叶堂城(かのどじょう)

叶堂城の基本情報

通称・別名

感応堂城

所在地

兵庫県南あわじ市西淡町松帆古津路叶堂

旧国名

淡路国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

石川紀伊守

築城年

文禄4年(1595)

主な改修者

主な城主

石川紀伊守

廃城年

慶長5年(1600)

遺構

石垣、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

養宜館(兵庫県南あわじ市)[5.9km]
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叶堂城の口コミ情報

2020年11月19日 歩律淡路守彦蔵馬楠
志知城[叶堂城  周辺城郭]



志知城本丸の南、内堀と大日川のあいだに声明寺が在ります。この境内に寺の由来について書かれた石碑があるのですが、ここに少し志知城についても書かれています。

2020年11月18日 歩律淡路守彦蔵馬楠
志知城[叶堂城  周辺城郭]



城に駐車場はありません。停めるには、近くのスーパーマルナカ(道挟んで城の北側)が良いかも?城の周辺は細い道が多く誤侵入すると(脱輪等)危険です。マルナカの駐車場脇には、外堀の一部がチョビットだけ残っています。樹木、竹藪鬱蒼としわかり辛いです、曲輪や堀の形は本丸に有る案内図で脳内補完して下さい。宅地や畑になっている部分が多いです。薮蚊も多いです。写真は内堀。

2020年11月17日 歩律淡路守彦蔵馬楠
志知城[叶堂城  周辺城郭]



菅氏の城。後に本拠地の地名「野口」を名乗る。鎌倉時代館を建てる。室町幕府、淡路国守護細川氏に従うが、秀吉の淡路攻めで、黒田孝高、加藤嘉明と城主が変わり、九州、小田原、朝鮮と水軍出兵の拠点となる。後、地震に因り、大日川の水深が浅くなり、より川口に近い「叶堂」に城を移す。

写真は、本丸の下北側から。【裏門跡地】
【設置された案内板によると】
案内看板の在るところが天守台跡。一段高い。
天守台含む平地が、本丸。
向こうの竹藪が本丸続きの二の丸。
本丸と二の丸は内堀に囲まれています。
【他の資料では】
内堀内が本丸で、内堀と外堀の間が二の丸となっている場合もあります。


2020年07月28日 take
叶堂城

昔の叶堂城跡は御原橋の北詰付近にありその上に感応寺がありました。昭和59年の治水工事の時に、感応寺は現在の位置に移転。旧叶堂城跡は一部が残っています。

2016年05月30日 まるき〜越中守
叶堂城

元々の城址に現在は感応寺(かんのうじ)が移転してきたそうです。お寺の住職さんに話を聞きました。
お寺自体大事にされていたわけでも無いらしく何度も住職が変わっているようで城に関する資料等も乏しいという事であまり詳しくは知らないとの事。
叶堂城は石川紀伊守が淡路の沖を通る海賊等を監視する目的で建築していたが石川氏は関ヶ原の合戦で西軍に属していたため
その後に蜂須賀氏の所領になった事で廃城になり幻の城となったらしいです
取り壊した城の石を使ってお寺の一部と碑が建てられているのだが、それが穴太衆によるものだとか…
それ以外は遺構らしい物は見つけられませんでした。
感応寺に3〜40台くらい車を置けるスペースがあり、住職に声を掛ければ駐車OK


2013年06月16日 芦屋兵庫頭虎吉
叶堂城

倭文川と志知川の合流地点に近い感應寺が所在地です。寺地のため遺構は確認できませんでたが、川が堀の代わりをしていたと思いました。

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