高品城(たかしなじょう)

高品城の基本情報

通称・別名

高篠城

所在地

千葉県千葉市若葉区高品町469-1他

旧国名

下総国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

馬加千葉氏

築城年

15世紀中期

主な改修者

主な城主

馬加千葉氏

廃城年

遺構

堀切、横堀(空堀)、切通し、土塁

指定文化財

再建造物

周辺の城

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高品城の解説文

高品城(たかしなじょう)は現在の千葉県千葉市若葉区高品町にあった城。

歴史・沿革
築城時期は不明だが、馬加氏の支城として利用されていたと見られている。
廃城となった時期も不明。

城の遺構
堀切や空堀、切通し、土塁などが一部に残っている。

交通
京葉道路貝塚インターチェンジより車で5分。
JR成田線東千葉駅より徒歩15分。

高品城の口コミ情報

横田藤原朝臣刑部丞氏胤様[2017年07月04日]
高品城はその地の豪族安藤氏が治めていた。南に千葉神社があり、千葉介の名跡を継ぐ者の元服は此処で執り行われた。高品城はその際の下宿所として使われたそうだ。千葉宗家が本佐倉城に移り、情勢が不安定になった後も、最前線を守る城として置かれた。安藤氏については千葉氏重臣原胤清の家臣だったそうで、千葉宗家にとって重要な歴代千葉介の元服などでも大切な役割を担っていたと思われ、その存在が重視されていたものと思われる。

横田藤原朝臣刑部丞氏胤様[2017年07月04日]
城は舌状台地の中にあった様だ。南から北東へと1〜5郭が続いており、その東側に6郭が広くとられていたという。
1郭の南側は不自然に低くなっており、堀、もしくは切通しがあったと考えられる。西側には線路が通っている、開通したのは明治期で、台地の硬い地盤を利用している。東側には等覚寺がある、1571年にこの地の豪族安藤氏が千葉寺の権代僧都宥朝を導師に招いて開創したという。
1〜3郭はマンションになっており、表からは遺構らしきものは伺えなかった。6郭は宅地となっている。4郭は春日神社となっている、元は城の北東(鬼門)に置いていたものを移したらしい。4郭の北側、窪地を挟んで5郭があり、宅地化されている。
城の南西にも台地が続いている為、そこに城を造らなかったのかと疑問に思ったが、土塁らしき物が見られたので、台地の先端まで物見台などがあったのかも知れない。
台地の周囲の低地は田圃や沼地であった様で、台地の続く北側は5郭が離れて置かれている。関東圏の廃城跡では比較的地形が良く残っている方だと思う。

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