明石城(あかしじょう)

明石城の基本情報

通称・別名

喜春城、錦江城

所在地

兵庫県明石市明石公園1-27

旧国名

播磨国

分類・構造

梯郭式+連郭式平山城

天守構造

なし(天守台あり)

築城主

小笠原忠真

築城年

元和4年(1618)

主な改修者

松平直常

主な城主

松平氏(越前系)

廃城年

明治7年(1874)

遺構

櫓、石垣、堀、移築門

指定文化財

国重要文化財(巽櫓・坤櫓)、国史跡(明石城跡)

再建造物

塀、石碑、説明板

周辺の城

船上城(兵庫県明石市)[1.6km]
枝吉城(兵庫県神戸市)[2.3km]
舞子台場(兵庫県神戸市)[4.4km]
松帆台場(兵庫県淡路市)[5.0km]
小寺城(兵庫県神戸市)[5.7km]

明石城の解説文

明石城(あかしじょう)は日本の城。旧明石藩の政庁と藩主の居所が置かれた。別名、喜春城(きはるじょう、きしゅんじょう)、錦江城(きんこうじょう)とも呼ばれる。

概要
JR明石駅北側に位置し、駅ホームより間近に望める。縄張りは連郭梯郭混合式の平山城である。丘陵舌端に築かれ、本丸付近は柿本人麻呂を祀った人丸塚があったと言われており、この地は嘉吉の乱で激戦地となった。

明石の地は、山陽道が通り、北には丹波国、但馬国への道が分かれ、淡路島、四国のルートがあり、古来より交通の要衝であった。徳川幕府が西国の外様大名の抑えの城として、姫路城についで着目した。

現在中堀の内側は兵庫県立明石公園として整備され、日本さくら名所100選に指定されている。櫓や石垣は1995年の阪神・淡路大震災で被害を受けたが全面修復された。

沿革
築城時代
1617年信州松本城主より明石藩主となった小笠原忠真は、明石城の西方、明石川河口西岸にあった船上城に入城した。譜代大名たる小笠原氏10万石の居城として城郭を建設するよう、同年に2代将軍徳川秀忠より築城命令された。この時の様子を『本田家記』によると、

元和六年午の春明石ニ新城を築可申旨、上意ニ而本多美濃守殿右近様御相談、地形見立言上可被成との儀ニ而美濃守明石ヘ両度御方々御見分塩見分塩屋与申処浜ニ少し入江有之ニ一所、亦明石より西かまか坂与申処高き岡あるに一処、又明石人丸山ニ一所御見立有之、御相談之上人丸山ニ極リ

と記されている。この文中にある「元和六年」とは「元和四年」の誤記ではないかと思われ、「本多美濃守殿」とは当時姫路城の城主であった本多忠政の事である。この『本田家記』によると、徳川秀忠より築城命令があり、本多忠政と小笠原忠真は相談しながら、築城から町割りまで行った。当初検討された地は三ヵ所、塩屋町(現在の神戸市垂水区塩屋町周辺)、かにが坂(現在の明石市和坂周辺)と人丸山(赤松山)が検討されたが、人丸山には大きな池があり城の防備に役立つとして人丸山に定まった。徳川秀忠は旗本の都築為正、村上吉正、普請奉行として建部政長らを派遣し、築城費として銀一千貫を支給した。

人丸山の地の利を利用し、三木城高砂城枝吉城船上城の木材を使用し着工され、坤櫓は伏見城、巽櫓は船上城の遺材が使用されたと伝えられている。元和5年(1619年)正月から作事が始まり、元和6年(1620年)正月には小笠原忠真が船上城から移り住み、同年6月から城内の建物関係の工事が開始された。このとき天守は台石まで積まれたが、建てられなかった。

築城と並行して城下町の町割りも実施され、当時小笠原忠真の客分だった宮本武蔵が指導したと『播州明石記録』『小笠原忠真一代覚書』にも記載があるが、『ひょうごの城紀行』によると「はっきりしない」としており宮本武蔵説を肯定しない記述となっている。
...

明石城の口コミ情報

摂津守@22参勤Expo様[2017年12月04日]
2019年の築城400周年シリーズの続報です。
石垣周辺の樹木の除伐以外にも、堀の水質改善への取組みが始まってるそうです。

兵庫県園芸・公園協会は、深緑に濁っていた明石駅側の入口東側水堀に、天然成分由来の鉱物「ゼオライト」を加工した浄化剤を散布して水中の微生物を活性化させ、汚れを分解する取組みを先月行ったところ、水が澄み始めているとのこと。
そのため、駅側入口の東西の堀全域(東:約8200㎡、西:約9100㎡、水深:約1.2m)に対象区域を広げ、水質改善を検討していくとのことです。

濁った水堀も風情が感じられますが、透明度がある水堀も堀底が見られていいかもしれませんね。
行政の城趾保全への姿勢が伝播することを願って。

出典:神戸新聞

摂津守@22参勤Expo様[2017年11月15日]
こういう動きが広がればいいですね。

見出し:兵庫・明石城の石垣守れ 築城400年へ「多すぎる」樹木伐採(出典:神戸新聞)

国内有数の壮大な規模を誇る明石城の石垣について、県は14日、景観向上や崩壊防止のため、繁茂した樹木の一部を伐採すると発表した。築城400年となる2019年の3月までに、二つの櫓周辺を中心に約300本を剪定、伐採していく。

城周辺の樹木はもともとマツが中心だったとみられる。鳥がそれ以外の種子を落とすなどして、自然に生えた木が増加。県文化財課などから「根が石垣に入り込み、国の重要文化財の巽櫓、坤櫓がある石垣を崩壊させる危険がある」とも指摘されていた。

県の計画では石垣に入り込んだり、5メートル以内にあったりする約270本と、その周辺の樹木を伐採する。県公園緑地課によると、主にウバメガシやアラカシを伐採し、サクラは伐採しない。また、城と緑の調和を図るため、一部の樹木は残し、西芝生広場から石垣の上部約5メートルが見えるようにする。伐採後は明石駅のホームからも、櫓を含む長大な石垣が望めるようになるという。

摂津守いくpika様[2017年07月09日]
パピオスあかしの屋上広場についての情報です。

場所はJR、山陽の明石駅のすぐ南(お城の反対側)にありますので、迷う事は無いでしょう。

現在、屋上広場は【土日祝】のみ開放されていますので要注意!

屋上に上がっても、結構高めのガラスフェンスがあるため、まともに撮ろうとすれば反射像が映ってします。
そこで広場の左端が格子状のフェンスですので、そこからカメラを差し出せばお城を直接撮影することが出来ます。
デカい一眼だと無理かもしれませんが…

一階には松竹さんという行列必死の美味しい明石名物の玉子焼専門店がありますので、時間をズラしてでも是非に。

三階の図書館にはお城関係の書籍が大量にありますし、併設のカフェはお城ビューなので避暑地としてこちらも是非とも。

青き巨星弾正忠かみさん様[2017年06月07日]
明石城のお城メダル(記念メダル)は現在ありません。
サービスセンターや花と緑のまちづくりセンターで聞いて周りましたが売っていないとのこと

織田左兵衛督晃司様[2017年02月12日]
福山城同様ここもエキチカ(駅近)の城
やはり見所は坤櫓と巽櫓。櫓を繋ぐ長塀。
その後、魚の棚市場でたこ焼のルーツとも言われる明石焼き(卵焼き)を食べる。
明石駅には有名な駅弁「引っ張りたこ飯」は売ってなく新幹線西明石駅で売ってるとの情報を仕入れ行ってみたが、売り切れ…

摂津守@22参勤Expo様[2016年12月21日]
JR明石駅ホームから、左側に坤櫓(ひつじさるやぐら)と右側に巽櫓が立派に見える明石城ですが、明石駅北口からも徒歩数分で正面入口(太鼓門跡?)に着くことができます。
パンフは正面入口そばのサービスセンターで声がけするともらえます。

サービスセンターを北進し、日時計を左に球場前まで進んでから坤櫓下を登り稲荷曲輪に入りました。
12月半ばでしたが、実のついたカリンの木の下を歩いてると、カリンが落ちてきましたので、ご注意下さい。
稲荷曲輪から櫓がある本丸に入りましたが、天守が築かれなかった天守台が坤櫓の近くにあります。
大きな天守台で、見応えあります。
櫓の内部は左右を隔月で公開してますが、来城した日は生憎閉館でした。
本丸内のトイレは水の流れが早くビックリしました。

本丸から東に二ノ丸へ行き、一度日時計のほうに下りましたが、その時に目にする石垣の高さは圧巻です。
本丸もそうですが、高い布積の石垣がいい感じです。
その後、城内で一番水がきれいという井戸前を東に薬研堀から東ノ丸虎口、ぐるっと桜堀外側を歩きましたが、いろんな角度から楽しめる城でした。

あきちい播磨守様[2016年06月16日]
明石駅にて電車の待ち時間に明石城の2つの櫓を見て何となく違和感を感じたので調べてみたら建ってる向きが違ってました。

駅側から向かって左手の坤櫓は伏見城から右手の巽櫓は近くの船上城からの移築ですので櫓出入口の関係上そうなってしまったのかは解らないですが何故向きが違うのか不思議です。

今は壊されてしまった乾櫓と艮櫓はどうだったのかな。

まるき〜淡路守様[2016年05月11日]
山陽本線明石駅から歩いて数分で到着。明石公園前から入城し大手門をクランク状に、目の前に2棟の立派な櫓、左側に坤櫓(ひつじさるやぐら)と右側に巽櫓(たつみやぐら)がでーんと構えてらっしゃいます。そして右手に100名城スタンプを押す建物があります。公園なので入場無料、たくさんの人、クラブ活動する学生、芝生に寝ころがる人、ボール遊びをする子供、水彩画を書いてらっしゃる方も多かったです。そもそも天守は造られなかった明石城ですが両側に並ぶ櫓だけで貫禄があり見ごたえ十分です。両櫓は当時のもので重要文化財、坤櫓に至っては廃城後の伏見城から移築されたとも言われています。その櫓も阪神大震災の際ダメージを受け櫓、石垣共に今 弘前城が行っている曳家工法にて移動、修理が成されたそうです。
土日の雨が降ってない日に限り櫓が解放されているようですが解放の無い時もありますので詳しくはホームページ等でご確認下さい。たまたまこの日は坤櫓内を見学できました。前回(約1年前)の口コミで石垣が良いと書きましたが櫓もとても良いと…今回思った次第です。
城探索の後はうぉんたな(魚の棚商店街)が近いのでそちらで明石焼でも!

まるき〜淡路守様[2015年05月15日]
左右の巽櫓と坤櫓(ひつじさるやぐら)も良いけれど、
行ってみて驚くのが石垣の凄さ…
こんなに広いとは思わなかった〜!
と言うくらい沢山の石垣があって
見応え十分な城跡でした。

城の裏側?北側に有料ですがお城隣接のパーキングがあります。
歩いて7分だったかな
( ^ω^ )
櫓からは明石大橋が見えます。

Dragon淡路守様[2014年10月09日]
先ほど行って撮影してきました。めちゃ綺麗でした(* ̄∇ ̄)ノ

ひー様[2014年10月09日]
私も見ました!明石城のライトアップ!
鯱がバナナみたいで可愛かったてす(^-^)

はっしい勘解由長官様[2014年10月08日]
H26.10.7より1週間ライトアップしているそうですよ。はじめて見ました。

人♡魚♡姫様[2014年01月04日]
お正月のため100名城スタンプが設置されてるサービスセンターが閉まってました。しかし御用の方はお電話下さいと書いてある番号に電話して問い合わせたしたところ、有難い事に係りの方がとても親切にサービスセンターの前までスタンプを持って来て下さいました。

参議一之介様[2013年12月22日]
二つの櫓を撮るベストスポットは明石駅ホームからだと、自分なりに思っていました。しかし、今日訪れたら、ちょうどアングルに電線が入るようになってしまいました。

尾張守ひろっちぃ様[2013年07月13日]
明石駅からも巽櫓と坤櫓を見ることができます。明石公園として整備されており、池、田園、茶室等があり散策には飽きません。巽櫓と坤櫓はありますが天守閣は造られなかったらしく天守台がありそこからの眺めは素晴らしいです。

中納言M三郎様[2011年07月21日]
明石城は、歴代、譜代・親藩大名が城主を務めた徳川系平山城です。この地は山陽道が通る要衝で、西国大名を牽制するためか、南と西を意識した施設配置となっていると感じます。山上には3つの郭が連郭式に南に腹を見せて並び、西端に本丸を配してその四隅に美しい層塔型の三重櫓を上げた姿は、城を巨大に見せたでしょう。また、材の良い切石を使った高石垣、南麓の広大な郭、広い水堀等は財力の象徴と映ったのではないでしょうか。今も本丸南高石垣上東西に棟を90度捻って並立する双子の三重櫓は素敵で、存在を主張しています

古楽侍従広家様[2010年09月13日]
2つの櫓とそれを結ぶ塀もさることながら、石垣に注目ですね。

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