能見城(のうけんじょう)

能見城の基本情報

通称・別名

所在地

山梨県韮崎市穴山町夏目

旧国名

甲斐国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

武田氏?、徳川氏?

築城年

天正9年(1581)

主な改修者

徳川家康

主な城主

武田氏、徳川氏

廃城年

遺構

土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

新府城(山梨県韮崎市)[1.8km]
日ノ出城(山梨県韮崎市)[3.7km]
若神子城(山梨県北杜市)[4.8km]
白山城(山梨県韮崎市)[5.6km]
獅子吼城(山梨県北杜市)[8.7km]

能見城の解説文

能見城(のうけんじょう)は、甲斐国巨摩郡穴山(現在の山梨県韮崎市穴山町)にかつてあった城である。

概要
能見城は南方約1.8kmに位置する新府城の支城として天正9年(1581年)に武田氏により築かれた。独立した城というよりも、能見城を含めた防衛ラインの中の主要な防塁と言った方が相応しい。新府城の外郭防衛ラインとなる能見城防塁は、東西幅約2kmの七里岩台地を複雑に屈曲しながら横断している。最大限横矢を掛けられるよう配慮された構造であり、多数の防塁を有する。

能見城跡は平成16年度に小規模な発掘調査が行われているが築城時期の遺構検出には至らず、武田氏滅亡・本能寺の変を経て武田遺領を巡り発生した天正壬午の乱に際して徳川氏によって築城された可能性が考えられている(山下孝司「中世甲斐国における城郭の歴史的立地」『戦国大名武田氏』(名著出版、1991年)

能見城の口コミ情報

みのみの飛騨守@夏バテ大将様[2016年07月19日]
先人の情報にありますが、JR中央線穴山駅より歩いて攻城できます。

能見城入り口までは舗装された道なので歩きやすいですが、車だと小型の四駆ではないと厳しい感じです。

城跡は看板とお寺の施設(?)があるのみで、荒れ放題です。トイレもありませんので、駅まで戻るしかないですね!

夏場は虻や蜂が飛んでおりかなり危ないかもしれません!

三河守コーキしゃん様[2014年05月05日]
能見城としての遺構はほとんどありませんが、能見防塁としての遺構が各所に残ります。

特に御名方神社裏の空掘や能見城東側の桝形虎口等、結構見応えがあります。

穴山駅から歩いて散策できます。

赤いRVR弾正大弼@松本様[2012年01月30日]
駐車場は穴山駅に可能。駅から見て正面の山が城跡です。登城路は、県道を右手に進むと、左手に登る舗装路があります。すぐに左手に登る山道(と言っても四駆なら楽な道)を進んで行くと、山頂にある水道施設付近がそうです。遺構の残りはあまり良くないです。

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