武隈屋敷(小菅沼城)
武隈屋敷(小菅沼城)([松倉城 周辺城郭])
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武隈屋敷(小菅沼城)の口コミ情報
2023年05月21日 RED副将軍
石積み土塁と外桝形虎口が明瞭に残る松倉城の支城🏯
オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎
築城年代は不詳。松倉城主である椎名氏の家老である武隈氏の屋敷跡。松倉城と北方を押さえる出城であった北山城との中間に位置し、繋ぎの城として機能したとされます。
武隈氏は、1221年の承久の乱の後に地頭として入部し、その後に越中国守護代となった椎名氏の重臣とされます。1568年、椎名康胤は武田信玄や一向一揆勢力と与して上杉謙信に叛旗を翻しましたが、1573年に上杉謙信が攻め寄せて松倉城は落城、椎名氏は滅亡しました。武隈氏は、椎名氏が滅亡すると帰農しましたが、そのまま小菅沼に居住。近世まで代々続いていました。
見所
松倉城の北側、角川右岸の丘陵上に築かれています。高さ約1.5mの石積土塁が巡り、北側と東側に虎口が開口。北側虎口は外桝形虎口、東側虎口は折れ虎口となっており、石積みと虎口が見所です。現在の遺構は加賀藩の許可を得て江戸時代に築かれたものと考えられています。
行き方は、小菅沼集落上にあり車で行くことができます。
2019年12月09日 雪那【槍の又左】
支城北山城跡から松倉城へ行く途中になります。屋敷の出入り口は升形。土塁と石垣が残っています。