戒重城(かいじゅうじょう)

戒重城の基本情報

通称・別名

開住城、(戒重陣屋)

所在地

奈良県桜井市戒重

旧国名

大和国

分類・構造

平城、(陣屋)

天守構造

築城主

戒重西阿[戒重城]、織田長政[陣屋]

築城年

南北朝時代[戒重城]、元和5年(1619)[陣屋]

主な改修者

主な城主

戒重氏[戒重城]、織田氏[陣屋]

廃城年

遺構

消滅

指定文化財

再建造物

周辺の城

芝村陣屋(奈良県桜井市)[2.5km]
十市城(奈良県橿原市)[3.8km]
今井環濠(奈良県橿原市)[4.9km]
柳本城(奈良県天理市)[5.2km]
田原本陣屋(奈良県磯城郡)[6.2km]

戒重城の口コミ情報

邦順大和守大八郎宗久様[2013年11月06日]
南朝の戒重西阿が築き、江戸期は織田家が土塁等が残る跡地を、帰農していた戒重氏郎党と交渉・接収し陣屋を構えた。
西阿は吉野への街道守備の為、六城や石原田砦を築き、北軍に安倍山に陣取られるも奮戦…が1341年に陥落。
六城の現在
戒重…東西185m南北225mの単郭平城、土塁・竹藪・堀を所有…だが名残は鎮守の神社や織田時代の寺程度。北の川辺に少し竹が生えるが城と関連不明
河合(川合)・安房(粟殿)…軽く散策、遺構見つからず
鵄(鳥見山)…等弥神社から登城(宗像神社からも可能らしい)。堀切などあり(戦国期の改修?)
赤尾…押坂山口坐神社の南の山に存在。竹林化しているが見応え充分。戦国期に利用され土塁・堀切を備えたとか
外鎌…愛好会が登山道を整備。大和朝倉駅から北側ルート利用。道中に郭風の場所や石積(関連不明)がある。山頂に西阿の碑あり。愛好会の説明ではここで自刃したという
平城より山城の方が魅力があると思う。徒歩を心掛ける、行儀良くするなど地元とのトラブルは避けるように

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