松岡城(まつおかじょう)
松岡城の基本情報
通称・別名
- 須磨城
所在地
- 兵庫県神戸市須磨区大手町9-1
旧国名
- 摂津国
分類・構造
- 平山城
天守構造
- -
築城主
- 赤松範資
築城年
- 南北朝時代
主な改修者
- -
主な城主
- 足利尊氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪?
指定文化財
- -
再建造物
- -
周辺の城
-
兵庫城(兵庫県神戸市)[4.3km]
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松岡城の解説文
[引用元:Wikipedia「松岡城」の項目]
松岡城(まつおかじょう)は、摂津国(兵庫県神戸市須磨区大手町先)にあったとされる南北朝時代の日本の城(山城)。しかし城郭のような構えはなく、丘の地形と自生していた笹を生かした砦に近い簡素なものであった。
概要
観応の擾乱の際に足利直義との戦いで敗れた兄の足利尊氏は、参謀である高師直・高師泰を引きつれこの城に逃げてきた記録が残っている。
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松岡城の口コミ情報
2026年03月21日 尼崎城志摩守一口城主
松岡城
[前編:公共機関進軍編]
3/6、私事ながら加古川への資格試験へ向かう道中に先人方の口コミより城跡が勝福寺と縁起の良さそうな名前であったため登城。
電車・地下鉄の場合、板宿駅又は東須磨駅が最寄駅かと思われますが私は新長田駅で鉄人28号のモニュメントを見てから進軍開始。
道中の前池町3丁目の交差点より城山を見上げてみました(写真①)
写真①地点よりさらに城山に近づくと板宿八幡神社登山道の道標(写真②)がありました。写真①、②より城山があるの丘陵一帯には勝福寺はじめ、八幡社や学校が建っており、往時の城山の規模は不明ながらもしかしたらかなりの規模だったかもと思えてきました🤔
城山下の勝福寺の寺標横には須磨区大手町〜の地名標(写真③)があり地名から往時のお城があった名残を感じます。写真③地点より緩やかな坂を進み石段下(写真④)に到着。石段の登口の左側には「源平ゆかりの地神戸へようこそ」との看板がありその看板下に勝福寺の説明板(写真⑤)がありました。石段を少し上がった所で椿と山門(写真⑥)が見えてきます。境内に入りまずは本堂(写真⑦)にお参り🙏本堂に向かって右側に88ヶ所巡り(写真⑧)の登口がありこちらから城山巡りに出発⛰️
縁起のいい名前のお寺にお参りしたのとお城パワーより無事に試験にも合格出来ました✌️
2026年03月21日 尼崎城志摩守一口城主
松岡城
[後編:城山散策編]
本堂横の88ヶ所逆打ちルートに沿って城山散策を開始🥾写真①②の手すりのある方へ進んでいくと以前、讃岐国(香川県)でリア攻めした思い出のある屋島城(やしまのき)近くにあった屋島寺のご本尊様(写真③)を発見したのでお参り🙏手すりがなくなったあとでも写真④の通りハイキングコースが整美されているお陰で歩きやすいものでした。
写真⑤の分岐点で城山の高い所を目指したかったので逆打ち順路から外れて上に上がる道を選択⤴️山頂マークは見つけられなかったものの大阪湾(写真⑥)が見える所まで登り、それより奥は一旦下がる道(写真⑦)になっていたので当日は予定もあったので写真⑥⑦地点で引き返し💦
下山時、遺構かどうか、単に自然の地形なのかは不明ながら急カーブ地点に土塁かもという縄張りのように見える所(写真⑧)もありました🤔
2026年01月05日 トロ吉右近衛大将
松岡城
道中狭い坂を登りながら、改めて神戸ってこんなに山が迫ってたっけ?と思いました(^◇^;)結構な坂です↗️
2022年01月02日 イオ飛騨守
松岡城
勝福寺とその裏山が城跡とされていますが、石碑も説明板もなく、詳細は不明です。境内の東側に裏山へと続く道があったので少し登ってみましたが、途中で道が左右に分かれていて、縄張図も地図も持ち合わせていなかったため、そこで探索終了。堀切状の地形があるようですが、未確認です。
なお、勝福寺は平安中期の開基で、平清盛の大輪田泊への経ヶ島築造に協力したことにより、法具や幡の寄進を受け、平知章の甲冑を所蔵していると言われています。
2021年01月27日 播磨守草刈正雄のこうちゃん
松岡城
最寄りの駅は山陽電車の東須磨駅か板宿駅、神戸市営地下鉄の板宿駅になります。車で行かれる方は近辺のコインパーキングに停めた方が良いです!道中、かなり狭くて最後は急な坂道💨頭から突っ込んだら次、ひたすらバックになります😱住宅街をすり抜けて行くので危険です!遺構・案内板、見当たらずでした。
2011年09月19日 June02
松岡城
1000城追加時に無かった城郭説明を、祝して?勝福寺本堂の写真をアップさせて頂きました。
城郭情報更新日の記載がないので、少年時代の耳学問の口コミが後書き様になってしまいました。
勝福寺には松岡城関連のものは無く、代わりに平清盛との関わりを記した小さい説明標識が、山門脇にありました。
余談です。
観たことはありませんが、この勝福寺には、国宝があります。
2011年08月08日 June02
松岡城
教えられてきた事を書きます。
足利尊氏が観応の繚乱時に本拠地?として、弟・直義と争い、打出御影の戦いで敗れ、逃げ込み、自害の際に和睦が成立して免れた城だと聞いてます。(太平記にも記載)また、目標の勝福寺は、平安時代中期?に開基され、後に、経ヶ島築造(人工島)において平清盛と縁があるお寺と聞いてます。
松岡城は、勝福寺の背山にあった城(砦)だと推測され、遺構は無いですが、木々に包まれた山門と急勾配の大手道は、風情がありました。
震災で失う迄、暮らした所です。でも、思い出も残っています…。









