洲本城(すもとじょう)

洲本城の基本情報

通称・別名

三熊城

所在地

兵庫県洲本市小路谷1272-1

旧国名

淡路国

分類・構造

山城、平城

天守構造

連結式[階層不明/1587年頃築/破却?]、独立式層塔型[4重4階/1928年築/RC造模擬]

築城主

安宅治興

築城年

室町時代後期

主な改修者

脇坂氏(山城)、蜂須賀氏(平城)

主な城主

安宅氏、仙石氏、脇坂氏、藤堂氏、池田氏、蜂須賀氏

廃城年

明治4年(1871)

遺構

曲輪、石垣、天守台、堀

指定文化財

国史跡(洲本城跡)

再建造物

模擬天守

周辺の城

養宜館(兵庫県南あわじ市)[10.6km]
柳澤城(兵庫県淡路市)[13.6km]
叶堂城(兵庫県南あわじ市)[15.3km]
木本城(和歌山県和歌山市)[22.0km]
中野城(和歌山県和歌山市)[23.6km]

洲本城の解説文

洲本城(すもとじょう)は、淡路国津名郡、現在の兵庫県洲本市にある日本の城跡。別名三熊城。国の史跡に指定されている。

沿革
1526年(大永6年)、三好氏の重臣・安宅治興が築城した。治興の後は養子安宅冬康(三好長慶弟)、冬康死後は長男信康、二男清康へ受け継がれ、1581年(天正9年)の淡路討伐の際、総大将羽柴秀吉に降り、城は仙石秀久に与えられた。しかし、秀久は九州征伐の際に軍律違反を犯して高野山へ追放され、かわって脇坂安治が城主となり、天守が造営されるとともに、石垣の大改修の際、倭城での経験から「登り石垣」が築かれた。

江戸時代になり、姫路城主池田輝政の三男忠雄が領主になった際に廃城となり、まず岩屋城、次に由良成山城に居城する。これは関ヶ原の戦い以降も、豊臣方大名の動きを牽制するために、徳川家と縁戚関係にある池田氏(忠雄の正室は徳川家康の孫)に播磨灘と大坂湾一帯を防衛させるためとされる。

大坂夏の陣の後、徳島藩の蜂須賀氏の所領となり、筆頭家老の稲田氏一族が由良城代となるが、交通の便が悪いなどの理由から1631年から1635年にかけて由良城を廃して洲本城に再び本拠を移した。この移転は城下町ごとの大移転であったため俗に「由良引け(ゆらびけ)」と呼ばれている。 現在は曲輪、池、石段、石垣、櫓跡などが残る。天守台からの眺望「大浜を大観」と三熊山東側展望台からの「マリーナを展望」は洲本八景の1、2に選ばれている。

現在ある模擬天守は、1928年(昭和3年)に御大典(昭和天皇の即位式)を記念して、鉄筋コンクリート製で築造されたもので、江戸時代の天守を復元したものではないが模擬天守としては日本最古のものである。展望台に特化した建物で、天守台まで建物の一部となっている姿は特徴的である。

「由良引け」以降に築かれ、明治まで続いた「下の城」とは史跡としては全く別の時代のものと考えられ、「上の城」と分類されている。

上の城は1999年(平成11年)1月14日、国の史跡に指定され、下の城も洲本市の史跡に指定されている。 下の城の跡地にはかつての洲本城(上の城)に関する資料を展示する洲本市立淡路文化史料館などがある。

上下の城を繋ぐことで防御力を高めた「登り石垣」という全国でも数例しかない珍しい遺構が良好な状態で保存されていることが評価され、2017年(平成29年)4月6日、続日本100名城に選定された。(164番)

近年、石垣のライトアップや周辺の樹木の伐採を行うなど整備が行われている。2011年(平成23年)3月はじめに模擬天守の壁面にひび割れが見つかり、補修工事を行うことになったため模擬天守への立ち入りは禁止されていたが、2013年3月から本格的に改修工事が行われ、9月までに屋根瓦の吹き替えと耐震補強工事が完了した。改修後の模擬天守は展望台の機能は失われている。

概要
城郭遺構地域面積 - 278,459.9 m²...

洲本城の口コミ情報

まるき〜淡路守様[2017年11月25日]
観光協会に問い合わせてみたら
洲本城ライトアップは日没から22:00までが天守とその周りの石垣を照らし
22:00以降は天守のみを未明まで照らし続けているようです

1年356日休み無く城下町に住む人が子供の頃から毎日電気は点いていたと証言するほど前から続いているようです。

第1空挺団様[2017年10月06日]
調査では隠れて目に見えない所にも石垣などが残っているのが確認されているようです。
ただ国定公園内にあるため、
木の枝の一本切るのにも許可がいるため、
逆に禍して荒れたようになってしまっているのが現状です。

木を伐採するとかなりの規模の石垣が出てきて、観光の目玉になるのは間違いない
と言うようなコメントが新聞にも出ていました。

織田左兵衛督晃司様[2017年09月20日]
大手門跡の手前に広い駐車場。馬屋に小さな駐車場があります。

駐車場から天守に行くまでの間の石垣(南の丸隅櫓跡や本丸大石段ほか)はかなりの見ごたえアリです。
歪んだり崩れた石垣などがさらに洲本城の歴史を感じさせます。

本丸に売店がありましたが営業してませんでした。もう営業してないかと…

天守は1928(S.3)年の模擬天守。以前は展望台として市内を一望できたが、現在は階段が外され登る事はできません。

登り石垣は全国的にも存在が少なく洲本城の特徴です。

麓の下の城には足湯があり、登城で疲れた足を癒せるのがありがたい。

洲本市は堀井雄二さんの出身地で2017年8月までドラゴンクエストの展示があったそうです。

ひとりもんの副将軍様[2016年11月15日]
洲本城まつりの前後期間は上城の駐車場が利用できないとの事でした。
諦めて下城だけでもと思い淡路文化資料館へ。車を停め周囲を散策すると、うっかり三熊山登山口を見つけてしまう。
資料館へ戻り車を停めさせてもらえるか尋ねると快諾してくださったうえに、三熊山ガイドマップと洲本城跡パンフレットをいただけました。

まるき〜淡路守様[2016年06月01日]
続き)そしてディープなエリア東二の門、東の丸の二段郭や高石垣はかなり草木が生い茂り薄暗く崩れた部分もあるが見れば満足出来る遺構、この辺りは整備が行き届いていないので石垣の崩落や崖への転落の危険があります、また足元も枯木がたくさん落ちていて蛇や虫が多いかと
ですが、この石垣の朽ちてる感じや崩れ具合、所々木々が顔を出し石垣と一体化、見方によってはジブリの世界の遺跡っぽく見えてきます。
正に朽ちて行く城!と言うイメージ…洲本城は麓にもありまして、下の城は洲本警察前にある石垣がそうです。現在石垣の中には税務署、検察庁、裁判所、文化資料館。無料の足湯等がある。上を見上げると洲本城天守が見えます洲本城のパンフは洲本港近くのバスターミナル内の観光センターで入手可←ココ重要
高速道路で淡路島を縦断するだけで『淡路守』の異名がゲットできますが…淡路に来たのなら是非洲本インターで降りて寄っていただきたい城跡だと思います。ま、個人的なオススメですけど…ここから由良方面に十数分の所にある生石公園には戦時中の大砲跡やレンガ造りの倉庫等旧軍事施設跡や見応えのある遺構が残っている。こちらもオススメです。

まるき〜淡路守様[2016年06月01日]
洲本城 上の城
淡路島の城跡で他府県の100名城に負けないくらいの規模、石垣の凄さ、見応え、日本最古の模擬天守からの海の眺め、来て絶対に良かったと思えるかと思います。
三熊山頂にある可愛い模擬天守が目印で車で城趾の直近まで行けます
駐車場は無料で数十台、馬出しの手前にも何台か置けます、入城も無料!きれいなトイレもあり
駐車場から本丸まで徒歩4分となってますがゆっくり堪能して頂きたい。見所はたくさんあります、南の丸隅櫓跡〜大石段〜搦手口〜本丸虎口〜本丸天守まで明るく開けていて歩きやすくて、ただ漠然と歩いてるだけでも城の構造がわかりやすく本丸付近を囲む石垣だけでも十分見応えがあり。天守は日本最古の模擬天守で小ぶりながらも存在感があり山の麓からもその存在を確認できる洲本のシンボルとなっている
毎年行われる淡路島まつりの花火大会では大浜公園沖から打ち上げられる花火が天守の高さで炸裂、絶好の花火ポイントです。

コロ助様[2015年09月26日]
洲本バスセンタ—から徒歩15分程で登山口、そこから10分で本丸。
訪問時は大分雨が降っていましたが、道がきちんと舗装されているので危ない点も無かったです。

訪れるまでは、天守風展望台のイメージしかなかったですが、高石垣や登り石垣など、見所は多いです。

生憎のお天気でしたが、天守台以外にも、東の丸の武者溜や西の丸に行く途中の残念石などからの眺望が良いです。

淡路文化資料館の近くに、無料の足湯があります。雨で少しぬるくなっていましたが、気持ち良かったです。

観光案内所で頂ける三熊山のガイドマップに、洲本城の写真と本丸周辺の見所図が載っています。

ポリタンク大和守様[2012年10月04日]
登り石垣があることで有名ですが、東側は特に危険です。それなりの斜面であるだけでなく、いつ崩れてもおかしくない状態の箇所が点在しています。どうしても見たい場合は、最悪の事態を想定して臨んでください。

中納言M三郎様[2011年08月08日]
洲本城は、三熊山上と北麓に史跡が残るが、両者は、別々の城なのだそうです。後者は、関ヶ原以降に阿波蜂須賀家が築き、家老の稲田氏が常駐した城で、不定形だが切込接の美しい石垣と堀が今も残ります。一方、山上は三好方の安宅氏が築き、豊臣配下の仙石氏、脇坂氏が四国攻めの拠点として修築した山城です。このため、様々な様式の石垣が残り、郭配置は極めて複雑です。南の大手口付近は、うねる登城路沿に古い野面積が残り、本丸付近は、重厚な打込接で、天守、小天守、多聞などの建物群が取り囲んでいたようです。石垣の宝庫です

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