里見城(さとみじょう)

里見城の基本情報

通称・別名

所在地

群馬県高崎市下里見町字古城

旧国名

上野国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

新田義俊

築城年

保元元年(1156)?

主な改修者

主な城主

里見氏

廃城年

嘉吉元年(1441)

遺構

曲輪、土塁、横堀(空堀)

指定文化財

市史跡(里見城跡)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

安中城(群馬県安中市)[3.7km]
北新波砦(群馬県高崎市)[5.0km]
箕輪城(群馬県高崎市)[6.0km]
高崎城(群馬県高崎市)[8.6km]
富岡城(群馬県富岡市)[10.1km]
奥平城(群馬県高崎市)[10.4km]
蒼海城(群馬県前橋市)[11.2km]
松井田城(群馬県安中市)[11.7km]
石倉城(群馬県前橋市)[13.1km]
島名城(群馬県高崎市)[13.3km]

里見城の口コミ情報

2021年06月03日 真田上野介信吉【888】
鷹留城[里見城  周辺城郭]



鷹留城は、中世永禄期(1558~69)の中規模山城の典型であり、本丸以下の曲輪、虎口、大手口、搦手口、井戸、堀切等の各種遺構が原形に近く残っている点では県内希な城跡である。
明応年間(1492~1500)長野業尚築城。永禄9年(1566)9月武田信玄勢のために落城(城主業通)。長野氏4代70余年の居城である。
並郭式であり、南北430㍍、東西300㍍、本丸高さ東谷より70㍍。
東南の菩提寺長年寺に長野氏累代の墓がある。

ー主郭設置の説明板(高崎市教育委員会)よりー

群馬県高崎市(旧榛名町)にある鷹留城は箕輪城の西方約5.5キロに位置します。永正9年(1512)箕輪城に本拠を移すまでの長野氏本拠、以降落城まで有力支城として機能しました。

この城の特徴は連続した5つの郭を配置し、それぞれに堀切、主郭東側は段郭の連続、また畝状竪堀を含めた竪堀の多用にあります。
特に大手口には上の郭から畝状竪堀を設ける徹底振り。段郭に石積み、更には3郭に石垣を施工。主郭東側の段郭から主郭を全く見ることが出来ない程に豊富な土木工事を実施しています。所要2時間コース。

投稿の写真はほんの一部に過ぎません。とにかく写真映えのする城跡です。群馬県でも屈指の素晴らしい遺構をお楽しみください。
現在見られる100名城箕輪城は、徳川・井伊直政プロデュース。こちら長野氏オリジナルの鷹留城と比較するリア攻めをオススメします。
※搦手口側には1台分の駐車スペースあり。登城口のスポットを設定しておきました。


2021年03月08日 真田上野介信吉【888】
雉郷城[里見城  周辺城郭]



雉郷城(きじごう)は、群馬県高崎市中里見町(旧榛名町)にある里見城の支城です。
永禄年間(1558~1570)に里見河内によって築かれたといわれています。
永禄9年(1566)武田信玄の侵攻を受け、箕輪城と共に落城しました。

城郭は、細尾根に直線状に堀切で6つの郭で区切られ、また主郭下に設けられた腰郭からなる山頂部と、麓は5つの郭に区切られ、相応数の兵を籠めることが可能であった段郭で構成されています。
それは趣の異なる2つの城郭を一度に楽しむかのよう。
このお城の最大の見所は、2郭と3郭の堀切から麓に向かって箱堀状に伸びる竪堀にあります。基本、山頂部の郭は笹藪だらけにあって、このような竪堀がしっかりと残っているのは見事。堀切から見た写真と、下から見上げた写真の両方を添付致しました。
6郭からはゴルフ場を見下ろしていますが、ここには緩やかな斜面や平場が見られることから搦手と想定します。
麓最上段8郭には真ん中に窪みが確認されることから門が置かれていたのではないかと思います。
以下、9~11郭は現在梅林となっています。

アクセスは、国道406号『上里見』の信号を安中方面の県道へ。そして林道に左折し、道なりに進むとスポット設定した登城口が右手に見えます。この辺りは少し広いので、路肩に駐車することになります。

林道が11郭と12郭を分断し、麓の段郭は梅林。また、山頂部は笹藪だらけからの切岸直登など。そして、案内板や説明板も一切ありません。
しかしながら、リア攻めして損のない素晴らしい城郭であると言えます。西上野攻略の際のリア攻めコースに雉郷城を是非。

2020年06月26日 大隅守
鷹留城[里見城  周辺城郭]



大手口 土橋等遺構が良好に残ってます。

2016年06月20日 永眠武蔵守釋 葱進
里見城

車で高崎市中心部方面から来る場合、下里見の交差点過ぎて数十メートル先の路地を左折、坂を上り鳥居をくぐるとやがて右手に鬼門除けとして祀られた城山稲荷の本殿が見えてきます。社務所横のスペースに駐車可。
そのまま道なりに進むと手づくり感満載な「里見城跡入口→」看板があり、その小径を入ると本郭に出られます。
本郭・堀跡・腰郭あわせて所要15分ほどでした。

2016年05月28日 左衛門佐平八郎
里見城

里見城とは 安房里見氏が転居する前の支配地らしいです
この地名より新田氏より里見氏に改名したとか

細い道を入って行くと すぐ主郭です
周りは しっかりした土塁が囲っています
左手土塁を上がると 眼下に腰曲輪があります
入り口手前を右に入ると 空堀跡?らしき名残りがあります

すぐ近くに「ぴんころ神社」なるものもあります
興味のある方は是非!!




2014年12月02日 牢屋見廻り同心マダオ
里見城

里見城下の光明寺には里見氏歴代の墓があります。また光明寺周辺は里見館跡で新田義重の庶子・新田義俊(里見氏開祖)が館を構えていました。一部土塁が残っています。

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