名張城(なばりじょう)

名張城の基本情報

通称・別名

(名張陣屋)

所在地

三重県名張市丸之内54-3(名張藤堂家邸跡)

旧国名

伊賀国

分類・構造

丘城、(陣屋)

天守構造

なし

築城主

松倉重政

築城年

天正13年(1585)

主な改修者

主な城主

松倉氏、梅原武政(藤堂氏家臣)、名張藤堂氏

廃城年

遺構

屋敷、移築門(寿栄神社)

指定文化財

再建造物

石碑(名張藤堂家邸跡)、説明板

周辺の城

柏原城(三重県名張市)[3.2km]
桜町中将城(三重県名張市)[5.8km]
笠間城(奈良県宇陀市)[6.0km]
下山甲斐守城(三重県名張市)[6.7km]
畑城(奈良県山辺郡)[7.2km]
千賀地氏城(三重県伊賀市)[9.7km]
丸山城(三重県伊賀市)[11.0km]
石打城(奈良県奈良市)[11.6km]
岩掛城(奈良県天理市)[14.3km]
赤埴上城(奈良県宇陀市)[14.4km]

名張城の口コミ情報

2022年05月10日 水野織部正祐利【7】
名張城



名張城、別名名張藤堂家屋敷跡は藤堂高虎の養子に入った、高吉が祖です。高吉は丹羽長秀の三男として生まれましたが、秀吉の命により弟秀長のもとへ養子に入ったあと、秀吉が自身の甥を秀長の跡継ぎとしたため、当時子のいなかった高虎の養子として迎えられます。

その後高吉は高虎にしたがい朝鮮出兵や大坂の陣に参戦、成果をあげますが、高虎に実子が生まれ藤堂家家臣たちを二分する争いに発展しかけますが、自らが家臣となることで藤堂家の分裂を阻止。

かつて高虎家臣が居館を構えた古城跡に城を構えます。現在見学できる屋敷跡は当時の居館の奥向に当たる部分のみで、もとは向かいの小学校を含む広大な城域だったようです。屋敷のあった丘が桔梗が丘と言う名で呼ばれていたので、名張藤堂家の家紋は桔梗紋のようです。正門であった太鼓門は、移築され裏の神社の門として残されています。

2022年04月08日 RED副将軍【新宮党】
名張城



元は筒井定次の重臣松倉勝重の居城。
現在は藤堂高吉を初代とする名張藤堂家邸跡として整備されています。

オススメ度 ★★⭐︎⭐︎⭐︎

1585年に筒井定次の重臣である松倉勝重が大和郡山城から伊賀上野城に移封された事に伴い築城。
関ヶ原の戦いを経て、1608年に藤堂高虎が伊勢・伊賀二国の大名となると、名張城には家臣の梅原武政が城代として入城。
1617年からは、伊賀上野城代の藤堂高清が直接支配することとなり、1636年には藤堂高虎の養子である藤堂高吉が居城を構え、以降は名張藤堂氏の居城となりました。

見所
1710年の火災で焼失した後に再建された居館の一部と枯山水の庭園が名張藤堂家屋敷として残ります。
名張藤堂家陣屋の太鼓門が名張城跡裏手にある寿栄神社の表門として移築され現存しています。

2022年03月21日 課長大和守side-B
短野(筒井順慶)城[名張城  周辺城郭]



短野城は天正伊賀の乱で織田方に加担した筒井軍の本陣が置かれたとされる城です。
一説には柏原城への睨みを効かせるための陣城ということらしいですが、確かに名張の市街からは比高差200m程あり戦況把握には持ってこいの立地と言えます。

城は名張市街の北、梅ヶ丘団地がある丘陵地の南端部に位置し主郭内部に三等三角点が設置されています。
縄張りは土塁で囲まれた長方形の郭が南北にニ郭並び南側の主郭と見られる郭の虎口には空堀が付随しており、更に南には広い削平地が広がり南から西の端を土塁と空堀で遮っています。
全体的に遺構は浅いながらも分かり易く残っており、寧ろこの作り込まれてない感が陣城っぽいなぁと思いました(^^)

城跡までは丘陵裾の配水池などから向かう道もあるようですが、梅ヶ丘パークという団地南側の公園から山側へ向かう階段を登り詰めフェンス脇から造成された斜面を直登すればモノの数分で稜線上に辿りつけます。
あとは右手に暫く歩けば郭が見えて来ますので手軽に訪問されたい方にはオススメです☆

2021年11月14日 多雨右馬允古墳
名張城



藤堂家の地下に筒井定次の一族松倉氏の城跡が埋まっています。現在は和室、厠、風呂、庭園が見られます。甲冑などの展示もあり。武将脇坂安治は伊賀国の守護になりました。名張城は一国一城令でなくなりました。

2021年10月24日 のぶさくら三河守
名張城



名張藤堂家の陣屋があった場所に、御殿の一部と長屋門が残されていました。どちらもとても貴重な建築物です。

2020年12月06日 課長大和守side-B
青蓮寺城 (青木城)[名張城  周辺城郭]



名張駅の南方百合ヶ丘の南端部にある城で、城跡北側の丁字路付近に青蓮寺公園駐車場があり説明板も建っています。

室町時代に青木信定により築かれた城で、この城跡も伊賀によく見られる単郭方形の縄張りとなっています。

現在は青蓮寺が建ち南側の遺構は失われていますが、残る三方に深い空堀とゴツい土塁があり見応えがあります☆
ただ主郭内は寺の私有地となっていますので立ち入りは注意が必要です(^^;

2020年09月21日 大納言Z大納言369
江戸川乱歩生誕地碑広場[名張城  その他]



我が国における推理小説家の先駆者、江戸川乱歩(本名:平井太郎)は、この名張で生まれました。しかし、2歳のときに亀山に転居したあと引っ越しを数多く繰り返したので、名張にどれだけ愛着があったのかは微妙。

2020年09月21日 大納言Z大納言369
名張城

名張藤堂家屋敷の建物内は、大人200円で入場できます。小中生以下は無料。
建物内は城というよりも、昔の日本家屋という感じでした。

2017年11月08日 橘若狭守次郎吉
名張城

藤堂高虎の養子藤堂高吉を祖とする名張藤堂家代々の陣屋跡。名張陣屋跡。
陣屋跡にはかつて当主とその家族が住んでいたプライベート空間の奥屋敷が現存している。また、陣屋跡裏の寿栄神社には太鼓門(かつての正門)が移築されて現存している。瓦には名張藤堂家の桔梗紋がついてる。かつては石垣も残っていたそうだが、今はない。

2012年11月13日 征夷大将軍あぶり餅@尼子再興
名張城

城跡は小学校と中学校の敷地になっています。
名張藤堂家邸跡に建物が残っています。無料駐車場有り。
すく近くの寿栄神社に移築された太鼓門が残っています。

名張城の周辺スポット情報

 名張藤堂家邸太鼓門(遺構・復元物)

 桔梗ヶ丘の碑(碑・説明板)

 青蓮寺城 (青木城)(周辺城郭)

 短野(筒井順慶)城(周辺城郭)

 江戸川乱歩生誕地碑広場(その他)

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