洲本城  周辺城郭]



由良城は洲本市の南、由良町由良港の沖に浮かぶ成ヶ島の北端にある、標高49mの成山にあります。1613年に池田忠雄によって築かれました。

江戸時代末期には由良城の石垣が成ヶ島の南端に築かれた高崎台場に転用されています。今回、高崎台場への道は通行止めになっていました。

明治維新後は由良要塞の一部として砲台が築かれ、現在は山頂部が公園になり整備されて、周辺には砲台跡がたくさん残っていました。

3月の暖かな城攻め日和の午後、阿波と土佐の城友さんと訪城。淡路島に隣接する無人島があったなんて、今回初めて知りました。船で行くのでワクワクです。

由良城の遺構ははっきり分からず想像になりますが、明治の遺構である成山砲台もあり、島の散策は楽しめました。

成ヶ島へは、成ヶ島渡船があり、わずか1分ほどで渡ることができ、無料の駐車場もあります。
帰りの渡し船は16時までに電話して迎えにきてもらいます。

島は細長く、リア攻めマップにある六本松台場にも行くなら、時間に余裕を持って行きましょう。

2023年01月23日 坂の上の蜘蛛
洲本城



天守はしょぼいですが、この城は野ずら積みの石垣が見事で、見応えがあります。高橋英樹さんのような、石垣マニアの城ファンにはおすすめです。

2022年11月13日 生駒讃岐守江現蔵
猪鼻城[洲本城  周辺城郭]



淡路島洲本市の猪鼻城は、築城年は不明ですが、城主は安宅志摩守冬俊と伝わり、広い主郭に供養塔があります。猪鼻集落の南背後に聳える標高319.9mの台山に築かれていて、かなり登らないと遺構が見れません。

頂上かな?という場所にたどり着いても、そこはなんちゃって遺構なので、さらに奥へ進み、ようやく主郭が現れます。虎口と土塁があり、遺構は少なめですが、達成感が味わえます。
11月の雨上がり、阿波の城友さん達と霧の中、2時間散策しました。

秋から冬は日没が早いので、17時には下山しましょう。なお、写真の石垣のように見える炭焼き釜は、昭和40年代まで使われていた後世の遺構で、猪鼻城には4つ以上あります。

2022年11月13日 生駒讃岐守江現蔵
炬口城[洲本城  周辺城郭]



炬口(たけのくち)城は、淡路島の中央東岸、大坂湾に面した炬口漁港西にある標高約96mの万歳山の頂上に位置しています。戦国時代に淡路水軍を率いた安宅氏が16世紀前半に築城したと伝わります。

城の構造は、南郭、中郭、北郭からなり、中郭は主郭の役目で、一段低くなっています。郭周辺は南北約80m、東西約50mで、四方は最大3mを越える土塁で囲われています。

小雨の中、阿波の城友さん達と登城、三好元長の4人の息子、三好長慶、三好実休、安宅冬康、十河 一存が炬口城で軍議を開いてたとの説もあり、当時に思いを馳せました。城淡路島を代表する城跡の一つで、1時間ぐらいで回れるので初心者さんにもオススメです。

2022年10月24日 第六天魔王 近江守 八咫烏
洲本城



天守近くまで車で行くこともでき、天守へは上がれなくなってましたが、本丸からの眺めとてもよかったです。タカかトンビもたくさん近くを飛んでて自然を感じられました。

2022年08月01日 尼崎城讃岐守一口城主
洲本城



[登山編]6月26日、洲本城下町を散策後に登城。登山道は何本かあるようでしたが私は旅館の横の<三熊山登山道>の石碑があるところから登っていきました。本丸に行く前に西の丸方面に寄り道して西の丸手前のビュースポットの残念石🪨を目指しました。残念石に辿り着き数歩奥に進み本丸方面を振り返ると海を背景に日本最古の模擬天守を望む素晴らしい景色が広がっていました。西の丸にも行って散策した後、引き返して本丸を目指しました。
本丸搦手虎口に到着した時、上を眺めると天守側と反対側の石垣の高さが異なっていました。戦で攻めいる場合、上を見上げて左右の石垣の高さが異なっていたら攻めにくいだろうと感じてしまいました。天守近くまで上がると洲本の街並みや紀淡海峡がよく見えました。
帰路は、往路と異なる登山道を進もうと思い、八王子神社、東の丸、武者溜りを散策しながら下って行きました。下山する道中<三熊山競馬場跡>という石碑がありました。今まで色んなお城を巡ってきましたが、城跡が寺社や学校として使われるパターンほ数多く見てきたのですが、競馬場🐴として使用されていた城跡を見るのは初めてでした。
最後に、続100名城関連の本を読んでで洲本城は色んな年代の石垣があることは分かっていたのですが、暑くて登っている最中は石垣の年代のことは完全に忘れていました🙀県内に住んでいるのでいつの日かちゃんと石垣を意識して再登城したいです。

2022年08月01日 尼崎城讃岐守一口城主
洲本城



[城下町編]6月26日、淡路島の善光寺の特別開帳のお参りの為に久しぶりに淡路島に上陸。お参り後にバスで洲本バスセンター🚌に向かい、まだ元気が残っていた為、登城してきました。
登城前に洲本城下町を散策してみました。厳島神社にお参りした際、絵馬の後方に洲本城が見えていたので撮影📷次に淡路文化史料館に向かいました。史料館前に<史跡洲本城跡>の石碑があったので石碑の上に洲本城が載るように調整して撮ってみました📷淡路文化史料館で洲本城の御城印(2種類)購入しました。史料館前のお登勢さんの像の説明書きを読んでみると、淡路島は現在は兵庫県ですが、江戸時代は阿波蜂須賀家の領国で筆頭家老の稲田氏が治めていたんだなと勉強になりました。幕末から明治にかけての変革期に蜂須賀家臣と稲田家臣間で「庚午事変」がおこったとありました。その処置により稲田家臣が淡路島から北海道日高地方の静内に移住を命ぜられたとあり、その事変による苦難の物語を題材にドラマや映画が製作されたのが分かりました。
城下町には、お登勢さんや狸の像があちらこちらに見られました。

2022年07月02日 毘沙門天摂津守
洲本城



城まではドライブウェイのようで、駐車場から本丸までは3分位で眺めもいいです。

2022年07月02日 ファニー
洲本城

山上にあります。景観が良いですよ。晴れた日は最高です。

2022年04月19日 583系丹波守きたぐに
洲本城



私は城に関心のない人を洲本城に案内するのに、まず文化資料館や裁判所、税務署前の堀と石垣に連れて行きます。このあたりは砂浜の近くで高さはほぼ海面と同じです。そうすると、そこから三熊山山頂の天守を見て、城域の広さと高低差に驚かれます。

次に登城路を上がっていくと、山の中なのに石垣が多く高いことに感動されます。そして、山頂に着き、間近で天守を見て、笑われます…。日本最古の模擬天守なんよとか、昭和3年に作られたんやからとかフォローはいれますが。

それでも、本丸から、神戸や和歌山を一望できる景色を見てまた感動されます。
洲本城のある淡路島は今は近畿地方の兵庫県ですが、江戸時代は徳島藩の領地でしたので、洲本城城代は徳島藩の家老が務めていましたし、淡路島には阿波おどりなど徳島の文化が根付いています。

攻略の際には、ぜひ、現地を訪れて、貴重な登り石垣や他の石垣、本丸からの景色に最古の模擬天守(笑)を堪能してみてください。城の麓には洲本温泉もありますので、宿泊されてもよろしいかと思います。

2022年02月28日 まるぺこ右兵衛督
洲本城



石垣は中々に良いです。天守閣も独特。天守閣からの眺めは絶景

2021年12月31日 つぼこ
洲本城



石垣が良い‼景色も良い‼リア攻めオススメ。でも強風の日はご注意ください。

2021年10月07日 どんぐり
洲本城



登ってみると天守にはハシゴが外れており入れず。
ただ天守まわりは、予想以上に本丸など広く、当時はすごい立派な城だったと思う。

2021年09月14日 パンジャブ
洲本城



天守閣があるのは嬉しいが個人的な趣味では本丸天守までの石垣や本丸石段などがとても良かったてす!また本丸天守からの瀬戸内海を見渡す展望は素晴らしいの一言です!

2021年03月27日 副将軍ナンバー【7】讃常美
洲本城

写真映えするスポットの多くは、午前から午後早いうちが順光になるので、そのタイミングでの登城がおすすめです。

2021年02月21日 刹那F精鋭渡島守【感謝】
洲本市立淡路文化史料館[洲本城  スタンプ]



スタンプは入り口近くにあります。御城印は2種類ありますが、ひとり各1枚までとなっています。入場料は大人500円です。


2021年02月12日 讃岐守貞子丸
洲本城

晴天の向こうに山の上に見える天守閣🏯を目指して車を進め城跡に着く。三熊山の頂上に築かれた洲本城を散策した。穴太積みの石垣を興味深く見ながら本丸への大石段を登るとやがて天守閣が見えて、水軍の城として築かれたというが 素晴らしい展望だった。見所満載の縄張りや石垣が戦国時代を思わせた!

2021年01月12日 歩律淡路守彦蔵馬楠
通町四丁目桝形跡の碑[洲本城  碑・説明板]



碑の在る内通りと現コモード56商店街は、洲本城城下町のメイン通り(通町)でした。が、コモードの在る外町と内通りの在る内町の間に外堀があり、メインの通りは土橋で繋がっていました。ただ、内町側には、石垣を組んだ桝形が在りました。通りが大きく食い違うのは、このためです。

写真三枚目
写真左から中央に「堀端筋」
堀端筋右に並行して外堀が在りました。
右側の建物は堀の在った辺り。

右に入る道が、内通り(内町側)。
分かりにくいですが真ん中辺りに、左に向かって入っていくアーケード「コモード56商店街」があります。(外町側)

2020年12月30日 太政大臣じじ
洲本城



三熊山ドライブウェイがあるので、天守の近くまで車でいけます。石垣などもなかなかの迫力ですが、模擬天守は衝撃的でした…昭和3年に立てられたもので、史料など参考にしたのかわかりませんが、竜宮城かと思うような残念なものでした。

でも武者走りにも登れるので、眺望はとても良いです。

2020年12月29日 歩律淡路守彦蔵馬楠
中堂城[洲本城  周辺城郭]



兵庫県指定遺跡940023
中堂城(なかんどうじょう)跡
船越氏の城と伝わる。

国道28号線、山添口堂交差点の東、初尾川と鮎屋(あいや)川の間の低地に在った。残念ながら、遺構はない。が、国道を少し西に進むと八丁地蔵が在る。南へ約500mのところに在る勝間城との間で絶えず戦っていたという。その戦死者を弔うためと言われる。「勝間は名の如く勝ち、中堂は負けて泣かん堂となった」と云われる。わらべ歌にもなっていたそうだ。

国道28号の工事でさっぱり破壊されてしまったものか。道路の下に埋まっているのだろうか。

八丁地蔵は、一枚板の石に六地蔵を彫る珍しい作りをしている。大小2つある。天文年間(1540頃)とある。

勝間に負けて滅んだと言う船越氏。山を越えて西へ約5km、庄田城の船越氏との関わりが気になるところです。

写真について
【八丁地蔵説明板】
掠れて見辛い
【跡地】
右の建物辺りが、城跡らしい。国道に合わせて盛ってある。
【勝間城から望む】
緑色の屋根、この右辺りが中堂城の位置
【八丁地蔵】
【八丁地蔵お堂】
【山添口堂】
この交差点東が跡地
国道28号
東進なら交差点右前
西進なら交差点左後

2020年12月29日 武蔵守マクシミリアン
洲本城



天守の下にある駐車場まで車で登れます。駐車場から石の階段を10分ほど登ると模擬天守に着きます。海岸から紀淡海峡、友ヶ島、紀伊半島の眺めが素晴らしい。

2020年12月12日 歩律淡路守彦蔵馬楠
益習館庭園[洲本城  関連施設]



洲本城城下町整備時の石切場でした。阿波徳島藩筆頭家老稲田氏の別荘ができ、後に学問所「益習館」になりました。【庚午事変】で建物は焼失しましたが、庭は残っています。

日本庭園の庭石としては日本最大級の大石が在ります。正面奥山頂に洲本城模擬天守が見えます。(写真)

2020年12月12日 歩律淡路守彦蔵馬楠
菅館[洲本城  周辺城郭]



淡路国十人衆 菅達長(かん みちなが)の館跡

菅原道真の菅原氏から、菅氏に。土豪だとも云われる。
家紋は天神様(菅原道真)と同じ“梅”
淡路には菅の名字が多く残る。

菅流水軍術を創始。達長の三男 権之佐により「菅流水軍要略」を代々伝える。淡路島南西部 志知城の野口(菅)氏とは同族らしい。

毛利(対織田)、長曽我部(対豊臣)、豊臣(対徳川)と、負ける側ばかりに着いた?関ケ原後に、藤堂高虎に侍大将として拾われる。が、大坂城の堀の埋め立てを拒否し、主君藤堂高虎と口論、切腹させられる。豊臣秀吉に強く恩を感じていたのか、惚れ込んでいたのか、心意気を感じる。

神戸淡路鳴門道 安乎バス停の南約200m。館跡直近のコンクリート舗装の道は車で行くのは要注意。坂がきつく、獣避けの柵が在ります。館跡に車で乗り込み、荒らすのも避けたいですね。館跡には、墓、お堂等在り、軽四等乗り入れた跡が見られますが、付近の方が必要で有れば仕方ないことでしょうね。車で行くなら、下のアスファルトの道に置いて行くのが良いかも。

三段の曲輪が在るようです。中段は、土塁が見られます。土塁の向こうは切り立っています。削ったもの(堀)だと思われます。上の段は、樹木で薄暗くなっていてその中に、お堂が在ります。更に上に、道が裏山に続きます。山頂には、見張り台が儲けられていたそうです。近く(南)に菅氏の菩提寺 真浄寺が在ります。

寺の奥、墓地に行く途中には、館に石垣が在ったのか?乱雑に積まれた石が在ります。話しを伺った訳ではないですが、何か(寺のお堂)の再利用した余りでは?と期待してしまいます。

写真について
四枚目
土塁の切ってある間から、堀の急斜面を見下ろす。
五枚目
土塁の切れ間。高さ1〜1.5m程
六枚目
真浄寺奥のお堂。
七枚目
真浄寺から上がって墓地に行く途中。積み上げられ放置された石。二山在る。
八枚目
真浄寺。

2020年07月24日 物集女丹波守りょう
洲本城



資料館で縄張りやアクセス方法を教えていただけ、地図も頂けます。私は車で大手門跡入って左側の駐車場に停めました。駐車場から模擬天守までは徒歩5分ちょいでした。特筆すべき登り石垣は、石垣崩れの恐れがあると言うことで見ることは叶いませんでした。封鎖されている道がちょこちょこあるようで登城される際はご注意下さい。
天守の復元度合いは置いても、縄張りと石垣の素晴らしさは絶品だと思います。

2020年05月04日 近江守Silvine
炬口城[洲本城  周辺城郭]



 炬口城は「たけのくち」と読み、洲本城と共に淡路水軍衆の安宅氏によって築かれたと言われています。安宅氏は後に三好長慶の弟が養子に入って安宅冬康を名乗り淡路水軍を統率しますが、その長慶により粛正される事となります。
 遺構は中央が低くなった三段の曲輪を1〜2mのしっかりした土塁で囲んでおり、東西に虎口が、南北の土塁の外側に堀切があります。西の虎口の南側には連続竪堀も見られ、淡路島の山城の中では遺構の残存度が高い城だと思います。
 城は洲本港から洲本川を挟んだ北の炬口港後背の標高96mの山頂にあります。登城口は炬口八幡神社の裏にあり、案内板から徒歩15分ほど。神社前に駐車も可能です。
 なお、麓の炬口1丁目にある淡路水産センターの裏には幕末に洲本城代が築かせた炬口台場があります。

2020年02月25日 参議うっちぃ
洲本城



徒歩だと かなり急な坂を登るので、飲み物がないときついです。ただ登山口付近には自販機とかないので、洲本のバスセンター付近で買っておいた方が良いです。写真は登山口です。

2019年08月14日 スネエモン右衛門督
洲本城

資料館は本日休館のため、スタンプは市役所4階にて押しました。

2019年05月02日 かわ右近衛少将ピン
駐車場(トイレあり)[洲本城  駐車場]



模擬天守に近いところにも駐車場があり、そちらに止めてます。

2019年05月02日 かわ右近衛少将ピン
駐車場[洲本城  駐車場]



15台くらいは駐車可能

2017年11月25日 まるき〜陸中守
洲本城

観光協会に問い合わせてみたら
洲本城ライトアップは日没から22:00までが天守とその周りの石垣を照らし
22:00以降は天守のみを未明まで照らし続けているようです

1年356日休み無く城下町に住む人が子供の頃から毎日電気は点いていたと証言するほど前から続いているようです。


2017年10月06日 ( *¯ ³¯)っ旦
洲本城

調査では隠れて目に見えない所にも石垣などが残っているのが確認されているようです。
ただ国定公園内にあるため、
木の枝の一本切るのにも許可がいるため、
逆に禍して荒れたようになってしまっているのが現状です。

木を伐採するとかなりの規模の石垣が出てきて、観光の目玉になるのは間違いない
と言うようなコメントが新聞にも出ていました。

2017年09月20日 織田上総介晃司
洲本城

大手門跡の手前に広い駐車場。馬屋に小さな駐車場があります。

駐車場から天守に行くまでの間の石垣(南の丸隅櫓跡や本丸大石段ほか)はかなりの見ごたえアリです。
歪んだり崩れた石垣などがさらに洲本城の歴史を感じさせます。

本丸に売店がありましたが営業してませんでした。もう営業してないかと…

天守は1928(S.3)年の模擬天守。以前は展望台として市内を一望できたが、現在は階段が外され登る事はできません。

登り石垣は全国的にも存在が少なく洲本城の特徴です。

麓の下の城には足湯があり、登城で疲れた足を癒せるのがありがたい。

洲本市は堀井雄二さんの出身地で2017年8月までドラゴンクエストの展示があったそうです。


2016年11月15日 征夷大将軍ひとりもん
洲本城

洲本城まつりの前後期間は上城の駐車場が利用できないとの事でした。
諦めて下城だけでもと思い淡路文化資料館へ。車を停め周囲を散策すると、うっかり三熊山登山口を見つけてしまう。
資料館へ戻り車を停めさせてもらえるか尋ねると快諾してくださったうえに、三熊山ガイドマップと洲本城跡パンフレットをいただけました。

2016年06月01日 まるき〜陸中守
洲本城

続き)そしてディープなエリア東二の門、東の丸の二段郭や高石垣はかなり草木が生い茂り薄暗く崩れた部分もあるが見れば満足出来る遺構、この辺りは整備が行き届いていないので石垣の崩落や崖への転落の危険があります、また足元も枯木がたくさん落ちていて蛇や虫が多いかと
ですが、この石垣の朽ちてる感じや崩れ具合、所々木々が顔を出し石垣と一体化、見方によってはジブリの世界の遺跡っぽく見えてきます。
正に朽ちて行く城!と言うイメージ…洲本城は麓にもありまして、下の城は洲本警察前にある石垣がそうです。現在石垣の中には税務署、検察庁、裁判所、文化資料館。無料の足湯等がある。上を見上げると洲本城天守が見えます洲本城のパンフは洲本港近くのバスターミナル内の観光センターで入手可←ココ重要
高速道路で淡路島を縦断するだけで『淡路守』の異名がゲットできますが…淡路に来たのなら是非洲本インターで降りて寄っていただきたい城跡だと思います。ま、個人的なオススメですけど…ここから由良方面に十数分の所にある生石公園には戦時中の大砲跡やレンガ造りの倉庫等旧軍事施設跡や見応えのある遺構が残っている。こちらもオススメです。

2016年06月01日 まるき〜陸中守
洲本城

洲本城 上の城
淡路島の城跡で他府県の100名城に負けないくらいの規模、石垣の凄さ、見応え、日本最古の模擬天守からの海の眺め、来て絶対に良かったと思えるかと思います。
三熊山頂にある可愛い模擬天守が目印で車で城趾の直近まで行けます
駐車場は無料で数十台、馬出しの手前にも何台か置けます、入城も無料!きれいなトイレもあり
駐車場から本丸まで徒歩4分となってますがゆっくり堪能して頂きたい。見所はたくさんあります、南の丸隅櫓跡〜大石段〜搦手口〜本丸虎口〜本丸天守まで明るく開けていて歩きやすくて、ただ漠然と歩いてるだけでも城の構造がわかりやすく本丸付近を囲む石垣だけでも十分見応えがあり。天守は日本最古の模擬天守で小ぶりながらも存在感があり山の麓からもその存在を確認できる洲本のシンボルとなっている
毎年行われる淡路島まつりの花火大会では大浜公園沖から打ち上げられる花火が天守の高さで炸裂、絶好の花火ポイントです。

2015年09月26日 コロ助
洲本城

洲本バスセンタ—から徒歩15分程で登山口、そこから10分で本丸。
訪問時は大分雨が降っていましたが、道がきちんと舗装されているので危ない点も無かったです。

訪れるまでは、天守風展望台のイメージしかなかったですが、高石垣や登り石垣など、見所は多いです。

生憎のお天気でしたが、天守台以外にも、東の丸の武者溜や西の丸に行く途中の残念石などからの眺望が良いです。

淡路文化資料館の近くに、無料の足湯があります。雨で少しぬるくなっていましたが、気持ち良かったです。

観光案内所で頂ける三熊山のガイドマップに、洲本城の写真と本丸周辺の見所図が載っています。


2012年10月04日 ポリタンク大和守
洲本城

登り石垣があることで有名ですが、東側は特に危険です。それなりの斜面であるだけでなく、いつ崩れてもおかしくない状態の箇所が点在しています。どうしても見たい場合は、最悪の事態を想定して臨んでください。

2011年08月08日 摂政M三郎
洲本城

洲本城は、三熊山上と北麓に史跡が残るが、両者は、別々の城なのだそうです。後者は、関ヶ原以降に阿波蜂須賀家が築き、家老の稲田氏が常駐した城で、不定形だが切込接の美しい石垣と堀が今も残ります。一方、山上は三好方の安宅氏が築き、豊臣配下の仙石氏、脇坂氏が四国攻めの拠点として修築した山城です。このため、様々な様式の石垣が残り、郭配置は極めて複雑です。南の大手口付近は、うねる登城路沿に古い野面積が残り、本丸付近は、重厚な打込接で、天守、小天守、多聞などの建物群が取り囲んでいたようです。石垣の宝庫です

洲本城の周辺スポット情報

 天守台(遺構・復元物)

 金天閣(遺構・復元物)

 西登り石垣(遺構・復元物)

 武者溜(遺構・復元物)

 東登り石垣(遺構・復元物)

 西の丸跡(遺構・復元物)

 大手門(遺構・復元物)

 日月の池(遺構・復元物)

 日月の井戸(遺構・復元物)

 東の丸(遺構・復元物)

 東二の門(遺構・復元物)

 東の丸高石垣(遺構・復元物)

 八王子木戸(遺構・復元物)

 本丸跡(遺構・復元物)

 追手門跡(遺構・復元物)

 腰曲輪跡(遺構・復元物)

 馬屋 (月見台)(遺構・復元物)

 本丸大石段(遺構・復元物)

 南之丸隅櫓(遺構・復元物)

 南の丸(遺構・復元物)

 本丸虎口(遺構・復元物)

 石垣(遺構・復元物)

 搦手門(遺構・復元物)

 武者走台(遺構・復元物)

 搦手口(遺構・復元物)

 高崎台場(遺構・復元物)

 東一の門(遺構・復元物)

 籾蔵(遺構・復元物)

 西門(遺構・復元物)

 通町四丁目桝形跡の碑(碑・説明板)

 史跡 洲本城跡(碑・説明板)

 炬口城(周辺城郭)

 炬口台場(周辺城郭)

 菅館(周辺城郭)

 中堂城(周辺城郭)

 生石台場(周辺城郭)

 霞台場(周辺城郭)

 猪鼻城(周辺城郭)

 由良城(周辺城郭)

 由良古城(周辺城郭)

 六本松台場(周辺城郭)

 畦田城(周辺城郭)

 河合城(周辺城郭)

 洲本八幡神社(寺社・史跡)

 護国神社(寺社・史跡)

 残念石(寺社・史跡)

 左海屋(寺社・史跡)

 徳島藩士長屋門(寺社・史跡)

 稲田家臣長屋門(寺社・史跡)

 淡路文化資料館(御城印)

 洲本市立淡路文化史料館(スタンプ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 駐車場(トイレあり)(駐車場)

 益習館庭園(関連施設)

 展望台(関連施設)

 天守閣(関連施設)

 三熊梅園(関連施設)

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