八田家御朱印屋敷(はったけごしゅいんやしき)

八田家御朱印屋敷の基本情報

通称・別名

八田屋敷

所在地

山梨県笛吹市石和町八田334

旧国名

甲斐国

分類・構造

平城

天守構造

なし

築城主

八田政清

築城年

天正10年(1582)

主な改修者

主な城主

八田氏(末木氏)

廃城年

遺構

曲輪、土塁、書院、門(石和陣屋表門)

指定文化財

県史跡(八田家御朱印屋敷)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

小山城(山梨県笛吹市)[4.3km]
甲府城(山梨県甲府市)[6.4km]
要害山城(山梨県甲府市)[6.7km]
躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市)[6.8km]
勝山城(山梨県甲府市)[7.1km]
連方屋敷(山梨県山梨市)[7.2km]
勝沼氏館(山梨県甲州市)[8.3km]
湯村山城(山梨県甲府市)[8.7km]
於曾屋敷(山梨県甲州市)[9.9km]
小田野城(山梨県山梨市)[10.3km]

八田家御朱印屋敷の解説文



八田家書院(はったけしょいん)は、山梨県笛吹市石和町八田(旧東八代郡石和町八田)にある歴史的建造物。八田家御朱印屋敷に付属する別棟書院である。八田家御朱印屋敷は山梨県の史跡に、書院の建物は山梨県の有形文化財に、それぞれ指定されている。なお、表門は石和陣屋から移築したものである。

概要 

八田家は戦国時代には甲斐守護・武田氏の家臣で、家中の財政を担う御蔵前衆(蔵奉行)を務める一方で商業活動も行う在郷商人であったという。

甲斐国八代郡八田村(山梨県笛吹市)に居住する。『甲陽軍鑑』では武田家の代官衆(御蔵前衆)として伊奈宗普(水上宗普)・諏訪春芳・八田村新左衛門尉・松木珪琳の4人の存在を記しており、このうち八田村新左衛門尉と松木珪琳が甲斐の商人として知られる。(武田信玄の家臣団を参照)八田家の由来書によれば、晴信(信玄)期の末木正重の子である末木家重(淡路守)を始祖とする[1]。家重は勝頼期には末木(笛吹市一宮町末木)の地を与えられ、末木姓を名乗ったという。家重は天正9年頃に家督を嫡男の政清に譲り隠居し、武田氏滅亡後の天正15年(1587年)3月以前に死去している。末木政清(東市佑)は天正10年(1582年)の武田滅亡後、甲斐を領した徳川氏に臣従し、慶長年間に八田姓に復した[2]。政清は徳川家康から諸役免許状(朱印状)を受けて安堵され、有力郷士となる。ほか、家重の子(政清の弟)もしくは正重の子(家重の弟)とされる末木新左衛門尉(八田村新左衛門尉)がいる。

屋敷地は甲府盆地東部、標高273メートルの沖積低地上に位置する。笛吹川の旧河道沿いで、八田家書院の南には甲州街道が通過し、街道沿いには石和八幡宮や日蓮宗寺院の遠妙寺(ともに笛吹市石和町市部)などが所在している。江戸時代の絵図によれば八田家屋敷は規模が大きいものの、現在では多くの郭群は宅地化されており、八田市之丞屋敷地が残る。屋敷跡は東西120m・南北150mの変形方形。周囲は濠、東側一部と北側には幅7~10mの土塁と堀が築かれている。屋根は茅葺の入母屋造。

屋敷内の邸宅などは、武田氏滅亡の際に焼失したという。江戸時代後期の安政6年(1859年)には、八田家の南を流れる笛吹川において水害が発生し、その影響を受けて書院に仮設した建物が主屋となっていたが、近代には1940年(昭和15年)に再建された。書院は主屋の南側に位置し、江戸初期の建物。築造年代は同家に所蔵されている『永々日記』寛政4年(1792年)条や、八田家の菩提寺である真言宗寺院・願念寺(笛吹市石和町八田)の書付から慶長6年(1601年)であると判明する。

1961年(昭和36年)12月7日には八田家書院が山梨県指定有形文化財(建造物)に指定され、土蔵棟札と古記録4点(「永々日記」「家政歴年誌」「地相図面」「八田村古絵図」)が附(つけたり)指定となっている。1969年(昭和44年)11月20日には八田家御朱印屋敷が山梨県指定史跡となった。[3]

書院の間取りは西に奥の間、中央に中の間、東に三の間の東西三列、および玄関から構成される。総じて簡素な意匠であると評され、上級武士を招いた記録のあることから接客や応待の場であったと考えられている。

== 脚注 == == 参考文献 ==

  • 『山梨県の地名』
  • 『山梨県市資料編7中世4考古資料』
  • 『山梨県史文化財編』
  • 鈴木将典「末木正重」柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編『武田氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2015年
  • 鈴木将典「末木家重」柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編『武田氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2015年
  • 鈴木将典「末木新左右衛門尉」柴辻俊六・平山優・黒田基樹・丸島和洋編『武田氏家臣団人名辞典』東京堂出版、2015年

八田家御朱印屋敷の口コミ情報

2023年11月27日 ペスカトーレ
八田家御朱印屋敷



西暦1600年に建てられた建物です、
八田家は豪商だったらしく、御朱印屋敷は商談をする屋敷だったみたいです。

入場料は20歳以上200円です。

2023年11月05日 国府左京大夫城介
川田館[八田家御朱印屋敷  周辺城郭]



武田信昌から信虎三代に渡る守護館

【歴史】
寛正6年(1465)に武田信昌(信玄の曽祖父)が、川田の地に武田氏の守護館を構え、信縄・信虎と三代続いて、守護館として用いられていた。しかし、永正15年(1518)または同16年(1519)に、信虎は躑躅ヶ崎に守護館を移転した。(王代記では永正15年に、高白斎記では永正16年に躑躅ヶ崎に移転したと記されている)

史料(王代記)によっては、信虎が永正11年(1514)に築いたとも書かれています。

【遺構】
八田家御朱印屋敷から西に1.15kmに位置した守護館(方形居館)。

現在は遺構は残っていないが、説明版によると城に関連する地名(御所曲輪・御厩屋敷)が残っている。御所曲輪と呼ばれる一帯には堀と土塁の痕跡が認められ、南北一町(約190m)、東西二町(約280m)の広さの館であったと推定されている。甲府市が行った試掘調査では、信昌から信虎の時代の土器や擂鉢、大陸から輸入された陶磁器等が発見されている。
北西にある二宮神社は、川田館の鎮守社となる。また、東側には三ツ俣(大井俣)と呼ばれる水の分配施設(川田・桜井・和戸方面に分配)があり、その内の2筋を水堀として組み込んでいた。

【感想】
武田信虎が躑躅ヶ崎に移るまで用いていた館ですが、現在は果物畑となっています。とはいえ、武田氏の守護館がここにあったんだという感慨が深いものはあります。
水利施設を館に取り込むなど、石和付近を支配するという強い目的があったことが十分にわかります。一方で、水害に悩まされていたことから、信虎は躑躅ヶ崎に移転することになったようです。

【アクセス】
石和温泉駅から徒歩10分。

【写真】
①川田館跡
②説明版(川田館)
③二宮神社
④三ツ俣

2023年09月01日 乃音和泉守
八田家御朱印屋敷



ハ田家書院御城印屋敷へ公園は自由に散策できましたが、今 書院屋敷は、土日祝日のみの公開になっていました

2023年08月04日 いれぶん武蔵守
八田家御朱印屋敷



遺構は御屋敷の他に濠と土塁という。濠は南面と西面にあり、美しく整備されていて当時の物がどの程度残されているのかはわかりません。北側の土塁はかなり低くなっていますが、ハッキリとわかりますのでご確認ください。木造アーチ橋は由来がわかりませんでした。

8/5追記
写真の通り、御屋敷見学日や見学時刻に大きな変更があります。土日祝日の10:00〜16:00のみですのでご注意ください。

駐車場は十分な台数があり無料。和式(女性は和洋)水洗トイレとHDトイレあり。木陰のあるベンチ休憩所あり。落ち着いた公園です。

2023年05月07日 織田上総介晃司
八田家御朱印屋敷

狭い道路を進むと駐車場があります。8時台に着き、書院の見学は9:00からなので外から眺めるのみでした。

石和温泉は山梨でメジャーな温泉地。温泉に入らない手はないでしょう。

2022年12月18日 はる弾正大弼ちゃん
八田家御朱印屋敷



石和温泉駅からほど近く八田家御朱印屋敷を発見!細い路地に囲まれたここは、公園としてもよく整備されていました。書院の見学は200円とのことでしたが、納める場所が見つからず外から拝見。立派な門構えと書院の屋根が見事でした。

2016年02月14日 フー甲斐守
八田家御朱印屋敷

行くと管理人さんが色々親切に説明して下さいます。近くにはワイン工場があり、しっかり試飲させて頂きました(^o^)
又、手前のホテル石風さんの玄関には武田勝頼の継室北条夫人遺愛と伝わる松がありました。

2015年09月22日 浜浜左衛門佐二郎勝頼
八田家御朱印屋敷

書院は900〜1600時で公開。閉館日火曜。20歳以上200円、以下100円。名の由来となった朱印状を丁寧に説明してもらいました。

2013年04月04日 富士丸式部大輔孫兵衛
八田家御朱印屋敷

駐車場あり。周辺は道が狭いです。

八田家御朱印屋敷の周辺スポット情報

 土塁(遺構・復元物)

 石和本陣跡(碑・説明板)

 甲斐の古道歴史公園・説明板(碑・説明板)

 石和陣屋(周辺城郭)

 川田館(周辺城郭)

 武田信重館(周辺城郭)

 遠妙寺(寺社・史跡)

 石和八幡宮(寺社・史跡)

 佛陀寺(寺社・史跡)

 普賢願生稲荷神社(寺社・史跡)

 トイレ(トイレ)

 無料駐車場(駐車場)

 駐車場(駐車場)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

 古甲州道(その他)

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