小田野城(おだのじょう)
小田野城の基本情報
通称・別名
- 小田野山城
所在地
- 山梨県山梨市牧丘町西保中
旧国名
- 甲斐国
分類・構造
- 山城
天守構造
- -
築城主
- 安田義定
築城年
- 平安時代後期
主な改修者
- -
主な城主
- 安田氏、跡部氏
廃城年
- -
遺構
- 曲輪、帯曲輪、土塁、竪堀
指定文化財
- 市史跡(小田野城跡)
再建造物
- 説明板
周辺の城
-
浄古寺城(山梨県山梨市)[3.2km]
連方屋敷(山梨県山梨市)[6.1km]
於曾屋敷(山梨県甲州市)[6.8km]
要害山城(山梨県甲府市)[8.2km]
八田家御朱印屋敷(山梨県笛吹市)[10.3km]
勝沼氏館(山梨県甲州市)[10.6km]
躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市)[10.8km]
平瀬烽火台(山梨県甲府市)[11.2km]
甲府城(山梨県甲府市)[12.7km]
湯村山城(山梨県甲府市)[12.8km]
小田野城の解説文
小田野城の口コミ情報
2026年07月30日 気分爽快大蔵卿
小田野城
甲斐国35城のリア攻めコンプリートのため、暑くならない午前中に意を決して出かけてきました。
口コミ見ると山登りきつそうなわりに、縄張り図見ても気になる遺構もなさそうなのですが、リア攻め認定のためには登らないとダメそうなので重い腰を上げました。
口コミを見て、普門寺の墓地北西より、防獣柵を目指します。防獣柵までは案内板がありました。が、夏場は草でわかりづらいかも。
登り40分、降り30分程度ですが、案内板は皆無なので山登りアプリなどで軌跡記録しておかないと、入口の防獣柵に戻ってこれないかもしれないので、注意が必要です。下から見上げる景色と、上から見下ろす景色は全然違うので、舐めてかかると危ないです。
途中でリア攻め認定されましたが、せっかくなので山頂まで行ってきました。
①防獣柵から暫く登ると祠のある場所に到着。この先急坂
②面倒なので直登りしましたが、夏場はきつい
③堀切らしいが、上から見下ろすとなんとなくそう見える
④20分程度で標高800mの平坦地に到着(写真は山側からのもの)
⑤関門のような石。この先最後の急坂
⑥山頂の主郭まで行った証。標高は883mとのこと
⑦北尾根には堀切があるが、戻ってくる気力がないので上から望遠でパチリ
⑧南尾根は段郭が続くようだが、暑さもあり山頂まで戻る自信はなかった
2025年12月23日 治部卿ヒトリモン
小田野城
登城口のある普門寺は車を直接乗り入れる道が狭そうだったり、境内もあまり広くはなさそうだったので、下のフルーツラインにスペースを見つけて車を置きました
普門寺まで階段を登り、墓地の奥に案内板があり防獣柵の扉を入ります
比高の1割が防獣柵までの階段など、残りは枯葉地獄、急傾斜地、岩ゴロゴロの3エリアに等分される感じで、私の足では40分でした
余湖さんが熊に遭遇しているので、覚悟を決めて登りましたが、無事に山梨35城制覇できて良かったです
2018年11月13日 武田主殿助信之
小田野城
普門寺方面から登りました。頂上まで一時間くらいでしたが、難攻不落の要害だといえるお城跡でした。
2016年05月01日 治部少輔しん@蓋と城
小田野城
普門寺のご厚意で車を駐めさせてもらいました。遺構は浅い堀切が数本。激斜面を登ってまで行く価値があるのかは・・・(^_^;
付近の浄古寺城から遠景が綺麗に撮れます。
2014年12月30日 琉球守きこりん
小田野城
普門寺の墓地の北西隅に踏み跡があり、防獣フェンスの扉を開けて、山に入ります。小さな社が2つある最初の郭までは一応つづら折れの道がありますが、その先は特に道もない尾根をひたすら登り、頂上が主郭です。
自然地形とはっきり区別できる遺構はあまりありません。
天気が良ければ、山頂からは富士山と甲府盆地が一望できるはずです。
2012年05月03日 三河守コーキしゃん
小田野城
近くにある普門寺から登山出来るらしいけど登山口が分かりませんでした(ToT)
2012年04月01日 加賀美 摂津守遠光
小田野城
平安時代後期~鎌倉時代前期に活躍した安田義定公の出城跡で麓には、腹切り地蔵、義定公廟所が有ります。甲州市塩山の放向寺が屋敷跡らしくそちらにも墓が有ります!
放向寺の隣のお寺が信玄公と、柳沢義保夫婦の廟所、恵林寺です










『王代記』には「跡部上野守西保小田城ニテ腹切」とあり、寛正年間(1460~66)に至っても存続使用されていた。
城のある小田野山は標高883m、鼓川が東流する狭い渓谷に突き出るように位置している。山麓周辺には、御所・城下・馬場・亥申屋敷・新沢屋敷・金屋敷・大木戸・的場など、多くの城館関連地名が残っている。
遺構は、山頂に残る2つの平坦地を中心とし、西と南に延びる尾根上に計4つの郭を配するほか、帯郭を幾重にも設けて防備を固めている。上塁は、南の尾根の先端に位置する三の丸と呼ばれる郭にのみみられるが、後世のものと推定される。
城の占地・構造等から、山梨県でも最古の部類に属する城郭として位置づけられよう。