山田城(やまだじょう)

山田城の基本情報

通称・別名

岩掛城

所在地

奈良県天理市山田町下山田

旧国名

大和国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

山田氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

山田氏

廃城年

不明

遺構

曲輪、土塁、堀切

指定文化財

再建造物

周辺の城

福住城(奈良県天理市)[2.8km]
椿尾城(奈良県奈良市)[4.6km]
豊田城(奈良県天理市)[7.8km]
笠間城(奈良県宇陀市)[8.3km]
平清水城(奈良県奈良市)[8.9km]

山田城の解説文

山田城(やまだじょう)は奈良県に存在した中世の山城。岩掛城(いわがけじょう)とも呼ばれる。

概要
天理市山田町の尾根先端の要衝、標高550mに位置する。尾根先の曲輪は四角形で、西方に深い堀がある。単郭の館城から尾根続きに拡張しようとし、未完に終わった。

付近一帯を支配する在地領主・山田氏が当城に拠った。一乗院方の国民であった山田氏は15世紀後半には古市氏に属し、応仁の乱でも勢力を広げている。筒井氏勢力下の福住氏と対立しながら、城の北方に進出して所領を広げた。永禄9年(1566年)に山田氏が松永久秀勢から当城を奪還した記録が残る。

参考文献
角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(29.奈良県)』、角川書店、1990年

山田城の口コミ情報

北川幸人様[2017年01月22日]
地図のピンから南東約200m、中山田と下山田の間の道の岩の斜面に説明板と石碑(道安遺跡)があります。
登城道は整備されてないようで、見つかりませんでした。
駐車場もありませんが、県道と集落の道の合流点の路肩に広いスペースがあり、交通量も少ないので、そこに駐車してもいいかと思います。(自己責任で)
中山田集落の南にある蔵輪寺は、城主山田氏の菩提寺で一族の墓と山田道安由来の説明板があります。

山田道安(順貞)は、永禄十年(1567年)松永久秀と三好三人衆の戦いで焼けた東大寺大仏を銅板で修復し、大仏殿再建に尽力したが、志なかば天正三年(1573年)に没し蔵輪寺に葬られました。

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