霊山城(りょうぜんじょう)

霊山城の基本情報

通称・別名

霊山国司城

所在地

福島県伊達市霊山町石田字霊山

旧国名

岩代国

分類・構造

山城

天守構造

築城主

北畠顕家

築城年

延元2年〔南朝〕/建武4年〔北朝〕(1337)

主な改修者

主な城主

北畠氏

廃城年

遺構

曲輪、土塁、竪堀、礎石遺構

指定文化財

国史跡(霊山)

再建造物

碑、説明板

周辺の城

懸田城(福島県伊達市)[7.5km]
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阿津賀志山防塁(福島県伊達郡)[16.7km]

霊山城の解説文

霊山城(りょうぜんじょう)は、陸奥国伊達郡(現在の福島県伊達市霊山町)にそびえる霊山の山頂付近にあった南北朝時代の城。

概要
霊山山頂には円仁創建の天台宗寺院霊山寺(現在は山麓に移転)が建立されて栄えていたが、延元2年/建武4年1月8日(1337年2月9日)に鎮守府将軍北畠顕家が広橋経泰らと図って、陸奥太守義良親王を多賀国府から霊山に移して山頂付近に「国司館」を設置、国衙機能をここに移して北朝勢力に対抗したことに由来している。顕家らは伊達行朝・結城宗広ら奥羽地方の南朝勢力と連携しながら同年8月11日(1337年9月6日)に親王を奉じて上洛を開始するまで拠点とした。その後も現地に残された南朝方将兵によって守備されていたが、正平2年/貞和2年(1347年)に北朝方の奥州管領吉良貞家によって攻略され、その後も何度か攻防戦が行われたものの、応永年間には廃城となった。

近代以後何度か調査され、昭和55年(1980年)に大規模な発掘調査が行われた。その結果、建物の礎石跡などの遺構の他、宋銭や古瀬戸など当時の活動の後を示す物が発掘されている。

参考文献
『日本歴史地名大系 7 福島県の地名』(平凡社、1993年) ISBN 978-4-582-49007-7 P703-704
大石直正「霊山城」(『国史大辞典 14』(吉川弘文館、1993年) ISBN 978-4-642-00514-2
遠藤巌「霊山城」(『日本史大事典 6』(平凡社、1994年) ISBN 978-4-582-13106-2)

霊山城の口コミ情報

安房守虎相様[2016年11月12日]
霊山城跡へは霊山こどもの村側の登山口から約40分位で到着します。霊山城跡と国司池周辺に土塁の痕跡がみられます。更に約30分かかりますが日枝神社跡の土塁ははっきり残っており見応えあります。

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