松倉城(まつくらじょう)

松倉城の基本情報

通称・別名

鹿熊城、松蔵城、金山城

所在地

富山県魚津市鹿熊字城山

旧国名

越中国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

井上俊清

築城年

建武2年(1335)頃

主な改修者

主な城主

普問氏、桃井氏、椎名氏、河田氏(上杉氏家臣)

廃城年

慶長年間(1596〜1615)

遺構

曲輪、石垣、土塁、堀切

指定文化財

県史跡(松倉城跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

上梅沢館(富山県滑川市)[7.2km]
魚津城(富山県魚津市)[7.4km]
天神山城(富山県魚津市)[7.9km]
稲村城(富山県中新川郡)[8.3km]
弓庄城(富山県中新川郡)[11.3km]
小出城(富山県富山市)[11.4km]
仏生寺城(富山県中新川郡)[12.9km]
若栗城(富山県黒部市)[14.4km]
内山城(富山県黒部市)[15.2km]
生地台場(富山県黒部市)[16.2km]

松倉城の解説文

松倉城(まつくらじょう)は、越中新川郡松倉村(現在の富山県魚津市)にあった日本の城(山城)である。別名「金山城」または「鹿熊城」。富山県史跡。越中三大山城の一つ。とやま城郭カードNo.3。

構造
松倉山(鹿熊山)の山頂(標高430.9メートル)に位置する。本丸には数百本の桜が植えられていて(富山さくらの名所50選にも指定されている)、展望も良く、新川平野一帯を一望できる。三方は断崖で、5郭を構成し越中最大級である。

歴史
1335年(建武2年)頃の築城と言われている。城主は普門利清、桃井直常と移り、南北朝時代のあとは椎名氏の居城として、越中東部の政治・軍事の中心として栄えた。豊富な産出量を誇った松倉金山を擁していた。 椎名氏は最盛期には富山県呉東地域にまで勢力を広げていたが、1570年(永禄13年/元亀元年)、城主の椎名康胤が、宗主の上杉氏から対立する武田氏に寝返ったために上杉勢に攻められた(松倉城の戦い)。その結果戦に敗れ、椎名氏は城から逃亡し、椎名氏による長い統治が終わった。その後は上杉軍の拠点として河田長親が城将を務め、天正8年(1580年)10月には神保長住による攻撃を撃退している。天正10年(1582年)6月、魚津城落城直後に松倉城も織田軍の手に落ちたが、本能寺の変後の混乱によってすぐに上杉方に復帰した。

その後、天正11年(1583年)に城将須田満親は佐々成政に開城し信濃の海津城に転出した。また成政も富山の役で前田・上杉軍に挟撃されたうえ秀吉の大軍の前に降伏、天正15年(1587年)に肥後移封されたが一揆が発生し没落した。

文禄4年(1595年)には前田利長に新川郡が加増され、土肥氏・舟見氏らの上杉家の越中衆から郡内の諸城を受け取る。 前田氏は麓の鹿熊にあった城下町を魚津へ移す。松倉城は慶長年間に廃城となったと言われている。

遺構・復元施設
城址碑と案内板 - 巨石に「松倉城址」石板を填めた址碑。隣に場内案内。
「松倉城主之碑」 - 天守入口付近にあり、桃井氏から須田満親まで歴代城主の顕彰碑。
本丸跡 - 「松倉城本丸跡より富山方面を望む」写真パネル台。富山市方面が遠望できる。
「松倉城跡地形模型」 - 水平に置かれた立体図に松倉城跡の全景が配置。1/1000の縮尺。
「松倉城跡の構造」絵図 - 発掘調査の様子を写した写真も掲載。
平ノ峰(のろし台) - 丸太を等間隔に敷いた山道が狼煙台へ続いている。
水飲場跡
八幡堂社殿 - 本丸跡南の曲輪にある祠。...

松倉城の口コミ情報

2021年01月04日 曲輪越中守削平
坪野城[松倉城  周辺城郭]



5月に初めて登城した時は坪野側から林道に入り途中から踏み跡を辿りました。
その時に南側に登山道があるのを見つけました。航空写真で見ると同じ林道に通じている様子。今回は逆方向の大菅沼側からアタックします。

大菅沼の集落の南に地図にも出ている溜め池があります。路肩に10台程駐車可能と思います。ここに駐車して歩きます。林道を二度右折。12分で林道は行き止まりに。広くて平坦な登山道をさらに4分で見覚えのある場所に出ました。ここで尾根に取り付きます。堀切、副郭の写真を撮りながら6分で主郭に到着。軽く刈り払われており、前回見つけられなかった城址碑も見つける事が出来ました。また、松倉城の姿も見えました。

城ポチするとGPSが黒部にワープして使い物にならなくなったため、北側の堀切まで見て撤退する事にしました。また来たいと思います。
2020.12.6

2021年01月03日 曲輪越中守削平
護摩堂城(蓑輪城)[松倉城  周辺城郭]



山名は城山。滑川市蓑輪と上市町護摩堂の境界線にあり、双方の呼称があるようです。料理宿の八十八を過ぎると弘法大師の清水があり、向かいが駐車場になっています。そこから約50m戻ると東側に入る登山道があります。林の中をかなり明瞭な道が続いています。6分程で「火の用心伊折29」の看板があります。ここを左に行けば城址碑·三角点、しかし15分の登山と甘く見ていたせいで道なりに右へ行ってしまいました。

さらに8分で尾根に出ます。城跡から500m南です。ここまで来たら突っ切るのもありかと藪漕ぎ開始します。3分で堀切らしきものを発見。が、遥か城域外なので素人判断はせず。30分で約400m移動し、城域へ。縄張り図通り二重堀切、大堀切を確認。が、この季節でも藪が邪魔で写真が撮りにくい。主郭は藪が濃く通り抜けるので精一杯でした。夏場は無理かも。主郭西側の下段はやや藪が薄く、Uターンして下から井戸跡へ。

主郭の北、一段下に鉄塔があり、下山道と尾根沿いに三角点に向かう踏み跡がありました。踏み跡をすぐで城址碑です。堀切を越えてさらに行くと物見台跡とされる三角点に到着。樹林で景色は得られず。鉄塔まで戻り、下山しました。予定では全行程1時間かからないはずでしたが結局2時間以上かかりました。景色は何ヵ所か得られましたが、道路を車で走っている途中が一番でした。
2020.11.29

2019年12月09日 雪那
武隈屋敷(小菅沼城)[松倉城  周辺城郭]



支城北山城跡から松倉城へ行く途中になります。屋敷の出入り口は升形。土塁と石垣が残っています。

2019年12月08日 雪那
北山城(金山谷城)[松倉城  周辺城郭]



細い舗装された山道を登ります。すれ違い出来ない道をどんどん奥まで行くと、整備された駐車場に出ます。そこから直ぐに本丸の広場に行けます。
城が築かれた山頂部は細長く平坦にならされ、その範囲は支城群の中でも升方城と並んで規模の大きな城郭です。
山頂からは魚津市街地が一望出来ます。
多数の曲輪、竪堀、堀切があるとの事です。

2019年10月22日 雪那
水尾城[松倉城  周辺城郭]



石の門砦から近いです。大きな看板から1キロ程歩きます。昔車が通っていたのが分かる位広い道もありますが、急でガタガタなので車は無理です。5箇所の空堀で区切り、4つの曲輪で構成されている、と書いてあります。

2019年10月22日 雪那
石の門砦[松倉城  周辺城郭]



松倉城の支城升方城から車で5〜6分で行けます。その通りにあり、説明板もあるので分かりやすいです。

2019年10月22日 雪那
升方城[松倉城  周辺城郭]



松倉城塁群の1つ。8号線金沢高岡方面より新潟方面行きでグーグルマップで進みます。城近くなると対向車とすれ違えない道になりますが、そのまま進めば整備された道に出ます。公園と名の付く場所からすぐ登り口があります。本丸跡自体は草ぼうぼうでしたが、そこまでの階段は整備され登りやすいです。虎口、郭、畝状空堀群があるようです。

2019年05月25日 龍馬太閤【備中の麒麟】
松倉城



主郭とニの曲輪を分断する(手前)堀切(奥)二の曲輪(曲輪の右)土塁☆越中三大山城の一つ☆標高430mの鹿熊山に造られた☆

2019年05月25日 龍馬太閤【備中の麒麟】
松倉城



ニの曲輪と三の曲輪を分断する堀切☆城主・椎名氏が宗主、上杉氏から武田氏に寝返える事で上杉勢に攻められた『松倉城の戦い』戦に敗れ椎名氏は城から逃亡☆

2019年05月25日 龍馬太閤【備中の麒麟】
松倉城



主郭背後の堀切☆急激に落ちる先は崖☆戦国時代は椎名氏の居城☆越中東部の政治・軍事の中心として栄える☆

2019年04月30日 ピッケル下野守
松倉城



さすが地名が鹿熊だけあって、のろし台から四の曲輪に戻る途中カモシカに遭遇。
熊に会わなくて良かった。

2018年06月28日 安田越後守秀俊
松倉城

同じ魚津市の天神山城にある歴史民俗資料館に『松倉城と支城群』のパンフレットが置いてあったので参考になります。

さすが越中3大山城だけあって支城群形成も壮大。石の門砦の石垣は見事!!
支城群による防衛網も含めてのリア攻めがオススメ。(ただしクマ注意)

2017年11月05日 なぁ姫
松倉城

台風の影響か500mほど手前から倒木により車が通れなくなっています。
狭い山道のためUターンしづらいのでお気をつけ下さい。
私はしばらくバックで逆送してからUターンしました。
2017.11.3確認

2017年09月17日 石畳治部少輔三成
松倉城

遺構が良好に残っていて、本丸からの景色も最高です。
城内に栗が落ちていたので、栗目当ての森のクマさんと出会うかもしれません。私はリスとニホンカモシカに出会いました。

松倉城は水尾城や升形城などの支城群を形成しているようですが、中でも石の門砦の大きな河原石を2メートルくらい積み上げた石積みは見応えがあります。
松倉城への案内板はいくつもありますが、他の支城への案内板は近くに寄らないとありません。下調べして行かないと農道の迷路で迷子になってしまいます。
升方公民館を目指して行けば、まず升方城の案内板、升方城の案内板を通り過ぎてしばらく行くと石の門に行く事が出来ます。
石の門から道沿いに行くと水尾城にたどり着けます。

2017年05月30日 りょうた
松倉城

登城断念しました。熊が絶対出そうです
林道は車両は管理車両以外立ち入り禁止と書いてあります。時期、装備とも出直してきます

2016年09月19日 まるき〜主膳佑
松倉城

越中三大山城の一つ
ここは本丸〜二の丸〜三の丸〜四の丸〜狼煙台と一直線に連なる連郭式で郭の間に見応えのある深い堀切、空堀があり高い所で10メートル以上あるので…凄いですよ

城内はよく整備されていて探索は容易
要所要所凄〜く分かりやすくていかにも山城の造りのお手本?のような感じ、現在発掘調査中なのか所々ブルーシートで覆われていますが…
本丸奥には巨大な自然石←これ不思議な感じ、城山全体の模型、案内板

本丸、狼煙台共に眺望はかなり良くて景色を眺めに来るだけでも値打ちがある

駐車場にある城の案内を見ると城内端から端まで距離がある様に見えるが実際歩いてみるとそれ程ではない

県道67号線、角川ダムを超えた所に城への登り口があり車で約10分〜くらいで突き当たり、城の近くまで行けるが目的地までの道のりは枯葉、砂利、細いクネクネ道なので若干不安を感じるかもしれません
駐車スペースは5〜6台分、トイレあり。

2016年06月14日 鋸越中守鍬形左衛門
松倉城

続き


2キロほど進むと、作業小屋があり、その上に公衆トイレと物見櫓的なアスレチックがあります。
本丸下の駐車場にもトイレがありますが、古いので、利用するのであればこちらの方が良さそうです。
ここから、本丸に向かう「もののふ道」と名付けられた散策道がありますが、こちらも人が頻繁に歩いている雰囲気ではありません。
この公衆トイレから看板に沿って進むと、1キロ弱で本丸下の駐車場です。
駐車線、車止め等はありませんが、舗装されており、複数台停めることが出来ます。
こんなに山奥なのに、見学路も含めてきちんと整備されていてびっくりします。
ただ、どこから野性動物が出てきてもおかしくない環境です。
ラジオ、熊鈴等は必須です。
平日だったからかも知れませんが、山道に入ってから出るまでに人、車など全く出会いませんでした。
まさに貸し切りです。
ゆっくりと悠久に想いを馳せることが出来ました。

2016年06月14日 鋸越中守鍬形左衛門
松倉城

滑川市方面から向かいましたが、まず車がすれ違えないトンネルを抜けます。
一瞬、諦めようかと思いましたが、強行突破。
その後も山道が続き、前日の雨のせいかもしれませんが、所々落石あり。
民家など全くありませんので、女子一人で行くところではありません。
葛籠坂を上っていく途中で、二ヶ所ほど松倉城本丸に向かう遊歩道の入り口がありましたが、人が頻繁に歩いている雰囲気はありませんでした。



2015年06月13日 安田越後守秀俊
松倉城

熊注意です。 地名が「鹿熊」となっている通り鹿も熊も出るそうです

2013年08月21日 芦屋兵庫頭虎吉
松倉城

魚津市街から車で本丸下まで行けて、比較的気軽に散策できます。
気軽に行ける割には、本丸と八幡堂の間の深い堀切や、三の丸の規模、土塁など迫力満点で、本丸からの支城群と富山湾遠景も出色です。

本丸には支城群の模型もあり、全体像もわかりやすかったです。時間があればまとめてまた行きたいと思いました。

山城好きには是非ともオススメしたい城です。


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