湯村山城(ゆむらやまじょう)

湯村山城の基本情報

通称・別名

湯ノ島山城

所在地

山梨県甲府市湯村3

旧国名

甲斐国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田信虎

築城年

大永3年(1523)

主な改修者

主な城主

武田氏

廃城年

遺構

曲輪、石垣、土塁、井戸

指定文化財

再建造物

模擬櫓(烽火台)

周辺の城

躑躅ヶ崎館(山梨県甲府市)[2.3km]
甲府城(山梨県甲府市)[2.7km]
平瀬の烽火台(山梨県甲府市)[4.1km]
要害山城(山梨県甲府市)[4.7km]
八田家御朱印屋敷(山梨県笛吹市)[8.7km]

湯村山城の解説文

武田信虎が府中警固の一翼として、相川扇状地の先端にある甲府市湯村山山頂に築いた山城。『高白斎記』大永三年四月の条には「二十四日湯ノ島ノ山城御普請初」とあり、川田より躑躅ヶ崎に館を移した信虎が、詰城の要害城に続いてこの城の築城を開始したことが知られる。

遺構が残存しているのは標高446mの山頂周辺で、土塁等で区画された三つの郭の他、南と西の一段低いところに腰郭が設けられている。全体の規模は東西約65m、南北約130mを計る。中心となる郭は2つあり、巨石の多い山頂を巧みに整形して、土塁で画した長方形状の平坦地をつくり出している。その他3つ目の郭は巨石が密集しており、一部に整形の痕が見受けられるものの、一標的な郭の機能を有していたか疑間の余地が残る。中心となる2つの郭と3つ目の郭の間は二重の堀切となっているが、1つ目の郭北側虎口の防備と密接に結びついて、他に類例をみない複雑な様相を呈している。

1つ目の郭は、北側虎口の形態や井戸の存在、南西部に設けられた櫓台等から、この城の中核部分と考えられる。2つ目の郭や南側帯郭とは、土塁の一部を分断した出入口で連絡しており、内部は南北2つのテラスに分かれるが、巨石を取り除いて、比較的に広い整然とした平坦地を造出している。一方、2つ目の郭は巨石の処理が不十分で、郭の東縁に沿って巨石が残り、やや雑然としている。この郭には、湯村山の南東斜画を通る登り道が直接連絡しており、連絡部と1つ目の郭との出入口を結んで等身大の巨石が直線的に並んでいる。

帯郭は、南側が幅15~ 20m、東側が幅約10mを計り、共に上塁や石列で2つのブロックに区画されている。

城の南には、府中と信州を結ぶ往還が走っており、湯川とこの道が交差する付近には、番所の存在を推測させる「関屋」の地名も残る。こうしたことから、湯村山城は単なる峰火台ではなく、府中入口の防備とともに、信州方面への監視的機能・情報収集機能を担っていたものと考えられる。

情報提供:山梨県教育委員会

湯村山城の口コミ情報

みのみの飛騨守@夏バテ大将様[2014年05月08日]
城跡までの遊歩道は舗装されていて登りやすいです。

時期によって、遊歩道の上に茂る木々の枝より、虫が落ちてきたり熊(月ノ輪熊)が出没したりしますので、それ相応の対策をしてください。

遊歩道の入口は、緑ヶ丘スポーツ公園内体育館脇の道を山に向かって歩いて行くと、左側に『湯村山登山口』の看板があるので、そこから登って行きます。一本道なので分かり易いと思います。


烽台が設置されていたみたいですが2012年に撤去されています。

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