豊田城(とよだじょう)

豊田城の基本情報

通称・別名

豊田山城

所在地

奈良県天理市豊田町城平

旧国名

大和国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

豊田氏

築城年

不明

主な改修者

主な城主

豊田氏、松永氏

廃城年

不明

遺構

曲輪、横堀(空堀)、土塁、竪堀

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

窪之庄城(奈良県奈良市)[4.0km]
椿尾城(奈良県奈良市)[4.6km]
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柳本城(奈良県天理市)[5.4km]

豊田城の解説文

豊田城(とよだじょう)は奈良県に存在した中世の山城。

概要
天理市の現・天理教迎賓館の裏山に城跡が位置する。室町時代に付近に勢力を張った興福寺大乗院方の衆徒・豊田氏が居城とした。奈良県の城としては空堀が最も発達しており、二つの郭群を複雑な横堀が囲むほか、尾根の奥にも横堀がある。

室町時代中期に豊田頼英が台頭、明応年間まで豊田氏は越智氏・古市氏に属していたが敗れて没落し、筒井氏に属するようになった。永禄11年10月15日(1568年11月14日)に松永久秀に攻められ落城し、その後は松永方の支城となった。

参考文献
角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典(29.奈良県)』、角川書店、1990年

豊田城の口コミ情報

邦順大和守大八郎宗久様[2017年01月14日]
登り下りを除き1時間半程滞在し、主・副郭、出郭、東郭周辺の散策、城南方の堀を見るならもう少し時間が必要ですね。

主・副郭と東郭を隔てる横堀は幅は広くないが長さがあり、入り込む谷をも利用した堀切の印象があります。

北側は傾斜強めの竪堀となり、主郭北側の横堀に逃げようにも土塁が邪魔して崖に転落、いや、主郭北側の横堀に虎口があるので、土塁で侵入者の侵攻を抑え、越えて堀を登る者を迎撃するのかも。南側は傾斜緩めですが段差のある箇所があり、侵入を遅らせる意図か。

主・副郭周囲は堀で囲まれ大勢の侵攻が妨げられる造りですが、主郭に土塁が見当たらず、副郭には少々あり。

南側の出郭は所々段差があり、どこかの段差の縁に僅かに土の盛り上がりと虎口のような凹みがあった気がしますが、空堀外側以外に土塁はなく、空堀内側は切岸だけで防備が心許なく感じます。

東郭は土塁あり。うろ覚えで申し訳ないですが囲みが半端だった印象があります。

藪が繁り、空堀は所により倒木ありと、散策や撮影に影響あれど、竪堀・横堀がしっかり残った城です。

治部少輔蓋と城様[2012年05月13日]
大和永享の乱の原因となった豊田氏の城。松永弾正の改修を受けた横堀や馬出しは見応えあり。看板も新しくなり、訪城しやすくなっています。

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