大室城
大室城([塙城 周辺城郭])
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大室城の口コミ情報
2026年04月28日 マグロ常陸介祐平
お城の来歴や城主など不明なお城ですが、室町時代から戦国時代にかけて、小田氏と江戸崎土岐氏の間で支配権をめぐる攻防があった境目の城で、東西約350m、南北約200mとそこそこの規模があり地域では中心的な役割をしていたと推測されているようです。
戦国時代の終盤には、土岐氏の勢力圏にあった大室域は、南進する佐竹氏と北進する小田原北条氏の対立の最前線に位置し、土岐氏は北条氏に味方する勢力として、秀吉による関東侵攻にも備えたようです。周辺のお城に比べて規模が大きく、高度な技術が用いられていることから、最終的な形態は土岐氏によって構築されたか、土岐氏滅亡後にこの地を治めた蘆名氏あるいは佐竹氏により整備されたと考えられているようです。昭和57年(1982年)に全面的な発掘調査が行われ、傾斜地に三段構えの土塁を配置する珍しい構造が確認されています。遺物としては15~16世紀の物とみられる陶器片、内耳鍋や押し型文様の施された手あぶり等の土師質土器、雁又の鉄鏃、鉛製の鉄砲玉等が出土しています。
お城はレイクサイドタウンの造成によりほぼ消滅しています。公民館に詳しい説明板が設置されており、今残る遺構の場所や写真まで載っていますが、探し方が悪いのか見つけられませんでした(先人様は見つけられたようです)。
2023年11月05日 昌幸近江守更に吉
霞ヶ浦南岸の台地に沿って築かれた大室城。
戦国時代この地域は、小田城(つくば市)を本拠とする小田氏と江戸崎城(稲敷市)を本拠とする土岐氏との間で領有権争いが行われました。
戦国時代初期は小田氏の領有だったものの徐々に土岐氏が盛り返し、戦国時代終盤には完全に土岐氏の勢力下となり、土浦以西に押し戻された小田氏との境目の城となっています。城主は分かっていません。
縄張は主郭・副郭の大きな郭を中心に4つの小さな郭を持った連郭式城郭でした。
周辺の城は単郭や砦のような城が多く、境目の城の中でも中心的な城だったと言えます。
しかし残念ながら昭和50年代にレイクサイドタウンという住宅街が造られ、城郭はほぼ消滅してしまいました。
そんな中でも地域住民の方々の手で2022年、住宅街造成前の発掘調査をまとめた説明板が作られました。
事前の下調べで情報が探せなかったのですが、阿見町のYouTube動画で説明板設置を知り、今回訪問に至りました。説明板が大室城に関しての一番の情報源になっています。
※主郭は現在アパートの駐車場になっていて、無駄に大きいため無断駐車が多いのでしょう、至る所に「駐車禁止」の看板があります。なので説明板の設置された“レイクサイドタウン公会堂”を今回はスポット登録させてもらいました。
【写真の説明】
①説明板の縄張り図。1:大堀/2:帯郭/3:櫓台/4:虎口
②大堀。利用され道路となったのかと思いきや、正面アパートに向かってあった(昭和の土木工事も侮れず)最大幅12m深さ5mの薬研堀だった。
③櫓台。売地だったため見ることができた。
④公会堂裏の帯郭。主郭の切岸は当時20mあり、そこに2段の帯郭があった。
⑤宅地造成を請け負った会社が作った石碑が帯郭に設置されている。
⑥当時は霞ヶ浦対岸の敵の様子を監視していたんだろうなぁ。









