躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)

躑躅ヶ崎館の基本情報

通称・別名

武田氏館

所在地

山梨県甲府市古府中町2611

旧国名

甲斐国

分類・構造

連郭式平城

天守構造

不明

築城主

武田信虎

築城年

永正16年(1519)

主な改修者

徳川氏、羽柴秀勝、加藤光泰

主な城主

武田氏、川尻氏、徳川氏、豊臣氏、加藤氏、浅野氏

廃城年

文禄3年(1594)

遺構

曲輪、横堀(空堀)、横堀(水堀)、石垣、土塁、虎口

指定文化財

国史跡(武田氏館跡)

再建造物

石碑、説明板

周辺の城

湯村山城(山梨県甲府市)[2.3km]
甲府城(山梨県甲府市)[2.4km]
要害山城(山梨県甲府市)[2.7km]
平瀬の烽火台(山梨県甲府市)[4.4km]
八田家御朱印屋敷(山梨県笛吹市)[6.8km]

躑躅ヶ崎館の解説文

躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)は、山梨県甲府市古府中(甲斐国山梨郡古府中)にあった戦国期の居館(または城)。甲斐国守護武田氏の居館で、戦国大名武田氏の領国経営における中心地となる。

概要
甲斐国守護武田氏の本拠である甲府に築かれた館で、守護所が所在した。現在、跡地には武田神社があり、また、「武田氏館跡」として国の史跡に指定されており、県内では甲州市(旧勝沼町)の勝沼氏館と並んで資料価値の高い中世の城館跡である。

戦国時代に築かれた甲斐源氏武田氏の本拠地で、居館と家臣団屋敷地や城下町が一体となっている。信虎、晴信(信玄)、勝頼3代の60年余りにわたって府中として機能し、後に広域城下町としての甲府や、近代以降の甲府市の原型となる。

県中部、甲府盆地の北端、南流する相川扇状地上に位置する。東西を藤川と相川に囲まれ、背に詰城である要害山城を配置した構造になっている。

立地と歴史的景観
戦国時代、各地で守護館を中心に政治的・経済的機能を集中させた城下町の整備が推進されたが、甲斐守護の武田氏は、信昌時代に居館を甲府盆地東部の石和から川田(甲府市)へ移転して家臣団を集住させ、笛吹川を挟んだ商業地域と分離した城下町を形成していた。

16世紀初頭、有力国人層を制圧して甲斐統一を進めていた信虎は、1519年に盆地中央に近い相川扇状地への居館構築をはじめ、有力家臣らを府中に住まわせている。『高白斎記』や『勝山記』には「新府中」や「甲斐府中」と記されており、居館移転は地鎮祭から4か月あまりで、居館も未完成な状態だったという。信虎は室町幕府の将軍足利義晴と通じ、甲府の都市計画も京都の条坊を基本にしていることが指摘されるが、発掘調査によれば、当初の居館は将軍邸である花の御所(室町第)と同様の方形居館であり、建物配置や名称にも将軍邸の影響が見られる。また、同時に裏山に要害山城を築き守りを固めた。

信虎時代には甲斐国内の有力国人が武田氏に帰服しているが、躑躅ヶ崎館の建設後は有力国人も同様に本拠の要地移転を実施しており、郡内地方を治める小山田氏は中津森から谷村へ、河内地方の穴山氏は南部から下山へと移転している。

晴信(信玄)時代の武田氏は大きく所領を拡大させ、信濃、駿河、上野、遠江、三河などを勢力下に収めるが、本拠地は一貫して要害山城を含む躑躅ヶ崎館であった。

甲府は要地であったが、1548年には庶民の屋敷建築が禁止されている等、城下の拡大には限界もあったとされる。また、この頃には全国的な山城への居館移転も傾向としてみられ、勝頼期には1575年の長篠の戦いでの敗戦により領国支配に動揺が生じ、勝頼は領国体制の立て直しのため府中移転を企図し、家臣団の反対もあったが新たに新府城を築き、1582年には躑躅ヶ崎館から移転している。しかし、まもなく実施された織田氏の武田征伐の結果、武田氏は滅亡する。

武田氏滅亡後、入府した河尻秀隆は躑躅ヶ崎で政務をとったとされるが、まもなく本能寺の変が勃発し、その後の混乱の中落命する。その後に入府した徳川家康によって改めて甲斐支配の主城とされ、館域は拡張されて天守も築かれた。1590年に徳川家臣の平岩親吉によって甲府城が築城されるや、その機能を廃されるに至った。以降、甲府は甲府城を中心とした広域城下町として発展した。...

躑躅ヶ崎館の口コミ情報

ハチミツ式部卿様[2017年05月21日]
躑躅ヶ崎館(武田神社)にも、何回か行きましたが、今回初めて知ったことがありました。
甲府駅北口に、甲府市藤村記念館がありますが、そこに、躑躅ヶ崎館時代の模型があります。記念館の方が、とても詳しく説明して下さいました。
躑躅ヶ崎館は、1519年、武田信虎によって築かれた方形の館です。
2019年が、ちょうど500年の節目にあたるようで、周辺の整備が行われています。
私は、武田神社しか訪れたことがなかったのですが、今回は周辺も歩いて見ました。
土塁の整備が行われているところがありました。
2019年以降に、どんな風に整備されたか、また訪れてみたいと思いました。

土佐守土佐っ子様[2017年01月08日]
宝物殿には勘助の刀や、戦国時代の甲冑、信玄の直筆の書など見所満載です。風林火山の旗もあります。

まるき〜遠江守様[2016年08月01日]
県道31号線を南北に一直線に引かれた登り坂の突き当たり!
車で来る場合、武田神社正面両脇に駐車スペースが設けられておりイベント等がない限り入れ替わりが早そうで容易に停められそう。
人がたくさんいる神社に目がいってしまいどうしても館跡としての見方が難しい…ような気がした。

回ってる間、終始大河ドラマのナレーション
「我が子晴信は…」から始まるフレーズが頭から離れず1人でいろいろと言葉を並べて楽しみました。

「我が子晴信はこの下り坂を一気に駆け下りて敵地に向かったのですが、帰りは登り坂をぜいぜい言いながらヘトヘトになって帰ってくるのです。」とか(笑

お向かいのお土産屋さんの信玄ソフトや巨峰ソフトが美味しそうでしたよ!







今宵はここまでにいたしとうござりまする…。

日本史跡研究会様[2016年02月27日]
3月20日、10時から発掘調査現地説明会が実施されます。
駐車場は近くにないので、気をつけて下さいませ。

ギャプラス根室守N(エヌ)様[2016年02月11日]
武田神社宝物殿、2016年2月11日時点ではパンフレットに写真がある「七星軍扇」の展示は、痛みが激しいため、残念ながら取やめたそうです。

今後、展示を再開することはないそうですが、宝物殿窓口のお姉さんの話では、事前に申し込みをすれば、(その時の状態により)見れるとの事でした。
興味ある方は、事前に連絡してみたらどうでしょうか。

確認は武田神社のサイト、または
電話番号055(252)2609まで。

野呂利駿河守休三25謎栗毛様[2015年03月27日]
館北東の高い石積みは竜ヶ池の堰堤です。元は農業用の灌漑池でしたが、今は釣堀として活用されています。
池の東には信玄真筆とも信廉がそれを模写したとも伝えられる不動像があったとされる興国寺(明治年間の火事で失われたらしい)。池の南の山は館の名前の由来となった躑躅ヶ崎。堰堤は3ヶ所登り口がありますが北側以外は整備中。登ると大手門東史跡公園を見下ろせます。

整備中と言えば、武田神社の正面入口付近(通行可)、館の二の丸南虎口(通行不可) も。

また、神社南側すぐの穴山信君屋敷比定地が発掘調査中。

(2015年3月21日現在)

タコ武蔵守イカ様[2014年09月18日]
先達の方のアドバイスを参考にレンタルサイクル で訪問しました。
電動アシスト付きなので坂道も苦にならず、躑躅ヶ崎の館のみならず付近の城もすべて自転車で攻略できました。
有用なアドバイスありがとうございました。
※レンタルサイクル情報
1日レンタルで500円
午前9時ー午後5時まで
身分証明書の提示が必要
貸し出し場所は甲府駅周辺に6ヵ所ほどあり
(私は北口を降りてすぐ左手にあるビジネスホテルで借りました)

あきうえ様[2014年07月15日]
初めて伺いました。武田信玄の居館でゲームや大河もあったので、すごい観光地化してると思ったら、実際は正面や神社周辺以外は荒れててびっくり。案内板も少なく小さくて、有名なのにもったいない。城周辺の24重臣の各屋敷跡の看板はすごい良かった。探して歩いて楽しかった。駅前の新甲府城はすごい整備されてて、なんか残念。

空灯様[2013年10月14日]
神社入口からは少しはなれていますが、3時間無料の駐車場があります。
神社には人がたくさんいましたが、遺構の方はあまり人がいません。
神社の道路向かいにお土産屋さんがあって、信玄餅や武田家グッズが売っていました。軍配なんかもありました。

首藤兵部大輔督刀斎様[2013年09月13日]
JR甲府駅前のレンタサイクル(電動アシスト付なので大学前の緩く長い登り坂も楽でした)が便利です。
列車にて甲府まで行かれる方にはお薦めです。

参議一之介様[2013年08月11日]
主郭跡に建つ武田神社は参拝客が絶えませんが、遺構は神社の本殿に向かって左右に多くあります。訪れる人も少なく、ゆっくり見られます。

宝物殿の入口に、なぜかキティちゃんの石像が…(*_*;

尾張守ひろっちぃ様[2013年02月10日]
甲府から北に約歩いて30分のところに躑躅ケ崎館跡は存在します
通称武田神社の名前で親しまれています

緑山に囲まれた場所で自然を満喫しながら散策できます。

信玄を祭った神社であり周辺には武田二十四将を始めとする諸将の屋敷跡があります。

一部の郭跡は現在修復工事中で立ち入ることは出来ません。

武田神社宝物殿には武田氏ゆかりの遺宝を展示してあります(入館料¥300)注目はやはり風林火山の名で有名な孫子の旗です。
此処は名城100選スタンプ置き場です

まるさん武蔵守小町情報準備様[2013年01月13日]
100名城スタンプは宝物殿に設置となっていますが…

1月9日に訪れた際には御守りとかを扱っていた場所(パンフレットを見ると『神符授与所』になっています)に置かれていました(;^_^A

宝物殿をゆっくり見るつもりがなかった私としては手間が少なくなって助かりましたけど(笑)

león伊豆守大途様[2012年07月09日]
武田神社周辺には武田二十四将の屋敷跡を示した看板があります
散歩がてらに見てまわるのも楽しいですよ

加賀美 摂津守遠光様[2012年05月24日]
山梨県内の信玄公銅像はJR甲府駅前、塩山駅北口、信玄公墓所の恵林寺前の信玄館に有ります

影艶弾正少弼様[2012年02月14日]
百名城スタンプのある宝物殿は16:30に閉まるので注意

兵庫頭もっこの助様[2010年09月11日]
8月、歴女な友達と二人で行きました。石垣跡やら空堀やら見て大感激です

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年07月21日]
[武将像]武田信玄像
甲府駅前に鎮座。

半日皇帝下野守様[2010年06月20日]
桜の名所です。桜の花が咲く時期に行くことをおすすめします(by元梨大生)

徳川内大臣源朝臣康武様[2010年06月12日]
隅部を崩すという、破城の痕跡が顕著な天守台写真をアップしました(通常立入禁止区域)。
・・・無断で立ち入りしたのではありませんよ。研究者の公的な集まりで、特別に見学させていただいた時のものです(調査報告書等で公開されています)。

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