多気北畠氏城館(たげきたばたけしじょうかん)

多気北畠氏城館の基本情報

通称・別名

多気北畠氏城館[北畠氏館・霧山城]

所在地

三重県津市美杉町上多気他(地図は北畠氏館を示す)

旧国名

伊勢国

分類・構造

城館遺跡群

天守構造

築城主

北畠顕能[すべて]

築城年

康永元年〔北朝〕/興国3年〔南朝〕(1342)[すべて]

主な改修者

主な城主

北畠氏[すべて]

廃城年

遺構

石垣、庭園[北畠氏館]、曲輪、土塁、堀切[霧山城]

指定文化財

国史跡(多気北畠氏城館跡)

再建造物

石碑[すべて]、説明板[すべて]

周辺の城

九曲城(三重県松阪市)[11.5km]
家城城(三重県津市)[12.1km]
菅野城(奈良県宇陀郡)[12.5km]
阪内城(三重県松阪市)[12.9km]
山田野城(三重県津市)[14.1km]

多気北畠氏城館の解説文

多気北畠氏城館は、南北朝時代から室町・戦国を通じて伊勢を支配した北畠氏に関わる、北畠氏館・霧山城の総称。

北畠氏館
北畠氏館は、興国3年(1342)北畠顕能によって築かれた北畠氏の居館である。現在は北畠神社となっており、館跡に残る庭園は国の名勝に指定されている。

霧山城
霧山城(きりやまじょう)または多気城(たげじょう)は、伊勢国一志郡多気(現在の三重県津市美杉町上多気および美杉町下多気)にかつて存在した日本の城。城跡は国の史跡に指定されている(史跡「多気北畠氏城館跡」のうち)。

伊勢国司から戦国大名となった北畠氏の本拠地であり、16,000騎を有する大将にふさわしい城郭であった。

概要
多気は伊勢国と大和国を結ぶ伊勢本街道沿いにある交通の要所であると同時に、7つの経路のどれをとっても峠越えとなる天然の要害であった。城郭本体だけでなく、麓の城下町まで含めて、大要塞を成していたとも解釈できる。城下には3,500戸ほどが建ち並び、700人から1,000人の家臣が暮らしていた多気から南西へ16里行けば南朝の拠点である吉野へ、南東へ12里行けば伊勢神宮へ至ることから、どちらで非常事態が発生しても1日で駆け付けることができた。南朝へ米や海産物を運び込む上でも好都合であった。また北朝の都・京都に比較的近いことも利点の1つであった。

城の名前は『三国地誌』・『勢陽五鈴遺響』では霧山城と多気城の両方が用いられている。北畠氏の本拠であり、240年に渡り難攻不落の城としてそびえたっていたが、織田信長勢に攻められて落城した。

城郭の構造
多気盆地の西方にある標高560m、比高240mの山の頂に築城され、南東約1.1kmの麓には多気御所(国司の館)があった。急峻な尾根に2条の堀切を設け、長さ120m×幅30mの範囲に北東郭と南西郭の2郭が存在した。北東郭は三方を土塁で固め、南西郭は北東郭よりも高い位置にあり、四方に土塁を築いていた。このため、南西郭が城の中心核であると考えられる。本丸の近くに鐘撞堂を設けていた。

現代も往時も霧山城まで登ることは容易ではなかったことから、北畠氏は平常時は多気御所に住み、霧山城は詰めの城として使用していた。霧山城を取り囲むように支城が並び、霧山城を守護する経塚屋敷もあった。

多気に至る津市美杉町丹生俣からの杉峠と松阪市飯高町赤桶からのしょう路越(「しょう」はたつへんに章)には峠口に砦を、松阪市飯南町上仁柿からの櫃坂峠と津市美杉町奥津からの飼坂峠には関所を、松阪市嬉野上小川町からの白口峠と津市美杉町下之川からの桜峠と津市美杉町八知からの比津峠・漆峠には峠口に監所を置き、外郭としての機能を果たしていた。...

多気北畠氏城館の口コミ情報

五瓜ニ唐花紋内大臣や〜きみ様[2017年10月09日]
津市ですが、かなり奥地ですね。
お城としての駐車場は無いですね。
ただし、お城の麓は神社で縄張り内なので、神社の駐車場に車は見かけました。

道の駅美杉が近いです。

城は神社とお食事処と庭園と山城からなります。
庭園は神社のお守売り場で300円払い入場です。
見易い看板は内ですが、石の道導はあります。

近くの道の駅に土日だけ来る鹿肉料理のキッチンカーは美味しいです。

まるき〜淡路守様[2016年05月04日]
国道368号線、道の駅美杉にて森林セラピーガイドマップの③霧山コースを頂くとアクセスが詳しく書かれています
資料館〜北畠氏城館跡、庭園(北畠神社)共に駐車OK、資料館は無料で中の写真撮影もOKでした。氏城館跡の日本最古の石垣は発掘調査の後埋め戻されている様です。
通常霧山城へは神社横から登城、ここから約3〜40分で霧山城本丸に辿りつける、こちらのコースは当初キツイ登り〜なだらか〜急な登りとなっておるそうです
頂上、本丸からの四方の山々の眺めは壮大で素晴らしい。また大きな堀切が山を分断するかの様に竪堀にもなっていて見ごたえがありました。
今回登ったのは城の北側、県道666号線の美杉ゴルフクラブへ行く別れ道付近カーブミラーのある所に登り口をみつけたのでそちらからの城攻め、急な登りのみですが約13分程で本丸に辿りつけてしまいました… がめっちゃめちゃキツいです。このコースは駐車場が無いので自己責任で…(;^_^A

勝之助丹後守様[2016年01月04日]
麓の北畠神社から詰城跡そして山頂の霧山城跡へと城郭が続いています。結構な距離なのでついでで行けるような感じではないと思います。

北畠神社には駐車場もトイレもあるので訪れやすいと思います。
境内に『日本最古の石垣』と言うのがあり興味深いです。

修理大夫あさよし様[2014年11月23日]
麓の神社から本丸まで標高600m距離1500mとのこと。実際行くとまさに大変。気合を入れて行くべし。ただ本丸からの眺めは絶景

コロ助様[2014年08月16日]
伊勢奥津駅(家城駅〜伊勢奥津駅は代行バス運行,18切符等のフリー切符で乗車可能)から徒歩1時間程で美杉ふるさと資料館に到着。北畠氏関連の展示や塗り絵付きの散策マップがあります。
資料館から北畠神社へは5分、神社から霧山城址へは45分程。
北畠氏館跡庭園(\300)は思っていたよりこじんまりしていましたが、時間をかけて見に行った価値は充分ありました。他に人が居なくて一人占め出来ました。

まったり丹波守屋様[2013年08月28日]
詰め城からの尾根の先端にあり、両脇は谷から流れる小川があります。天然の掘りとして利用されたかもしれませんね。

塩ぽん隼人正様[2013年05月09日]
霧山城の麓に位置し、現在は北畠神社となっています。境内には、細川高国の造作と伝えられる庭園があり、北畠氏の文化水準の高さが窺えます。
公共交通手段がほとんどありませんが、隣接地に駐車城があるので、車での攻略をおすすめします。
境内では、発掘調査も行われ、館跡に伴う石垣や階段遺構が確認されています。出土品は、美杉ふるさと資料館に展示されています。
かつては、館周辺に一乗谷を凌ぐ規模の屋敷地や町が想定されており、中世都市とも言うべき景観であったと考えれられます。

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