赤穂城(あこうじょう)

赤穂城の基本情報

通称・別名

加里屋城、大鷹城

所在地

兵庫県赤穂市加里屋

旧国名

播磨国

分類・構造

輪郭式平城

天守構造

建造されず

築城主

岡光広

築城年

文正元年(1466)〜文明15年

主な改修者

池田長政、浅野長直

主な城主

池田氏、浅野氏、森氏

廃城年

明治6年(1873)

遺構

石垣、堀

指定文化財

国史跡(赤穂城跡)、名勝(庭園)

再建造物

櫓、門、庭園、石碑、説明板

周辺の城

鴾ヶ堂城(兵庫県赤穂市)[8.6km]
大嶋城(兵庫県相生市)[9.9km]
三石城(岡山県備前市)[12.8km]
苦瓜城(兵庫県姫路市)[14.6km]
感状山城(兵庫県相生市)[16.1km]

赤穂城の解説文

赤穂城(あこうじょう)は兵庫県赤穂市にある「忠臣蔵」で有名な城。国の史跡に指定され、庭園は名勝に指定されている。別名・加里屋城、大鷹城。

概要
江戸時代、赤穂藩の藩庁が置かれた。
元和偃武の後、本格築城された城郭である。縄張りは変形輪郭式。本丸と二の丸が輪郭式に配され、その北側に三の丸が梯郭式に置かれている。銃砲撃戦を意識した設計となっており、十字砲火が可能なように稜堡に良く似た横矢掛かりが数多く用いられている。縄張りは赤穂浅野氏初代長直の時代、浅野氏の軍師で甲州流兵学者の近藤三郎左衛門正純によってなされた。長直は築城中、山鹿素行を招聘し、縄張りについて意見を聞いた。これにより二の丸周辺の手直しがされた。それまでは一重の堀に囲まれた掻上城(かきあげじょう)という質素なものであった。

赤穂城は5万石の浅野氏には過度に広壮で、これがために財政難に陥った。5層天守の造営も計画されていたが幕府への遠慮か財政難の為か造営されず、天守台のみが今日に残っている。

市内を流れる千種川より上水道を敷設し、城内のみならず城下各戸にも給水されていた。日本三大上水道の一つに数えられている。

明治時代前期に城内の建物は破却され石垣と堀のみが残っていた。昭和中期から平成にかけて櫓・門・塀・庭園が徐々に再建され、現在も二の丸庭園の再建が進められている。また、1928年から1981年の間には、本丸内に西洋洋館風の赤穂高校(旧制赤穂中学)の校舎が建っていた。現在、本丸に建物はないが、往時の建物の間取りを原寸で地面に再現してあり、その規模や暮らしぶりの一端を窺うことができる。

歴史・沿革
加里屋城・大鷹城時代
1466年-1483年頃、岡光広が加里屋城を築城。この地での最初の築城となる。
1600年 姫路藩主池田輝政の弟・長政が赤穂領主となり赤穂城の前身である大鷹城を築城。
1613年 赤穂は輝政の二男で岡山藩主忠継の所領となり、一重の堀・石垣・櫓・門が造営される。
1615年 忠継の弟・政綱が3万5千石を与えられ赤穂藩が立藩。御殿が造営される。
1631年 政綱が嗣子なく死去し、弟の輝興が入封。更に櫓・馬屋を造営。
1645年 輝興、発狂により改易。城は備中松山藩主水谷勝隆預かりとなる。同年、浅野長直が5万3千石で入封する。
...

赤穂城の口コミ情報

青き巨星弾正忠かみさん様[2017年06月07日]
赤穂城のお城メダル(記念メダル)は現在ありません。
見つけた方は教えてください

若狭守次郎吉様[2017年03月17日]
JR「播州赤穂」駅の観光案内所でレンタサイクルを借りれます。普通自転車が200円、電動自転車が500円。

赤穂城跡は想像以上に広大で立派でした。個人的には腰巻石垣土塁が良かったです♪

織田修理大夫糀【関ヶ原鑑賞】様[2017年03月01日]
大手門と大手隅櫓をワンフレーズで撮影して城内に。
本丸へ向かう途中に「忠臣蔵」で有名な大石良雄(内蔵助)長屋門がある。
本丸には本丸櫓門が復元され、天守台や本丸御殿見取り図など整備されている。
本丸櫓門を撮影。

長屋門のそばに大石神社があり、忠臣蔵ファンの方が多くお参りしている。

邦順大和守大八郎宗久様[2017年02月05日]
追伸
遺構といっても花岳寺山門以外のは、上水道の桝、ですが…

邦順大和守大八郎宗久様[2017年02月04日]
今年の初め頃に思い付きで探訪し、城郭を一通り巡ってみましたが、私のイチオシは三の丸の石垣。

三の丸は大手門から塩屋門辺りまでは石垣がしっかりしていますが、塩屋門から南の干潟門にかけては荒城の風情。

整備が進む二の丸の美しい石垣と対比するかの様な、泥臭さ溢れる石垣。緑地公園が傍にあるのに人影なく、時に見える散歩中の市民の方は目もくれない。しかしそれは、赤穂城の古を独り占めする感覚が味わえる利点であります。

上述の文を読むと、貶めてるのか?と思う方も居られると思いますが、純粋に、人に来て見て頂きたく思い、ご紹介させて頂きました。

さて、探訪同日に姫路城にも行こうとした事と、そもそも思い付きのせいで下調べが不十分な為に、花岳寺の山門(移築された西惣門)など赤穂城の遺構の幾つかを見過ごす痛恨のミス。またいつか行きたく存じますが……探訪の際は、十分なご計画を。

いもこ様[2015年09月12日]
播州赤穂駅から歩いて15分くらいで入り口付近には着きます。

途中に井戸があり、忠臣蔵のエピソードをナレーションしてくれてました。私は恥ずかしながら忠臣蔵に詳しくなかったので、ここで少し勉強してから向かいました。

赤穂城の城郭の中に、赤穂浪士ゆかりの大石神社があります。その横に大石邸の長屋門があり、江戸時代の建築遺構とのことで、木の状態など、歴史深さを感じてグッときます。
神社入り口には四十七士像が並んでいました。

赤穂城の本丸跡は、間取が分かるようになってて、妄想が膨らみます。当時の絵図のようなものもありました。とても素敵な庭園もあり、広々とした本丸跡は思わず両手を広げたくなります。
天守台があり、綺麗に整備されてますが、こちらの階段がとても段差が大きくて登るのが少し大変です。しかし登った後の見渡す景色は素晴らしく爽快です。

ソバッソ店長様[2015年08月15日]
赤穂と言えば大石内蔵助が有名ですね。僕はあんまり知らないですが、城郭内に大石神社なるものがありました。お好きな方はご参拝を。

さて城郭についてですが、赤穂と言えば塩っす。海が近いので港町っす。という事は水郷っす。
千種川なるデッカい天然の堀を使って、海から引いてるのかはわからないっすけど、二本の河川の間に城郭がスポッと入ってます。
往時は海路で交易が盛んで、陸路で畿内に物流を運んだりやったんやろなーと、容易に想像出来るチョー楽しい城郭です。

建造物は破却された後との事ですが、門と櫓が復元されておりキレイで見やすいです。
遺構はしっかり残っていて、石垣や門跡、土塁などはハッキリ確認出来ました。
僕のオススメは、搦手門跡っす。大石神社を越えて、天主方向に行かずに屋敷跡へ向かって歩く事3分で出会えます。

他にもいっぱい見所ありますが、後は実際に探してみて下さい!

参議一之介様[2013年12月23日]
城内はとても広く、家臣の屋敷跡が空き地状態で残っているので、「ここが城内?」と疑いたくなるほどです。とても外様の一大名の居城とは思えません。
次々と復元されており、今は二ノ丸庭園の復元中です。数年後にはまた違った表情を見せるでしょう。

太政大臣もこ彦様[2013年11月24日]
赤穂市立歴史博物館にも100名城スタンプありました

尾張守ひろっちぃ様[2013年07月13日]
本丸門入り口の所に一部100円のパンフレットを販売しておりそれを見ながら散策すると役に立ちます。

散策すると範囲が広く一周するとかなり疲れます。二の丸庭園は今整備中であり今後の修復に期待したいです。
本丸櫓門階上内部が今特別公開中であり期間は7月13日〜7月15日までです。

しまさ大納言様[2012年03月04日]
「100名城スタンプ情報」
赤穂城本丸門(入って左)にもありましたが、
近藤源八宅跡のスタンプの方がきれいそうでした。
(2012/3/3時点)

左近衛大将M三郎様[2011年11月27日]
赤穂城は、千種川河口部の平坦地に位置するため、地形の影響をあまり受けず、山鹿流軍学の粋を尽くし具現化したかたちで築かれています。横矢掛を意識した折れや曲線を多用した塁線と、築城年代が比較的新しく、また良質の石材の調達が容易であったことなどもあってか、きわめて整った石垣を持つ、興奮するほどに秀逸で美しい城です。城門や塀、石垣、庭園など、復元が計画的に進められているので、訪れるたびに新たな発見があり、楽しませてくれる城でもあります。私が訪れた中で、最も好きな城のひとつです

にっこう様[2010年10月10日]
赤穂駅から歩いて行けます。城近くには、土産品店があります。「赤穂の塩まんじゅう」という銘菓がありますのでご賞味あれ

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