多田城(佐比山城)

多田城(佐比山城)([岩掛城  周辺城郭])

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多田城(佐比山城)の口コミ情報

2025年03月28日 ʀᴇᴅ副将軍


東山内の有力土豪である多田氏の居城

オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎

築城年代は不詳。南北朝時代に多田氏により築かれたとも云われます。
摂津源氏の多田氏の末裔と称する多田経実が鎌倉初期にこの地に入ったのが始まりとされ、15世紀の初めには東山内の有力土豪として名が残ります。
南北朝時代には南朝方の北畠氏に属して幕府軍と交戦。多田城はこの頃に築かれたと考えられています。
1429年に北畠満雅が討死し北畠氏が幕府に屈服すると、その後は越智氏に属します。
1467年に応仁の乱が勃発すると、多田氏が属する越智党は畠山義就(西軍)に付き、敵対する筒井氏は畠山政長(東軍)に付きます。
1485年、両畠山氏が争った山城国一揆において多田祐実は畠山義就に付いた越智・古市氏に属して従軍。
しかし、多田祐実の留守を突いて筒井氏が吐山氏に加勢して多田城を攻め寄せたため落城。翌年に多田祐実は古市氏の支援を得て多田城を回復しています。
多田祐実が没すると、十市氏の支援を得た吐山氏が攻勢に出て、1489年に多田氏は敗れて没落したました。
その後、勢力を取り戻した多田氏は新たに貝那木山城を築いて本拠としています。

見所
満寿寺の東背後の山陵上に築かれており、南から北へ主郭、副郭、北郭が連なる連郭式。
主郭は土塁囲みで北西と南東に虎口が開口。北東虎口が大手とされます。また南西には櫓台が敷設されています。
主郭と副郭の間は三日月状の大土塁で区切られ、両サイドには二条の竪堀が落ちています。
また、西側斜面には畝状竪堀がはっきりと残ります。
北側の尾根筋にも郭が連なっている様ですがヤブ化しており断念しました。

2022年03月15日 課長大和守Ver.B


多田城は貝那木山城の南東室生多田地区の満壽寺背後の山頂にある城です。
貝那木山城と同じく多田氏の居城で築城年は不明ですが文明年間には既に城を巡る攻防の記録が残っているようです。

縄張りは広々とした主郭に土塁を伴う帯郭と幾つかの小郭が付く形で主郭の四方は土塁が巡っています。
また西側斜面には貝那木山城と同じく連続畝状竪堀があり多田氏が防御施設として竪堀を重視していたことが良く分かります☆
他に畝堀上部や南側主郭切岸下部には石積みのようなモノが点在していますが貝那木山城でも石垣は活用されていたようなのでもしや…と勝手に思っております(^^;

アクセスは県道781号線沿いと満壽寺参道に案内が出ており七面堂参道と記された看板より10分程山道を登った先となります。
貝那木山城よりもアクセス良好で明瞭な畝状竪堀が堪能出来ますのでお気軽に訪ねてみてください(^^)

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