若栗城(わかぐりじょう)

若栗城の基本情報

通称・別名

たちのしろ

所在地

富山県黒部市若栗3737

旧国名

越中国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

不明

築城年

戦国時代

主な改修者

主な城主

総田太郎左衛門、不悪凡斎右京輔

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

市史跡

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

内山城(富山県黒部市)[6.0km]
天神山城(富山県魚津市)[6.8km]
生地台場(富山県黒部市)[7.4km]
魚津城(富山県魚津市)[10.9km]
宮崎城(富山県下新川郡)[12.8km]

若栗城の解説文

若栗城跡は、たちのしろと呼ばれ、黒部川左岸の旧北陸街道に面した交通の要所に位置する。敷地は東西約100メートル、南北約80メートルの規模で、周囲の土塁は今も高さ約5メートル、幅10~20メートルの規模で残っている。

城の構造は、方形に堀と土塁をめぐらし、土塁はコの字状に北、西、南の三方を囲む形態で東側が開けている。調査では、珠洲、越前、越中瀬戸、伊万里などが出土した。また、土塁の基礎固めの石列、建物に関する石敷きが見つかっている。戦国時代にこの城が造られたと考えられる。

市内の平地にある城館には石田城、堀切西館、堀切東館、小梅山遺跡、長安寺館、善念寺館などがある。

「越能賀三州志」では、東西40間、南北42間で高さ7尺の垣上げありとし、館主に総田太郎左衛門の名が出ている。また、「文政元年城跡館跡由来申伝之趣書上申帳」文政元年(1818)によれば城主不悪凡斎右京輔が居住とある。

地元の言い伝えでは、上杉勢と戦った城主の妻の勇壮な奮戦ぶりの悲話が残っている。

アクセス
・富山地方鉄道「舌山駅」下車、徒歩10分

情報提供:黒部市教育委員会生涯学習課

若栗城の口コミ情報

近江守Silvine様[2017年09月30日]
黒部ICを降りたら右へ、北陸道と北陸新幹線の高架を越えたら最初の十字路を右折します。そのまま1kmほど直進すると田圃の真ん中に大きな土塁が見えてきます。

元々は単郭方形の城だったとの事ですが、半分は田畑にするため崩され、現在は虎口を中心にコの字型に土塁が残っています。土塁は高さ4mほどあり、見応え十分です。また周りに建物がないのでよく目立ちます。

北陸新幹線の黒部宇奈月温泉駅からも1kmほどですので、お近くを訪れる方は立ち寄ってみてはいかがでしょう。

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