木原城(きはらじょう)

木原城の基本情報

通称・別名

所在地

茨城県稲敷郡美浦村大字木原

旧国名

常陸国

分類・構造

平山城

天守構造

築城主

近藤氏

築城年

15世紀前期?

主な改修者

主な城主

近藤氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、空堀

指定文化財

再建造物

模擬櫓、説明板

周辺の城

塙城(茨城県稲敷郡)[3.0km]
戸崎城(茨城県かすみがうら市)[6.8km]
江戸崎城(茨城県稲敷市)[7.9km]
神宮寺城(茨城県稲敷市)[10.2km]
小坂城(茨城県牛久市)[10.2km]

木原城の解説文

木原城(きはらじょう)は現在の茨城県稲敷郡美浦村に存在した平山城である。

概要
土岐氏の家臣である近藤氏の居城である。現在、本丸跡地は城山公園として整備され、春には城山まつりが行われている。二の丸、三の丸跡地は畑になっている。

歴史
永正元年(1504年)に居城を失った近藤氏元がこの城に移り住んだ。永正3年(1506年)に
近藤義勝が城主になった。

永禄5年(1562年)土岐治美が改修をし、近藤義勝が城の守備を任された。

天正2年(1574年)に小田氏の家臣で上条城主の江戸崎監物が寝返り落城した。さらに天正11年(1583年)に常陸国の大半を支配していた、佐竹義重、佐竹義宣、蘆名盛重らの軍に攻められ、また落城した。

天正18年(1590年)に豊臣秀吉の攻撃を受けて北条氏が滅亡すると、勢力を失った土岐氏の城は、秀吉の家臣となった佐竹義重に降伏し、天正19年(1591年)蘆名盛重が支配するようになった。関ヶ原の戦いの後、慶長8年(1603年)に徳川家の譜代大名だった内藤清成、青山忠成の所領になったがこの頃に廃城になった。

木原城の口コミ情報

藤井伊賀守様[2016年02月22日]
城址公園の主郭、二郭も、素晴らしいが、国道山林内に残る、外郭の二重空堀が、素晴らしい!あれは、見ないと損です。

弟謙様[2015年01月04日]
土塁を超えた場所に広い公園があり、家族で隠れん坊したり、とても楽しめる城址でした‼️

【8/5参加】陸前守智ぞう様[2014年04月15日]
只今城山まつりの真っ最中

平日にもかかわらず、沢山の人が来ていました〜
城址公園内には遊具施設もあり、子供連れも喜ばれるかも

公園内で家族で弁当食べていたり、

花を見に来てる人がいたり賑わってました

さくら主膳佑にゃ〜様[2011年08月06日]
2011年8月20日(土)14時〜現地説明会が開催されますよ〜。これを機会に十数年振りに訪問したいモノですが、8月は休みのほとんどを野球観戦に費やしてしまう(^-^;

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