福島城(ふくしまじょう)

福島城の基本情報

通称・別名

所在地

青森県五所川原市相内露草

旧国名

陸奥国

分類・構造

平城

天守構造

築城主

安東貞季

築城年

正和年間(1312〜1317)

主な改修者

不明

主な城主

安東氏

廃城年

遺構

曲輪、堀、土塁、門跡

指定文化財

再建造物

模擬門、碑、説明板

周辺の城

唐川城(青森県五所川原市)[3.3km]
十三湊(青森県五所川原市)[3.5km]
中里城(青森県北津軽郡)[10.6km]
柴崎城(青森県北津軽郡)[11.8km]
蓬田城(青森県東津軽郡)[24.6km]

福島城の解説文

福島城(ふくしまじょう)は、青森県五所川原市相内にある城である。平城。

概要
十三湖の北岸に面する標高約20メートルの台地上にある。面積は約62万5000平方メートルである。外郭とその中にある内郭で構成される。外郭は一辺が約1キロメートルの三角形をしており、土塁と外堀が残っている。内郭は一辺が約180メートルの四角形をしており、土塁と外堀・内堀で外郭から区切られている。外郭の東側および内郭の東側に門があった。

歴史
平安時代後期の10世紀後半に築かれたとみられる。10世紀後半から11世紀までの土師器が城域から出土するが、これは北緯40度以北の東北地方北部が中央政権の影響下から離れて北海道で9世紀に始まった擦文文化圏に合流していた時期にあたる。同時代に東北地方北部から北海道渡島半島南部にかけて住居群を堀で囲む防御性集落が盛んに造られていることから、福島城は擦文文化人が何らかの軍事上の情勢に対応して築いた城であると考えられる。

内郭は室町時代前期の14世紀後半から15世紀前半に築かれた可能性が高い。福島城から南西3キロメートルの位置にある十三湊が最も栄えた時期にあたる。

十三湊新城記」に記された、安倍(安藤)貞季が正和年間(1312年-1317年)に築いたとする新城を福島城にあてる見解がある。

参考文献
国立歴史民俗博物館編 『中世都市十三湊と安藤氏』 新人物往来社、1994年。 ISBN 4404021518

福島城の口コミ情報

さつき大炊頭ちゃん様[2016年11月26日]
道の駅 十三湖高原から約2Km

コロ助様[2015年10月21日]
津軽三味線会館近くの金木寺町バス停から弘南バスで40分(\930)、上太田バス停で下車したら徒歩25分で牛の顔がデザインされた建物が可愛い、道の駅十三湖高原に到着。
道の駅から徒歩15分で福島城の外郭。

外郭は土塁の上が散策コースになっていて整備されていますが、土塁の下は雑木林。迷子になる自信があったので土塁からは下りませんでした。

外郭から車道を10分程歩いて内郭に到着。
内郭は模擬門と堀&土塁に囲まれた広ーい原っぱ。主殿などの建物柱跡が発掘されているそうですが、埋め戻されているのか遺構は見られません。
案内板はありますが、道の駅にもパンフレット類はありませんでした。

道の駅にあるローラーコースターは結構スピードも出て楽しいし、何より景色が良くてオススメです。
牛が放牧されているのか、道路に「牛に注意」の標識が複数ありましたが、残念ながら牛には遭遇しませんでした。

常陸入道ねんさい和泉守様[2013年10月05日]
国道沿いに外郭東側 土塁と水堀がある。すぐそばに駐車スペースあり。国道をもう少し西に行って脇道に入ると内郭がある。内郭付近には駐車場がなかった。
内郭は城門がある北側の土塁と水堀がよく残る。

足軽越中守一歩様[2010年10月19日]
五所川原方面から行けば、遺構に標柱、少し行って駐車場に看板、も少し行って左に曲がれば本丸のあった場所に復元の門、と離れてあります。

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