木本城(きのもとじょう)

木本城の基本情報

通称・別名

木ノ本城、(城山遺跡)

所在地

和歌山県和歌山市木ノ本910

旧国名

紀伊国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

木本(湯浅)宗保

築城年

鎌倉時代後期

主な改修者

主な城主

木本氏、湯浅氏

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

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木本城の解説文

木本城(きもとじょう)は、紀伊国(現・和歌山県和歌山市)にあった城。

概要
築城時期は不明だが、湯浅宗重の孫宗保が築城し、木本氏を称したという。

城は山城だが、宅地造成が行われて原形は留めていない。2005年(平成17年)発行の和歌山市北部の地図には「城山」と記載され、和歌山県警察学校の南西に位置する。

木本城の口コミ情報

2020年10月08日 小野近江守湖青
深山第一砲台駐車場[木本城  駐車場]



前の口コミに追伸で。本スポットからの遊歩道は、深山第一砲台だけでなく男良谷砲台(深山第三砲台。ちなみに第二砲台は休暇村さんの敷地に遺っています。)、海軍由良水雷遺跡へも行けるので、第一砲台の展望台から駐車場へ引き返すのではなく、そのまま「海へ」という案内に導かれるままに進んで周回していくと充実したリアになりつつ気づけば駐車場に戻れます。写真の、導水路?のトンネルは海へ出ますが軌道跡?のトンネルは途中で崩落してるような埋められたような感じになっていました。海に突き出す突堤のような遺構も、海軍遺跡らしいのですが…。詳しい方にガイドされたい…。

2020年10月07日 小野近江守湖青
深山第一砲台駐車場[木本城  駐車場]



明治期に紀淡海峡防備の為順次設置されていった由良要塞のうち深山第一砲台見学に最寄の駐車場です。

某天空の城みたい、と有名な友ヶ島の遺構を見に行く前の前菜として寄らせていただきました…なつもりが…友ヶ島への船、「本日ハ天気晴朗ナレドモ波高シ」ということで欠航。この日リアできた由良要塞群は結局ココだけ、となりました。というわけで、友ヶ島に行けた方にもセットで、また40秒で支度できず等の理由で行けなかった方にもトゥエルにおすすめの遺構です。

※ラピュタリアされたことがある方へ、友ヶ島にスポット設置できるようになっています。ぜひぜひ、ご設置、ご投稿を~。

深山第一砲台跡近くの森林公園にはお城写真あるあるの猫城主やカモシカではなく何故か恐竜が棲息していました。そして森林公園駐車場からすぐの四国山展望台からは、人がゴミのよう…違います、深山砲台群や友ヶ島、遠く和歌山城までもが俯瞰できました。よろしければ。

2020年04月05日 天道加賀守早雲
城山遺跡説明板[木本城  碑・説明板]



現在は木本聖地霊園として整地開発(破壊?)された場所は、30年程前迄は地図上では「城山」と記載されていた小山があったようです。
城山(木本城跡)を発掘調査したさいの説明がされています。
平成30年(2019年)設置
説明板右上の写真にある礎石見たかったなぁ。

2018年03月06日 小夜月左衛門督三葉
木本城

現地は、大規模霊園が営まれてますので……駐車場はあります。お彼岸などの時期を避けて迷惑のない見学なら良いのかな?
バスは、76系統176系統の「警察学校口」
トイレはないです。
警察学校を挟んだ北東奥の山頂(160m)には、雑賀党が築き、織田軍が占拠・使用した長尾城があります。西の宮舞山を挟んで、獅子舞で有名な木本八幡宮が鎮座しています。木本氏はこちらが本拠かもしれません。

「城山遺跡現地説明会資料」(和歌山市教育委員会、同市文化体育振興事業団、1993)、
益田雅司「和歌山市城山遺跡(木本城)について」(『和歌山地方史研究』25.26、1994)、
同氏「城山遺跡の発掘」(『定本和歌山県の城』)、
北野隆亮「和歌山平野における円錐形鉛インゴットと鉛製鉄砲玉ー城山遺跡の「織豊系陣城」評価と出土遺物の検討」(『紀伊考古学研究』16)、
白石博則「木ノ本城跡」(『和歌山城郭研究』13)

2018年03月06日 小夜月左衛門督三葉
木本城

城山(擂鉢山)に築かれていましたが、1993年に造成され墓地になっています(ほとんどが空き地なので、造成する必要性はあったの?)。
伝承では、湯浅党に属した木本氏の居城とされていたようですが、破壊が決定して考古学的な調査が入り、学術研究が進んだ結果、信長の紀州攻めからそれ以降に関連した城であったとされています。
切岸ではなく土塁を使った曲輪、曲輪内部を方形に区切る造成、虎口の明確化など、和歌山県下とくに紀北の山城では、非常に珍しい構造をしていました。この特徴は、播磨三木城攻めの陣城や賤ヶ岳合戦の砦に非常に類似しているそうです。
城の後背に木本峠が位置している立地条件から、和泉山脈で雑賀衆のゲリラ攻撃に悩まされた織田侵攻軍の、和泉と紀伊の物資輸送の繋ぎの城と築城され、雑賀地域の織田支配に機能したたと想定されています。
城跡に火災落城の形跡が見られなかったのは、信長の敗死後、親織田派の鈴木氏が反織田派の土橋氏に追放された際、織田勢力が自主的に退去して、その機能を終えたからではないかされています。
研究史は多いので、別途書いておきます。

2016年08月11日 北川幸人
木本城

現在、大規模霊園になっています。遺構は確認できません。

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