柳本城(やなぎもとじょう)

柳本城の基本情報

通称・別名

楊本城、(柳本陣屋)

所在地

奈良県天理市柳本町1118

旧国名

大和国

分類・構造

平城、(陣屋)

天守構造

築城主

楊本氏[柳本城]、織田尚長[陣屋]

築城年

室町時代[柳本城]、寛永年間(1624〜1644)[陣屋]

主な改修者

主な城主

楊本氏、十市氏、織田氏

廃城年

遺構

移築御殿(橿原神宮)、移築門[陣屋]

指定文化財

再建造物

周辺の城

龍王山城(奈良県天理市)[2.5km]
芝村陣屋(奈良県桜井市)[2.6km]
田原本陣屋(奈良県磯城郡)[4.5km]
十市城(奈良県橿原市)[4.7km]
戒重城(奈良県桜井市)[5.2km]

柳本城の解説文

柳本陣屋(やなぎもとじんや)は、大和国式上郡(現 奈良県天理市柳本町)にあった陣屋で、柳本藩の藩庁である。

概要
織田信長の弟の織田長益(有楽斎)は慶長5年(1600年)の関ヶ原の戦いに東軍として参戦し戦功を挙げたことから、大和国・河内国に3万石の所領を与えられた。その後、豊臣秀頼の家臣となり、大坂冬の陣では豊臣方として戦ったが、その裏で和睦交渉をしていた。夏の陣前に豊臣方を離れたため、罪を問われることはなかった。元和元年(1615年)織田尚長が分知により柳本藩を立藩。後の寛永年間になって中世の柳本城址に陣屋を築いた。

第4代藩主の秀親の代である宝永6年(1709年)、徳川綱吉の法要が寛永寺で行われている時、発狂した加賀国大聖寺新田藩主前田利昌により、殺害されてしまう。このため弟の成純を養嗣子として後を継がせ、改易を防いだのである。

文政3年(1830年)陣屋が全焼した。幕末には城主格になっている。尚長以降13代続いて信及(のぶひろ)の代に明治維新を迎えている。

遺構
陣屋址は柳本小学校の敷地となり、堀の一部に利用した黒塚古墳の堀と石垣が残存するのみである。昭和42年(1967年)、表向御殿が橿原神宮文華殿として移築された(重要文化財に指定されている)。また、陣屋西門が移築現存する。

交通
JR桜井線柳本駅から徒歩約5分。

柳本城の口コミ情報

まるき〜淡路守様[2017年07月03日]

城の縄張りは今や天理市立柳本小学校に、黒塚古墳は物見的な使い方をされていたと考えられる
お隣の天理市立黒塚古墳館(無料)に城関係少しだけ、縄張りのわかる図や当時の柳本城主の家臣の鎧等が展示されていました。
国道169号線沿いのファミリーマート天理柳本店の奥にも駐車場があり 歩いて数分で城跡、黒塚古墳館に行ける。

更にここから数分歩いた所にある天理市トレイルセンターの奥付近で難攻不落?(ポチ攻略し難い)の龍王山城が攻略できる可能性大
こちらでは最近流行りつつあるマンホールカード(天理市)が貰えます。

前回の口コミに古墳展示館の入場
8:30〜と記載していましたが
昨日の時点で午前9:00〜午後5:00までとなっていました。

まるき〜淡路守様[2016年01月31日]
古墳…ですね
古墳を利用して砦、見張り台にでもしていたのでしょうか…?
色メガネで見れば周りは若干城下町っぽい雰囲気がありました…(汗
柳本公民館前辺り、小学校の塀に柳本藩邸の説明書きがある。
元々ここにあった建物が橿原神宮に移設され 大書院と玄関が橿原神宮文華殿として現存し使われているそうです
城?古墳の見学時間、10〜20分程度…

黒塚古墳展示館の駐車場を使用
入館、駐車共に無料
8:30〜17:00
月曜、祝日、休館日は使用不可です。

治部少輔蓋と城様[2012年05月13日]
黒塚古墳を利用した城。中世の柳本城(;゚0゚)ハッ!、江戸期は織田氏の柳本陣屋でした。小学校と民家の隙間に見える石垣やJA脇の大手石垣、古地図と同じ家老屋敷の配置は是非。駐車場は、古墳見学のために広いスペースがあります。

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