大築城(おおづくじょう)

大築城の基本情報

通称・別名

大津久城、城山

所在地

埼玉県比企郡ときがわ町大字西平字大築

旧国名

武蔵国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

上田朝直

築城年

戦国時代後期

主な改修者

主な城主

上田氏、吾那憲光?

廃城年

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)、堀切

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

腰越城(埼玉県比企郡)[7.8km]
毛呂氏館(埼玉県入間郡)[8.1km]
小倉城(埼玉県比企郡)[8.8km]
根古屋城(埼玉県秩父郡)[10.4km]
菅谷館(埼玉県比企郡)[10.6km]
大蔵館(埼玉県比企郡)[10.6km]
田波目城(埼玉県坂戸市)[10.7km]
杉山城(埼玉県比企郡)[12.2km]
高見城(埼玉県比企郡)[13.2km]
青鳥城(埼玉県東松山市)[14.6km]

大築城の口コミ情報

2021年05月27日 昌幸常陸介野面積み♡
慈光寺[大築城  寺社・史跡]



寺社勢力と戦国大名との対立、本願寺(一向宗)と信長が最も有名ですが、武蔵国にもありました。
飛鳥時代天武年間に開かれた慈光寺(じこうじ)は、関東屈指の古刹で、源頼朝から寄進を受けるなど、鎌倉・室町時代には隆盛を極めました。
その強大化した勢力は、戦国時代には大名との軋轢を生み、太田道灌や北条氏と刀を交えるようになりました。
北条氏は武州松山城主の上田氏に命じ、南方の大築城から幾度も攻撃し、75あった僧坊は焼き払われ、衰運をたどる事になりました。
徳川の世になると、一転して手厚く保護され、家光の側室で綱吉の生母でもある桂昌院(けいしょういん)からの寄進物も残っています。

道中たくさんの僧坊跡や井戸を見ると、戦国期に一大勢力となった寺社は正に山城そのものだなと思いながら散策しました。
参拝目的とは違った楽しみ方ですが(笑)

【写真の説明】
①山門
②本堂(阿弥陀堂)
③本堂の境内より
④観音堂
⑤七井のうちのひとつ、丹花の井
⑥七井のうちのひとつ、月の井
⑦僧坊跡
⑧かなり広い削平地。ここも僧坊跡でしょう。

2021年02月15日 eiki
吉田山城[大築城  周辺城郭]



まず、西武吾野駅から秩父御岳神社を目指します。かなり大きく歴史のありそうな神社です。急な石段が奥の院まで続きます。
奥の院の左側に山道がありそれを登り詰めていきます。案内、標識は一切ありません。標高444メートルの山頂に着くと、吉田山と書かれた山頂板が木にくくり付けられています。ここが本郭があった場所です。右側に20メートル程行くと堀切が2本確認できます。小規模な城跡ですが、冒険好きな人には楽しめる行程です。山道をさらに奥に行くとイモリ山という知る人ぞ知る山に到ります。写真は手前真ん中の三角山がイモリ山でその右側の低い山の山頂に城跡があります。



2021年01月29日 三輪左近衛少将直虎
龍崖山城[大築城  周辺城郭]



源平の戦いで名を馳せた岡部六弥太忠澄の末裔は現在の飯能市を領有していました。市内には岡部氏の城館とされる場所がいくつかあります。吾野の龍崖山城と岡部氏との直接的な関わりを示す文書等は伝えられていませんが、中腹に岡部屋敷があることから岡部氏の有事の詰め城として築かれた山城でしょう。
吾野駅の南にある大入道のような山が龍崖山城です。標高356mですが相当に手強い山城ですが、吾野駅から麓まではそれほど遠くなく山道を登る時間は30分程度です。
岡部屋敷から真っ直ぐ尾根を登り腰郭に着き主郭へ到達。主郭から西へ尾根伝いに降りると堀切が二本あります。眺望はまったく利かずややがっかり。なお、この山で僕はクマと鉢合わせしました。幸いクマは逃げ去りましたが注意してください。


2021年01月29日 三輪左近衛少将直虎
吉田山城[大築城  周辺城郭]



吾野駅から秩父御嶽神社まで歩いて登山道を登りました。境内から奥ノ院までの道のりは長く体力を消耗します。奥ノ院からは尾根伝いに続く山道を歩くことになりますが、かなり山深い場所でGPSは必要かも。道標もないためほとんど勘を頼りに進み、吉田山からさらに奥にある尾根を進んで行くと見事な土橋を伴う堀切が待っていました。小規模ながらとても美しい遺構であり山城探訪の醍醐味を存分に味わうことができます。歴史は不明ですが、秩父御嶽神社を岡部氏が再建しているので岡部氏関連の山城と思います。

2021年01月29日 三輪左近衛少将直虎
本陣山城[大築城  周辺城郭]



本陣山から派生する北尾根の先端を利用して築かれています。どの勢力が築いたのかは不明ですが、伝承がありながら未だに所在地が確定していない吾那蜆城の候補のひとつに入れて良いかもしれません。
城跡へ続く明確な道はないので介護施設の裏から直登しましたが比高差が少ないので尾根へ取りつくのは容易です。尾根へ出てしまえば特に遮るものもなく快適でした。枝分かれする尾根の入口に堀切を入れ二の郭の手前と主郭の奥にも堀切が入り、三の郭の先は急な崖となり高麗川へと落ちています。本陣山城は仮称で場所と規模からしたら本陣山北砦というべきかもしれません。


2021年01月01日 阿炎錦左近衛少将
大築城



完全に登山になります。麦原集落辺りに駐車して登るのが一番楽ですね。電車利用の方は越生駅からが一番近いです。ちなみに史跡はほとんど案内がありませんが、山頂が平坦になっており、曲輪跡だと実感できます。

2018年02月17日 mas.k上野介58th
大築城

モロドン郭を右に折れて登り続けて5分程で左手に竪堀が出てきます
実城の二つ目の堀切につながる竪堀です
更に進むと「←城山」の道標が出てくるので左折すると一つ目の堀切に出ます
更に進むと二つ目の堀切、馬出?、虎口が出てきて本郭になります
本郭の奥の切岸を降りると腰郭と笹郭があるのでお忘れなく!
帰りは小築山経由で!
小築山には蛇の寝床という巨石の遺構があります
小築山は大築城の砦だったかもしれませんね

2018年02月17日 mas.k上野介58th
大築城

越生の麦原集落から登城しました
車で入れる終点に登山口があってそこに2台ほど停められるスペースあります
登山口の「←城山」に従い未舗装路を進みましょう
15分ほどつづら折りの山道を登ると分岐が出てきます
前は道標が無かったのですが、今は道標と簡単な地図があります
「←城山」に従って左の道を進みましょう
10分ほど登るとモロドン郭に到着します
今は表示が無いので分かりづらいですが、大築城の説明板があるのでそれを目安にしてください
(続く)

2016年12月17日 まー刑部卿
大築城

ときがわ町椚平入口バス停に復元大木戸がある。バス停から二又の左側を進む。車は写真にもあるように一台分駐車可。もし登城口に停まっていた場合、その前にある廃屋(左手)に置いても大丈夫と『鎌倉山荘』のご主人が仰ってました。登城口から橋渡って道なりに進む。歩きやすいです。しばらく進むと分岐点。『馬場・硯石』と出ていましたが構わず左手『大築城跡・西平』へ。こちらのコースは展望台もあって景色が眺めることが出来ます。更に進むと分岐点。城跡は左手、直進するとモロドノクルワへ。城跡は最後直登すると本郭跡に着きます。もちろんモロドノクルワを通ってからでも行けます。本郭に案内板・実測図がある。また堀切・土塁などある。この時は竪堀は確認出来ず。またモロドノクルワもiPhoneの電源切れて撮影出来ず。昨日越生町麦原登城口から登城してみたが【ときがわ町椚平登城口】をオススメします。

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