下山甲斐守城(しもやまかいのかみじょう)

下山甲斐守城の基本情報

通称・別名

下山甲斐城

所在地

三重県名張市奈垣字竹之垣内

旧国名

伊賀国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

下山氏

築城年

天正7年(1579)

主な改修者

主な城主

下山氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

周辺の城

柏原城(三重県名張市)[6.5km]
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下山甲斐守城の口コミ情報

2022年04月29日 RED副将軍
下山甲斐守城



伊賀衆筆頭格の下山氏の本拠地🏯

オススメ度 ★★★★⭐︎

下山甲斐守城は奈垣と比奈知の二ヶ所にあり、奈垣が本拠地と云われています。今回、口コミするのは地点登録のある奈垣の下山甲斐守城です。

1506年、下山甲斐守により築城。甲斐源氏武田氏の一族である下山氏は、伊勢国司の北畠氏に筆頭として仕え、勢力を拡大。比奈知にも拠点の城郭を築いています。

1576年に、織田信雄は北畠具教を伊勢三瀬館で謀殺。下山甲斐守は織田信雄の配下となり伊賀統一を進言します。伊賀衆は帰服すると読んでいましたが、伊賀衆は反撃。天正伊賀の乱を引き起こす要因となりました。

第一次天正伊賀の乱で織田信雄は敗退。下山甲斐守は伊賀衆からは裏切り者とされ、信雄からは信用を失い、信雄に処刑されたとも、伊賀衆に捕縛されたとも様々な伝承があります。

見所
主郭は土塁囲みに西側に虎口が開口。北から東にかけては更に横堀と土塁が巡り二重構造となっています。南側は急峻な斜面で防御し、西側も複雑に土塁が盛られ、馬出しの様な空間もあります。東側の尾根も堀切で断ち切られ土橋が架かります。残存状態は極めて良好。

2021年04月25日 三河守フロクニ
下山甲斐守城



奈垣竹之垣内バス停から100mほど左回りに進んだ所に車を停めて徒歩で進む。軽自動車なら通れる道か。200m程舗装道路を歩き、左手に見えた登り口から山に。分かり易い道を登ると広い所に出る。城はそこから見て左だが高低差が厳しいので右から回り込む形で進むと尾根に。此処から高低差殆ど無い形で進むともうすぐ城跡と言う所で深い堀に遮られる。これも右回りに進むと無理な傾斜角度無しで城跡に入ることが出来ました。
写真は徒歩開始場所と登山開始場所です。

2017年07月02日 まるき〜主殿助
下山甲斐守城

車で登城可能なフェンスの所まで行くとどんどん狭くなりUターンもできなくなりました…(*・ω・)ノ

ドンつきに車を停めてフェンス内少しだけ登ってみましたがゴルフ場が隣接しているためか あちこちにゴルフボールが散乱してます。
探索中にボールが飛んでくる可能性も…

車を停めてる場所が不安で今回は十数分で城跡から退散!

次に行く時はちょっと予習してから城攻めしたいです…。
ヘルメットいるかな?



2014年01月30日 三河守コーキしゃん
下山甲斐守城

ピンの位置の南側の細い道路に登城口があります。

主郭部までは道という道は無いので殆ど直登です。

城域は結構広く、段状になった郭や主郭虎口の前には馬出し状の郭があったりと技巧的です。

周辺には北畠具親城や吉原氏城があり、こちらもかなり見応えがあります。



下山甲斐守城の周辺スポット情報

 北畠具親城(周辺城郭)

 吉村氏城(周辺城郭)

 吉原氏城(周辺城郭)

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