中津城(なかつじょう)

中津城の基本情報

通称・別名

所在地

和歌山県和歌山市中之島

旧国名

紀伊国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

雑賀孫市

築城年

天正5年(1577)

主な改修者

雑賀権太夫

主な城主

雑賀氏

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

和歌山城(和歌山県和歌山市)[1.8km]
太田城(和歌山県和歌山市)[1.9km]
秋月城(和歌山県和歌山市)[2.5km]
薗部城(和歌山県和歌山市)[2.7km]
湊御殿(和歌山県和歌山市)[3.2km]

中津城の解説文

中津城(なかつじょう)は、紀伊国(現、和歌山県和歌山市)にあった城である。

概要
1577年(天正5年)、織田信長の紀州征伐の際に要衝の弥勒寺山城を守るべく築城したとされる。
1585年(天正13年)、豊臣秀吉の紀州征伐の際にも前線となり、10万の大軍を迎え討って落城している。
城は平城で遺構はない。城の規模は現在のJR西日本紀勢本線紀和駅から駅南側の西覚寺まであったとされる。

中津城の口コミ情報

小夜月左衛門佐三葉様[2018年03月01日]
お城の説明は『和歌山城郭研究』12(2013年)に詳しく載っています。
中津城は信長の紀州攻め以降史料に現れず、廃城になったと思われます。安政2年の和歌山城下地図に中津城の堀跡と思われる「蓮池」が記されています。
鉄道敷設黎明期(明治後期)、紀和駅は当初東和歌山駅として和歌山の玄関口として発展しました。市電の敷設や周辺の工業化で開発が進み、城郭の名残は完全に消滅したと思われます。今はJR和歌山駅と南海和歌山市駅の中継駅として、寂しい状態ですが。
その過去の開発の中でも、西覚寺は瓦や石垣を練り込んだ立派な土壁に囲まれた大きな敷地を有していますので、城郭と何らかの関係があったと想像しながら散策すると楽しいです。
駐車場はないので、電車を利用した方が良いかも。最近整備された紀和駅直下の公園のトイレは綺麗でした。

雑賀孫一様[2012年12月28日]
人がいなくて城らしい影もなかった

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