白山城(はくさんじょう)

白山城の基本情報

通称・別名

鍋山砦

所在地

山梨県韮崎市神山町鍋山

旧国名

甲斐国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田信義

築城年

平安時代後期

主な改修者

主な城主

武田氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、畝状竪堀、堀切

指定文化財

国史跡(白山城跡)

再建造物

説明板

周辺の城

新府城(山梨県韮崎市)[3.9km]
日ノ出城(山梨県韮崎市)[4.7km]
能見城(山梨県韮崎市)[5.6km]
若神子城(山梨県北杜市)[10.4km]
湯村山城(山梨県甲府市)[11.9km]

白山城の解説文

概要
別名、鍋山砦、要害城 と呼ばれており形式は山城である。現在は山林になっており、曲輪、土塁、横堀、堀切、竪堀、説明板などの遺構が残っている。登城口から主郭までは約10分程で到着する。 本丸は約25m四方程の広さがあり、土塁が巡る。この南側にある二の丸との間には横堀が掘られ、西側には堀切が2本見られる。

歴史
甲斐源氏の祖源清光の子武田信義が生地逸見から分封して武田庄の庄官となり、武田八幡宮で元服して武田氏を称した。信義は武田に居館を構え、八幡宮の南の山に白山城を築いたという。

信義は甲斐源氏の一族を率いて治承・寿永の内乱において活躍し鎌倉幕府に参画するが、源頼朝の甲斐源氏粛清により遠ざけられ、文治2年(1186年)に死去し、城は武田館と共に荒廃したという。

その後、武田一族の甲斐一条氏、その支族武川衆の青木氏、青木氏から分派した山寺氏が相次いで守った。戦国期の天正10年(1582年)、織田信長のために武田氏が滅亡したが、本能寺の変で信長が死去すると武田遺領を巡り徳川氏と北条氏が争った(天正壬午の乱)。その際、武川衆は徳川氏に従い、北条への備えとして城を修築したと考えられる。江戸初期の寛文年間(1661年-1673年)廃城となった。

歴代城主
武田氏 
一条氏
青木氏 
山寺氏

史跡指定
2001年(平成13年)1月29日、「白山城跡」の名称で国の史跡に指定された。

白山城の口コミ情報

石見守きこりん様[2017年08月16日]
北烽火台とムク台の案内。
白山城の南北両隣の尾根にはムク台、北烽火台という二つの烽火台があり、三つセットで国史跡に指定されています。二つの烽火台は、この辺り特有の両側を浸食された極端な痩せ尾根に立地し、自然地形を利用して最小限の普請で築かれているのが特色です。
白山城本体へは、武田八幡宮から行くのは分かりにくく遠いのでお薦めしません。城直下の白山神社からなら明瞭な道を5分も歩けば到着です。大村美術館入口から川沿いの道を進み(googleマップで出ます)境内まで車で行けます。
武田八幡宮から近いのは北烽火台で、防獣フェンスを開けて本殿裏から尾根に取り付き、山腹工の際を登っていけばすぐです。
ムク台は白山神社への道の対岸の道を行けば、登城路の入口があります。付近に駐車スペースあり。
さらに白山城の南2kmほどに甘利氏の要害とされる扇子平山城があり、やはり痩せ尾根を利用しつつもより多くの平場を取り込んだ本格山城で、変化に富んだ地形を巧みに利用した縄張が素晴らしいのでついでにどうぞ!
いずれも夏〜秋はヒル注意!

浜浜左衛門佐二郎勝頼様[2015年10月06日]
武田八幡神社から徒歩約20分。

前半部が肝試し要素が強い分、稜上の土塁-堀切-虎口の重なりを乗り越えるのは興奮を感じずにはいられないはずだ。

位置関係は、北より武田八幡神社、三の丸、本丸、二の丸、白山神社。

最初は南側から登るも、腰の高さの草をかき分ける道に怖れをなして引き返し。やはり口コミのヒル情報が心にのしかかる。

北側の八幡神社から攻め直し。神社を前にして左手に見える山が白山城。駐車場から数分歩いたらすぐに電流柵のゲート(熊生息の看板付)。

ゲート(いわば檻)を開いて、内側から自らゲートを閉めるという行為に、なぜ山城に登らねばならないのかという根源的な問いかけをせずにはいられないであろう。

すぐ無人家と乗り捨てられた車を通り過ぎる。これはもう度胸試しの域をこえている。『日本の山城』に載っているからといって、か弱き婦女子の単独行は厳に慎みたい。しかしどうしても攻めたいというならば、足軽は2名は帯同したい。前後を固めよう。

薄暗い林を進み、尾根の取付には「本丸まで20分」の案内板。しかしここからは息切らせば実は10分ちょい。頑張ってみたい。

まー宮内卿様[2015年09月12日]
先人のヒル情報で止めました。武田八幡神社内でも蚊が寄ってくるのも理由の一つ。あと高圧電線の扉を開けると城跡までの看板がなかった。

石見守きこりん様[2014年06月06日]
ヒルがいるので要注意です。
くっつかれましたー

常陸入道ねんさい和泉守様[2013年10月14日]
城の北側の武田八幡宮から城跡に行けるはずだが途中から道が分からなくなり断念。白山神社から城跡に入る。白山神社までが少し分かりにくい。集落を抜けて高圧電流と有刺鉄線の門を開けて入ると白山神社がある。門は自由に出入りできるが必ず閉める事。神社から城跡までは思ったらより近かった。

富士丸式部大輔孫兵衛様[2013年04月17日]
白山城徒歩30分の看板を見て↑通りに進みましたが、高圧電流の流れてる有刺鉄線に遮られて登城は断念しました。
武田八幡宮、武田信義館跡などとセットで散策した方がいいです。

影艶弾正少弼様[2012年02月16日]
近くにある韮崎市役所の前には武田信義像があります

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