塙城(はなわじょう)

塙城の基本情報

通称・別名

所在地

茨城県稲敷郡阿見町塙

旧国名

常陸国

分類・構造

丘城

天守構造

築城主

不明

築城年

不明

主な改修者

土岐氏

主な城主

館野氏?、土岐氏

廃城年

遺構

曲輪、帯曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)

指定文化財

再建造物

説明板

周辺の城

木原城(茨城県稲敷郡)[3.0km]
小坂城(茨城県牛久市)[7.3km]
江戸崎城(茨城県稲敷市)[7.9km]
土浦城(茨城県土浦市)[10.3km]
木田余城(茨城県土浦市)[10.3km]
神宮寺城(茨城県稲敷市)[11.3km]
龍ケ崎城(茨城県龍ケ崎市)[12.6km]
馴馬城(茨城県龍ケ崎市)[12.8km]
牛久城(茨城県牛久市)[13.0km]
宍倉城(茨城県かすみがうら市)[13.6km]

塙城の口コミ情報

2024年04月16日 マグロ常陸介祐平
島津城[塙城  周辺城郭]



信太庄で小田氏が優勢であった永正期(16世紀初期)に築城され、戦国末期に小田氏が衰退して江戸崎土岐氏の支配に代わったと推測されているお城です。

御城と呼ばれる小さなお宮が2つ並ぶ本郭(写真1,2枚目)の北側から西側を竹林の美しい空堀が囲みます。南側は竹薮(写真6枚目)で先が見通せません。空堀の外側の土塁(写真7,8枚目)は高さがあり南西の角部分が虎口のように開口(写真3枚目)しています。空堀から直接本郭に登れる通路は見当たらず、不思議な構造です。(ということで本郭と空堀は入り口が異なります)

立派な土塁をもつお城ですが、本郭には土塁が見当たりません。後世削られてしまったのでしょうか。

2023年11月11日 昌幸近江守更に吉
塙不動尊(不動出丸)[塙城  周辺城郭]



塙城の西側に位置する塙不動尊。
清明川はここで向きを変え塙城を囲むように流れます。そして不動尊前の低地は当時大きな池があり、その池を跨ぐ官道が通っていました。

阿見町のむかしばなしに「塙の城主様が大蛇を退治し不動尊で大蛇の霊を供養した」という話が伝わっています。
また清明川沿いの他の地域では城や砦をつくり、渡河監視を行っていました。
なのでこの不動尊は、塙城の渡河を監視する出城のようなものと考えるのが妥当ではないでしょうか。

【写真の説明】
①参道
②お地蔵様の後ろの切岸
③塙不動尊本堂
④池は現在、田んぼになっている。
⑤池の対岸には弁天の祠がある。
⑥弁天の祠。鉄塔の下の森が塙不動尊。

2023年11月06日 昌幸近江守更に吉
立の越館[塙城  周辺城郭]



谷津に囲まれた舌状台地に立地する立の越館。戦国時代末期に築かれた土岐氏の西側の境目の砦で大室城(塙城の周辺城郭に登録あり)の出城とされています。ちなみに城の西側は土浦市となっていて今でも現役の境目の城です(笑)

主郭が城、副郭が城主だった羽成監物屋敷跡と伝わっています。副郭は近世に西光寺があったため遺構が破壊されている箇所があります。城全体に横堀が張り巡らされています。
そして台地北側と西側の縁に舟隠しが残っています。高い土塁で区切られた空間で、舟隠しがどうゆうものかはっきり分かる遺構で、見た時には感動しました。

この地域の城のほどんとが宅地造成で失われてしまった中、立の越館は往時を感じられる貴重な城郭です。舟隠しを見るだけでも価値があります。
訪城は西側の土浦市烏山団地方面から突撃できます。是非立ち寄ってみてください。

【写真の説明】
①登城して最初に出会う西の舟隠し
②副郭土塁
③主郭-副郭間の堀跡
④主郭横矢
⑤主郭櫓台
⑥北の舟隠し
⑦北の舟隠しへ繋がる虎口。土橋が架かる。
⑧虎口の近くには祠があった。

2023年11月05日 昌幸近江守更に吉
大室城[塙城  周辺城郭]



霞ヶ浦南岸の台地に沿って築かれた大室城。
戦国時代この地域は、小田城(つくば市)を本拠とする小田氏と江戸崎城(稲敷市)を本拠とする土岐氏との間で領有権争いが行われました。
戦国時代初期は小田氏の領有だったものの徐々に土岐氏が盛り返し、戦国時代終盤には完全に土岐氏の勢力下となり、土浦以西に押し戻された小田氏との境目の城となっています。城主は分かっていません。

縄張は主郭・副郭の大きな郭を中心に4つの小さな郭を持った連郭式城郭でした。
周辺の城は単郭や砦のような城が多く、境目の城の中でも中心的な城だったと言えます。
しかし残念ながら昭和50年代にレイクサイドタウンという住宅街が造られ、城郭はほぼ消滅してしまいました。
そんな中でも地域住民の方々の手で2022年、住宅街造成前の発掘調査をまとめた説明板が作られました。
事前の下調べで情報が探せなかったのですが、阿見町のYouTube動画で説明板設置を知り、今回訪問に至りました。説明板が大室城に関しての一番の情報源になっています。

※主郭は現在アパートの駐車場になっていて、無駄に大きいため無断駐車が多いのでしょう、至る所に「駐車禁止」の看板があります。なので説明板の設置された“レイクサイドタウン公会堂”を今回はスポット登録させてもらいました。

【写真の説明】
①説明板の縄張り図。1:大堀/2:帯郭/3:櫓台/4:虎口
②大堀。利用され道路となったのかと思いきや、正面アパートに向かってあった(昭和の土木工事も侮れず)最大幅12m深さ5mの薬研堀だった。
③櫓台。売地だったため見ることができた。
④公会堂裏の帯郭。主郭の切岸は当時20mあり、そこに2段の帯郭があった。
⑤宅地造成を請け負った会社が作った石碑が帯郭に設置されている。
⑥当時は霞ヶ浦対岸の敵の様子を監視していたんだろうなぁ。

2023年11月02日 昌幸近江守更に吉
竹来館[塙城  周辺城郭]



竹来(たかく)館は阿彌(あみ)神社の裏手にあった居館跡です。
阿彌神社は創建不詳とされながらも、一説には推古天皇の時代の創建とされ、かなり古い時代からの神社になります。
誰の居館かは分かっていませんが、神官もしくは神社と共に地域を束ねてきた土豪の住まいであることは想像がつきます。

遺構は神社と居館の境に、かろうじて堀と土塁が残っている状態です。
神社内はきちんと整備されていて、お社は長い歴史を超えてきた威厳のようなものを感じました。寺社仏閣に興味のある方は、お城成分が弱くても楽しめるかもしれません♪

ちなみに町内に同じ名前の神社があるので訪問の際はご注意ください(こちらの住所は阿見町竹来です)

【写真の説明】
①阿彌神社参道
②社裏にある土塁
③手前と奥に土塁があり、間が堀跡になる
④堀底から
⑤阿彌神社社殿

2023年11月01日 昌幸近江守更に吉
廻戸城[塙城  周辺城郭]



霞ヶ浦を見下ろす舌状台地に築かれた廻戸(はざまど)城。
常陸土岐氏の小田氏(のちに佐竹氏)に備えた城で、天正年間、土岐大膳大夫治英は家臣高野次郎八郎に知行地として与え治めさせました。

現在は福祉センターが建っており、残念ながら遺構は失われてしまいました。
麓の霞ヶ浦平和記念公園に車を停め、歩いて訪問できます。(途中急坂あり)
今回はその駐車場から遠景を一枚。

2023年05月28日 千葉相模守早雲
塙城



中世には在地領主の居館が作られ、その後Ⅰ郭・Ⅱ郭の連郭式の本城域に発展。更に北の郭を拡張したとみられます。戦国期には江戸崎土岐氏の勢力下にあり、豊臣秀吉の関東侵攻による土岐氏滅亡と共に城としての役割を終えたそうです。(君原公民館案内板より引用)

本城域は台地の先端にあり、台地の両脇に竪堀、郭の周囲に横堀を設けて、それらが交差したりと技巧を凝らした作りになっています。虎口や土塁、Ⅰ郭には櫓台など遺構がかなり残っていて、見どころの多い城郭です。

北の郭は何と言っても二重堀と三重土塁が最大の見どころ。また屈曲を繰り返したり、半円形にカーブする横堀も見ていて飽きることがありません😁堀底道はそこら中から狙い撃ちされます。
君は生き延びることができるか?😆

君原公民館に駐車出来ます。ガイドマップが設置されているので、それを見ながら城攻めするのがオススメです。

1.Ⅱ郭東側の竪堀は横堀と交差する。
2.Ⅱ郭横堀。屈曲し、その先で湾曲する。
3.Ⅰ郭櫓台。
4.Ⅰ郭東側の竪堀。
5.Ⅰ郭西側の竪堀。
6.北の郭の二重堀。
7.二重堀の先は竪堀となって落ちる。
8.北の郭。緩やかに湾曲する横堀。

2023年03月01日 雑賀
塙城

徒歩3分ほどの位置にある君原公民館の駐車場をお借りできます。

大まかな縄張図、町内にある複数の城址の位置、御城印販売所など記載の案内図も公民館に用意されていました。

周囲には民家が多く進入禁止域もありますが、本城・北郭とも保存会による整備がされ保存状態も良く案内板の設置もあります。

本城域の切岸や帯曲輪、北郭の屈折しながら続く多重の堀など見応えは充分です。堀底を踏みしめながら見上げる竹林、ぜひご賞味くださいませ。近隣にも選ぶのに困るほどリアしてみたいと思わせる城址があります。下調べも大きな楽しみ♡悩んでください。

2022年03月17日 大膳大夫しろし
塙城



本城の方も中々の物ですが北曲輪側の二重の堀は圧巻物です。

2022年03月09日 昌幸近江守更に吉
島津城[塙城  周辺城郭]



阿見町の島津城。
場所はあみプレミアム・アウトレット前の道を5㌔北上した位置にある。
永正年間に小田氏が築いたのが始まりで、のちに土岐氏の領するところとなる。
伝承によれば、島津城小田軍と木原城土岐軍が付近の清明川で合戦をした際、龍ケ崎城土岐軍に急襲され落城したという。
土岐氏が北条氏と運命を共にしたため廃城。最後の城主は宮本内膳で末裔が地元に残る。

大部分が改変され現在は御城(主郭)と呼ばれる部分が残る。西方からの敵の侵攻に備えた空堀が実に見事である。

車は先人の言っていた「阿見飛行場跡」
の看板前に停めた。そこから道祖神のある道を歩き3〜4分で到着。

本アプリ登録の木原城と塙城のちょうど中間地点にあり、お手軽に常陸の山城を体験できる絶好の場所です。時間の余裕がある時(なくても)訪れてみてください。

【写真の説明】
①城の入り口。もう御城の空堀となる。
②城の入り口を上から。
③空堀は南へ折れます。
④折れた部分を底から。左側が御城の櫓台。
⑤御城櫓台跡。
⑥空堀突き当たりに現れた虎口跡。
⑦御城南側空堀。枯竹激しく進行不可能(突入してみたい…)
⑧御城。畑になっており、土岐氏が治めた証の稲荷社が祀られている。

2022年03月04日 昌幸近江守更に吉
上条城[塙城  周辺城郭]



塙城の西2kmに位置する上条(じょうじょう)城。
南北朝時代末期、関東管領上杉氏の家臣団「信太(しだ)庄山内衆」である大越氏が入城した。上杉氏が衰えた戦国時代には土岐氏に属した。
小田氏の勢力が強まった天文年間に落城し、小田氏の家臣である江戸崎監物が居城としたものの、永禄年間に再び土岐氏の支配するところとなり大越氏が復帰。
天正18年(1590年)の江戸崎城落城とともに廃城となり、大越氏も帰農したという。

城域はかなり広かったらしいのですが、集落と化していて、道で遺構も寸断しており、当時を示した史料も乏しいため、詳細は把握きません。
民家の裏庭にに土塁と堀が確認できました。こっそり写真を撮らせてもらいました。そして稲荷社があり、確かに土岐氏が治めていた痕跡があります。周りの草刈りもされていて感謝です。

車は稲荷社の端っこに停めました。

【写真の説明】
①道路で寸断されたところから、郭と土塁を見る。
②土塁1
③土塁2
④堀底から郭を見る。
⑤稲荷社のある郭と堀跡。
⑥稲荷社。土岐氏が治めていた証。

2019年06月25日 ⛫武蔵の越前守の謙
塙城



南城二郭南西隅部の切岸と空堀。城は南城と北城で谷戸を挟むようにして構成される。谷戸部分には城主の居館があったと推定される。

2019年05月06日 さと左近衛少将けんさん
塙城

谷を挟んで両側の台地を利用しています。
北にある曲輪はジグザグに曲がっていて二重の豪があります。これは場内から迎撃の為の射撃陣地ではないか?と思われます。

2016年03月18日 征夷大将軍ひとりもん
塙城

阿見町役場 君原公民館の駐車場を借用し、MAPの示す地点へ真っ直ぐ歩くと途中に説明板が。
さらに真っ直ぐ歩くと林の中へと続く道があり、その先が城跡のようです(案内板等なし)。
守りは大量のスギ花粉が固めていました(T_T)

2015年09月18日 武蔵守道灌?!
塙城

案内板を探しに藪の中へ突入!!(^^)

散々探した挙げ句に見付からず、諦めて帰ろうとしたら…以外な場所に!?(笑)

でもお陰で塙城址の曲輪や堀切♪土塁等見て回れたので良かったです!!

靴は泥々に成りましたが…(^^;(笑)

2014年10月12日 ⛫武蔵の越前守の謙
塙城

城の南側に一ヵ所登城口があるが遺構ではないよ うである。また周辺は民家が建つ。

登城口を登ると左手に祠のある曲輪があり、土塁 が廻らしてある。切岸も角度が鋭い。さらに登城口を先に進むと主郭があるようだが、藪が酷く未確認。

全体的に木と藪で覆われていて、夏場の登城はお 勧めできない。

塙城の周辺スポット情報

 C 切岸(碑・説明板)

 B 横堀(碑・説明板)

 A 土橋(碑・説明板)

 E 横矢(碑・説明板)

 D 二郭(碑・説明板)

 F 堀(碑・説明板)

 G 突角形土塁(碑・説明板)

 H 主郭(碑・説明板)

 I 熊野神社(碑・説明板)

 J 北の郭(碑・説明板)

 塙城案内板(碑・説明板)

 島津城(周辺城郭)

 上条城(周辺城郭)

 塙城北城(周辺城郭)

 掛馬館(周辺城郭)

 塙城南城(周辺城郭)

 廻戸城(周辺城郭)

 竹来館(周辺城郭)

 大室城(周辺城郭)

 立の越館(周辺城郭)

 塙不動尊(不動出丸)(周辺城郭)

 蔵福寺(寺社・史跡)

 旧道沿いの観音像(寺社・史跡)

 だんごのやまだ(御城印)

 君原公民館(駐車場)

 本城見学コース出口(その他)

 見学コース入り口(その他)

 北の郭見学コース入り口(その他)

 北の郭見学コース出口(その他)

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